18章 アガルティアの城へ
181話 薫子
ローラ達が小春の家に来た日の夜……。薫子は突然電話で呼び出されて自室のアパートから出て、待ち合わせの場所へ向かう。
薫子が暮らすアパートは小春と仁那が同化してから石川家の傍で小春達のケアをする為に借りたアパートだった。
そのアパートは弘樹が石川家の両隣の家を買い取るまでの仮住まいではあったが、石川家から約5分位の場所に建っていた。
呼び出された薫子が一人夜道を歩いていると、背後から何やら気配が……。
“キュン! キュン!”
暗い夜道の中、風切り音と共に飛んで来た何か。普通の人間なら絶対に避ける事もどうする事も出来ない筈だが……。
“キン! キキン!”
薫子は何処から出現させた黒い双剣で投げられた何かを弾き飛ばす。
“カラン、コロン”
薫子が弾き飛ばして地面に転がしたのは菱形の鎖状の刃だった。刃が飛んで来た方から声がする。小春の声だった。
「……一応……急所を外して投げたんだけど……やっぱり、余計な心配だったわね……」
「この感じ……小春ちゃんじゃ無く……早苗ね? それに……小春ちゃんと……仁那ちゃんの意識が感じられない……。そうか、二人の意識に干渉して強制的に眠らしたのね。凄いわ……私達の力を自在に使いこなしている……」
小春、いや、早苗の問いに、薫子は驚きを持って答えた。刃を投げられた事では無く、早苗が能力を使い熟している事に。
対して早苗は小さく溜息を付いて寂しそうに呟いた。
「……分ってはいたけど……貴女は……薫子姉様では無いのね……?」
早苗に悲しそうに問われた薫子は静かに答える。
「いいえ……。この私は正真正銘……大御門薫子よ。この体の遺伝情報を調べても100%確実……。大御門薫子として生きた記憶も残っている。勿論、生前の貴女との思い出もね……。だけど……この魂は……。ゴメンなさい……」
「そうよね……おかしいと思っていたの……。私が生きていた時の薫子姉様と……今の貴女は、姿形は何も変わらない。だけど……その性格は、まるで別人だもの。
私が知っている薫子姉様はね、もっと割り切った人だった。良く言えばクール、悪く言えば酷く冷たい人……だから、彼女は生前の私に極力接しようとしなかった。
それこそ腫物に触るように……。どれ程、私や修君が辛い想いをしても感じようともせずにね? でも貴女は……仁那ちゃんの為に全てを掛けて尽くした……。その生き方は昔の薫子姉様と正反対……。それは、貴女が薫子姉様と違う存在だからでしょう?」
早苗は目に涙を湛えながら、薫子に問う。対して彼女は穏やかに答えた。
「早苗……。貴女には感謝している。いいえ、そんな言葉では片付けられない。貴女が居なければ、仁那ちゃんの自我は小春ちゃんとの同化を待たずにきっと崩壊していた。貴女達3人を救ったのは小春ちゃんだけど……。その前に仁那ちゃん、いいえマセス様の魂を守っていたのは、長らく共に居た貴女だわ。
だからね……、私はとっても嬉しくて誇らしいのよ? そんな貴女とエニとマセス様が一つの存在となり……、その貴女達をこの私が、傍で見守る事が出来る事が……」
薫子はそう言って、早苗の前に跪いた……。
早苗の前に、恭しく跪いた薫子。対して早苗は動揺して声を掛ける。
「や、止めなさい。そんな事をして貰う心算で呼び出した訳じゃ無いの」
「貴女は気にする必要は無い。私がしたくて勝手にやっている。正体を明かしてこうして漸く跪けるのは……一万と3000年振りだから……」
誰も居ない夜道で、暫く跪いていた薫子は満足した様にスッと立ち上がり、涙目で話す。
「貴女には酷い想いを……。この肉体の最初の持ち主である、オリジナルの薫子は……マセス様とマニオス様が転生した際の爆発で死んでしまった。私達始まりの6人の騎士は、封印石から出た後、その辺りに転がっていた都合の良い人間の死体を再生して転生したの」
目を赤くして話す薫子の言葉に対し、早苗は驚愕しながらも冷静さを保ちながら問う。
「敢えて……薫子姉様って呼ばせて貰うわ。この前の模擬戦の後……。私は安中大佐に真実を教える様に迫った。だけど、彼は重要な事は何も教えてくれなかった……。でも彼は最後に言ったわ。真実を知りたければ……薫子姉様、貴女に聞けって……。薫子姉様……、私は真実が知りたいの。全てを欲しい」
いつもの軽い調子では無く早苗は真剣に薫子に頼んだ。対して薫子は――
「……全て御心のままに。早苗、私は貴女が望むまま……全てを伝えるわ。だけど……貴女に聞く覚悟が有るかしら。それと……小春ちゃんや仁那ちゃんに話すかは慎重に考えた方が良い。……先ず貴女が知り……どうするか判断すべきだと思うわ」
「その点は私も同意する。私は仁那ちゃんと玲君の母親として子供達を守る義務がある。勿論、小春ちゃんも……。だからこそ私は知る必要が有る。今度こそ、全ての悪意や醜いモノからあの子達を守って見せる。その為の覚悟なんてとっくに出来ているわ……!」
静かに諭す薫子に早苗は力強く覚悟を決めて答える。
「分りました、早苗……。貴女の心のままに……」
早苗の揺るがない決意を感じた薫子は、真摯に答える。そして彼女は……早苗の肩に手を置き一言呟く。
「……アリエッタ……。この尊き御方を、始まりの場所へ……」
薫子がそう呟いた瞬間……二人は忽然と姿を消した。
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