217)坂井梨沙少尉の怒り
駐屯地にある安中大佐のオフィスにて、坂井梨沙少尉は軍務では上官、プライベートでは恋人である安中に詰め寄っていた。
「私は納得出来ません! どういう事ですか、大佐!」
「……落ち着き給え、坂井少尉」
梨沙が問い詰めているのは、先日に起こった廃工場跡地における襲撃事件だ。
梨沙達、特殊技能分隊は事前調査情報より、ここに巣食っていたテロ組織、真国同盟を殲滅する為、襲撃した。
作戦自体は成功し、廃工場を根城としていた真国同盟を壊滅させた。しかし、その直後……ドルジと名乗る巨漢の男が舞い降り、全てを破壊したのだ。
ドルジによって特殊技能分隊は壊滅……。廃工場群はドルジによって破壊されてしまう。
その事実を自衛軍は真国同盟のテロ工作によって行ったと発表したのだ。
真実と全く違う発表をした軍上層部に対し、現場に居た梨沙としては納得出来ず、上官である安中に問い詰めていた、という訳だ。
「大佐も映像を見て分かっている筈です! あの廃工場を無茶苦茶にしたのは、真国同盟なんかじゃ無い! ドルジとか言う怪物ですよ!」
「……君の言いたい事は分かる。……確かに、あの男の戦闘力は一個大隊を遥かに凌駕する程だ。しかし、あの男が真国同盟と繋がりが無いとも言えん。寧ろ、仕掛けて来たタイミングを見ても、真国同盟の動きを把握していた事は間違いない。そう言った意味より、軍上層部はドルジと名乗った男は真国同盟の関係者と踏んで、先日の発表に至ったのだろう」
「ですが! あのドルジと言う男自身が、真国同盟との関わりを否定しました! 奴は、いや、奴らは自分たちの事をアーガルム族……そして所属をアガルティア国の12騎士と名乗ったんです! それに廃工場群が凍り付いたのも液体窒素等と出鱈目を……! アレは、後から来たドルジの仲間がやった事です!」
自衛軍の的外れな発表に憤慨している梨沙は、宥める安中に対し、強く抗議する。
梨沙にとって安中を責めても無駄で有る事は分っていた。
しかし、事実と余りに違う軍の発表に対し、彼女とて黙ってはいられなかったのだ。
何故なら、この事件は何も終わっていないからだ。
ドルジによって壊滅した特殊技能分隊……。最強の存在である玲人すら倒れた時……遠方の地に居ながら小春がアンドロイドを操る形で参戦し、ドルジと戦った。
しかしドルジによって小春の操るアンドロイドが破壊された際に、致命傷を負って意識を失っていた玲人が目覚め……大地を砕く技を持ってドルジを倒した。
ドルジを下した玲人は、そのまま意識を失い……倒れた筈のドルジは一瞬で傷を再生した後、突如現れた謎の二人組と共に消え去った、と言うのが事件の真相だ。
廃工場を簡単に破壊し、しかも広範囲に氷結させる……。そんな存在が野放しされている状況に、梨沙は黙ってなど到底いられなかったのだ。
彼女が今回の事件で安中に、強い怒りをぶつけた理由には、玲人が重傷を負った事が大きい。
先日の戦いでは、特殊技能分隊総員でドルジに戦いを挑んだものの……玲人以外、無様に蹴散らされた。
梨沙は指揮官として作戦指揮通信車から本部に応援を要請していたが、結局間に合わず……結果的には玲人一人がドルジを倒した状況だ。
その玲人も力を使い切った代償の為か、今だ倒れたままだ。
玲人に対する心配や、ドルジを抑止出来なかった指揮官としての無力感……そして、再びドルジ達が襲い来る懸念等々で、梨沙の心中は……とても穏やかでは居られ無かった。
そんな中での自衛軍の場当たり的な対応に怒りが爆発したのだ。
安中はプライベートでは恋人である梨沙の内心を良く理解していた。その為、彼女に配慮しながら、自衛軍としての立場を穏やかに伝える。
「……君の心情は分る心算だ……。しかし……国民に対し、悪戯に不安を与えても仕方あるまい……。核戦力に匹敵する恐るべき第三の勢力が、対抗する手立ても無く野放しにされている、等と馬鹿正直に伝えれば……この国は制御不能のパニックになるだろう……。下手をすれば近隣諸国から攻め込まれる口実となりかねん。我々の立場を分ってくれ」
「分り、ました……」
梨沙の懸念を受け安中は静かに彼女に諭す。上官と部下の関係としては過度な対応だが……特別な関係にある二人ならではの事だろう。
「現状の所、情報公開の件は上層部に任せるしか無い……。この件は一旦預けるとして……大御門准尉、いや……玲人の様子はどうだ?」
「……は、はい……あの事件の後、眠ったままで……大御門総合病院にて入院中です。主治医の薫子先生によれば、疲労により眠ってるだけとの事ですが……」
興奮から覚め落ち着いたものの、納得しない様子の梨沙に、安中は玲人の状況を尋ねた。
玲人はドルジとの戦いの最中に、黒い両腕を現出させた後は彼を圧倒し、最後は大地を抉る程の攻撃でドルジを下した後……まるで糸が切れた人形の様に倒れ、タテアナ基地が在る大御門総合病院に運ばれた、と言う状況だった。
玲人の状況を問われた梨沙は、悔しそうに下を向きながら安中に答える。そんな彼女の様子に……安中はそっと梨沙の頬に手を添えながら優しく囁く。
「そうか……なら、今晩二人で玲人の見舞いに行こう。梨沙、付き合ってくれるか?」
「し、仕方ない……た、拓馬がそう言うなら……」
梨沙は自分の頬に添えられた安中の手に、自分のを手を重ねながら……顔を赤くして答えたのだった。
◇ ◇ ◇
安中が優しく諭したお蔭か、機嫌も良くなり彼のオフィスから出た梨沙を見送りながら……安中は呟く。
「……ふぅ、どうやら落ち着いてくれた様だ……」
足取りも軽くなって、鼻歌でも歌い出す様に気を持ち直した梨沙の様子に、安中は安堵しながら呟く。
そんな中……誰も居ない筈のオフィスに凛とした声が響いた。
「……随分と、あのマールドムの女性に心を砕いているご様子……。かつてのネリル様に彼女を重ねておられるのですか?」
そんな声と共に、安中の前に現れたのは……透明な少女アリエッタだった。
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