186話 無人の城下町

 早苗は空中に浮かんでいるが、不安は全く無かった。レリウスが展開する光の膜は弾力が有るが強固であり、安定感が有ったからだ。


 薫子が操る巨大なレリウスにより、飛び立った早苗は眼下に広がるアガルティアを見て声を上げる。


 「なんて事……! これが空中に浮かんでいるなんて……!」



 空を飛ぶ早苗が見たアガルティアの全景は圧倒的だった。時空の海の中は様々な色の光が輝いており、そんな幻想的な空に浮かぶ巨大な都市は、円形の構造を持っている。


 直径が十キロ程の巨大さを持つと言う城塞都市の外周は、巨大で高い城壁がぐるりと都市を囲んでいる。


 城壁の外側には白い光の障壁が球状に展開され、浮遊都市を守っていた。


 城壁の内側は広大な緑が広がり湖も広がっている。都市の真ん中には天を突く様な高さを持つ円錐の様な塔が有り、塔の先端には太陽の様な眩い光を放つ球体が設けられていた。


 中心の塔は太く短くなっており根本は、ずんぐりむっくりとした円錐の様な構造だ。


 早苗は見る事が出来なかったが、浮かぶ人工島の裏側にも円錐状の塔が伸びており、このアガルティア城は丁度幅広い面積を持つ城下町を挟んで、お椀が相向かいになった様な形状になっていた。


 中心の塔の周りには4本の塔が取り囲むように設けられていて、不思議な事だが塔の周囲には雲が生じている。


 時空の海の変化する光により塔の中からは青空だったり暗闇だったり、夕暮れの様な空模様を見せる事だろう。


 アガルティアの全景を見て驚いた早苗だったが、眼下を見れば街らしきモノが見えた。



 巨大な浮遊都市の平野部は城下町の様な町並みが広がっていた。城下町の外側はドーナツのリングの様に緑と湖が配置されている。


 城下町は不思議な形の半球状の建造物が多かった。城下町の幅の広い白い歩道に真黒い球体が浮きながらゆっくり動いている。


 真黒い球体は表面に筋状の光を幾つも走らせながら悠々と動いている。


 球体には明るく光る単眼の様な器官があり、その単眼を光らせながら何をするでもなく動き回っていた。


 よく見れば、城下町には多くの真黒い球体が動き回り、上空にも沢山浮かんで縦横無尽に飛んでいた。


 半球状の建造物が立ち並ぶ城下町には人っ子一人いない。動く者は警戒行動を取る真黒い球体のみだ。




 早苗が球体についてアリエッタに尋ねようとした時……レリウスは唐突に速度を落とした。



 何事かと早苗が見遣ると巨大な城に設けられた巨大な開口部内にレリウスが入って行った所だった。


 港の様な開口部に到着したレリウスは、ゆっくりと両手の光を地上に置いた。次の瞬間、早苗を包んでいた光の膜は残滓を見せながら溶ける様に消え去る。




 「……着いたの?」


 「ええ、ようこそ……そしてお帰りなさい、貴女の城……アガルティアの城へ。レリウス、もう良いわ」


 “ヴオン!!”


 薫子の言葉と共に不思議な音を立て、巨大なレリウスは一瞬で虚空に消え去った。



 「……さぁ、まずは城の中から居住区が見渡せる部屋に案内させて貰うわ……」




 高い天井の港の様な大部屋から、薫子は早苗に声を掛け共に進む。部屋の出口は横にした楕円形の形状で大きなT字路に繋がっていた。


 薫子はT字路を曲がった後、道なりに進む。薫子達が進む通路は大きな楕円形で真黒く無機質なチューブの様な形状だ。


 光は通路両面に設けられた発光器から照らされていた。暫く歩いた3人だったが、やがて薫子に丸い大広間を案内される。



 そこは広く開かれた部屋で丸い形状に、不思議な形状の調度品が置かれていたが何より目に付くのは大広間の半分を占める巨大な窓だ。


 この窓には枠が無く、球体上のガラスが外にせり出す様に設置されている出窓の様な作りだった。


 薫子に案内された大広間。この部屋に有る出窓からは城の外の様子が一望出来た。


 部屋に置かれた奇妙な形の椅子に座る様促された早苗は、窓の外に見える不思議な街や美しい森を見ていたが、それより先程も見た、あの空を忙しく飛ぶ黒い球体が気になった。


 「……あの球体が気になりますか、早苗? アレはこの都市を守る守護兵用レリウスです」


 「……レリウス……門番のロボットみたいな奴ね。その割には随分と形が違うようだけど……」



 アリエッタの言葉に、早苗は空を飛び交っている黒い球体に関する、自分の印象を伝えた。


 真黒い球体の直径は3m程だが、完全な球体で付属物が付いている訳では無い。球体表面に赤い光を線が幾条も走っている。


 また、球体には50cm程の明るく光る器官が有り、そこが眼に当たる部位なのだろう。特徴としてはそれ位で、至って簡単な構造であった。


 その為、早苗は門番役のレリウスに比べて違和感を感じたのだ。


 「それは目的と用途が違う為です。飛び回る漆黒の球体は守護兵のコア……。その時々の戦況により様々な兵装を亜空間から呼び出して装備可能です。従って個々が戦況に合わせて強力な砲台にも、戦車にも、戦闘機にもなる仕様です」


 「……これだけの数が……」


 アリエッタの感情を込めない機械的な説明を受け、早苗は城の周りを無数に飛ぶ球体を見つめながら呟くのだった。

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