179)カリュクスの騎士-3

 飛び去った3人と目の前で気絶してだらしなく転がる中崎刑事に戸惑い呟く小春。


 「……何なんだろ……」



 戸惑う小春の前に自衛軍の護衛達が走りながらやって来た。確か夏祭りで見た、黒スーツの女性もいる。その黒スーツの女性が小春の姿を見ると微笑んで話し掛けた。

 


 「……以前もお会いしましたね、石川小春技官殿。改めまして私は自衛軍に所属する清水優香と言います。任務で貴方と貴方のご家族を護衛する任務に就いています。私達もこの男が貴方を尾行している事に気付いていました。取り押さえようとしておりましたが、石川技官の方で対処頂いた様ですね?」


 清水優香は長く黒い髪を巻きつけてシニョンにして纏めている、如何にも仕事が出来そうな切れ目の美人だ。黒いスーツ姿が非常に良く似合う。


 優香は小春が強力な能力を持っている事は知らされているので、小春が中崎を気絶させたと認識した。



 対して小春は大人の女性である優香に問われて少し圧倒されたが、気になっている事を尋ねようと声を発する。


 「……はい……あ、あの……」


 「?……どうかしましたか? 石川技官?」


 「い、いえ! あ、あの……この人……どうなりますか?」


 小春は急に質問されて慌てながら、眼前の気絶している中崎刑事について問うた。対して優香は小春の質問に静かに答える。


 「我々の情報ではこの男は刑事との事ですが……石川技官の尾行の目的が如何いう目的か尋問の上、所轄組織に引き渡します。何らかの公務であれば確認次第、釈放されるでしょう」


 「そうですか……」


 「この男についてはこの辺りで……石川技官、ご自宅までお送ります」


 こうして小春は優香に付き添われ自宅へ帰る事となったのであった……。




 ◇   ◇   ◇




 そんな事が有ってから数日後、石川家での事だった。


 いつもの様に石川家に訪れていた薫子が小春に言いにくそうに、あるお願いをしていた。


 ちなみに今日は玲人は自衛軍の任務に就いており、母、恵理子は仕事に出ていた。妹の陽菜と祖母の絹江も不在だった。



 「……小春ちゃん……私、ちょっとフィラデルフィアに行きたいんだけど……行ってもいいかな?」


 問われた小春は違う所に喰い付いて興奮して答えた。石川家の経済状況では海外旅行など、行った事が無かった為、身近な人が行く海外旅行に小市民な小春はボルテージが急上昇していた。


 「フィラデルフィア!? 何処の国ですか!? す、凄い!」


 「あのね……フィラデルフィアはアメリカでしょ? 今のアメリカの首都よ?」




 第三次大戦時、アメリカのワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルスの三都市が敵勢力からの核攻撃を受けた。

 

 幸いにして使われた核兵器は他の国同様、小規模だったが撒き散らされた汚染物質により、都市を放棄せざるを得なかった。大混乱の中、核攻撃の直接的被害を受けなかった都市に人々は批難するしか無かった。


 結果、ワシントンとニューヨークの間に存在したフィラデルフィアの人口が増大し、首都機能が移転された。

 

 核攻撃を受けた3都市は汚染物質の影響で無人化した事より、排水機能が停止した事により浸水し都心部は水没した。


 なお、この時代でもアメリカは最大の軍事力・経済力を持っていた。



 薫子は小春に説明を続ける。


 「……フィラデルフィアは、戦争前から学術都市なの。向こうで調べたい事も有るし、仁那ちゃんの件でお世話になった人にお礼に行きたいし……

 小春ちゃんのお蔭で仁那ちゃんも大丈夫になったし、動ける時に行っときたいなーって思ったんだけど……ダメかしら?」


 「ダメな訳無いじゃないですか! わたしの事なんか気にせず、是非行って来て下さい! あー! いいなー! わたしも海外行きたいなー!」


 小春は薫子の旅行話でテンションが上がり捲りで叫んでいる。その様子を見た薫子が微笑みながら返答する。


 「パスポート持って無いから今回は小春ちゃんは無理だけど……約束するわ! 私が必ず小春ちゃん達と、玲君をフィラデルフィアに連れて行ってあげる! だから先にパスポートよね?」


 「あ、有難う御座います……でも……気持ちだけ頂いときます! そんな高価な海外旅行なんて、甘えちゃう訳にいかないです……」


 経済状況の厳しい石川家の状況を知っている小春は、海外旅行と言われて先ず金額を気にしてしまう。対して薫子は笑顔で返す。


 「いいの、いいの! 小春ちゃんにはどれだけお礼を言っても足らないもの。是非一緒に行きたいわ!」


 「そうですね! 是非、皆と一緒に行きたいです! でも……その為にはお金がいるから働かないと……うーん、海外旅行はだいぶ先になります……」


 小春は肩を落として呟いたが、そんな様子を見て薫子は苦笑しながら答える。


 「遠慮なんてしなくて良いのに……まぁ、小春ちゃんらしいわね……所で早苗と仁那に替わってくれない? お土産のリクエスト聞いとかないと」


 「はい、分りました……まず、早苗さんに替わりますね? ……アレ? うーん……薫子さん、早苗さんは今、替わりたくないそうなので、仁那から替わりますね……」


 薫子に促された小春は早苗と替わろうとしたが、何故か拒否られてしまった。


 「……そう……残念ね。仕方ないから早苗が喜びそうなの考えるわ。それじゃ仁那ちゃんと替わってくれる? 小春ちゃんの要望は最後に聞くわ」


 その様に薫子は小春に明るく話す。それから薫子は、仁那とも話して小春と共にお土産要望を聞いてからアパートに帰って行った。




 薫子の立ち去る後ろ姿を見送りながら、早苗に脳内で問うてみる。


 (……どうして、早苗さんは薫子さんに会おうとしなかったんですか? まだ恨んでるとか……?)


 “違うわ……色々有ってね……まぁ、気にしないで? そんな事より、お夕飯の買い物に行きましょう?”


 (……分りました……)


 早苗はそう言って、答えを躱した。その様子が何となく、とても寂しげに感じた小春は一言だけ返して、それ以上の問い掛けは諦めたのだった……。




  ◇   ◇   ◇




 早苗に促されて夕飯の買い出しに行った小春。母の恵理子が仕事で居ないときは、早苗が夕飯を用意していた。その為買い出しに出た訳だが、スーパーからの帰り道、脳内で又も仁那が小春に声を掛ける。


 “小春……この前の子達が、私達を見てるよ?”


 (え? この前の子達って……あの3人の子達の事?)


 “そー! この感じ……多分近くに居ると思うけど……どうする?”


 (……うーん……ちょっと話せないかな……?)


 仁那に問われて、小春は少し考えて仁那に返答した。対して仁那は明るく答えた。


 “分った! ちょっと替わってくれる? 話し掛けて見るよ!”


 仁那がそう言った為、小春は替わった。すると仁那は買い物袋を抱えたまま、能力を発動して横に建っていた家の屋根に飛び乗った。


 “シュン!!”



 ……しかし、誰も居ない。仁那の行動を不思議に思った小春が仁那に問う。



 “……仁那……誰も居ないよ?”


 (ううん、そこに居るよ? 姿を隔してるだけ)


 脳内でそう答えた、仁那は誰も居ない筈の屋上に向かって話し掛ける。



 「……かくれんぼしても、無駄だよ?」



 仁那がそう話すと、誰も居なかった屋上に突如、揺らめく様に空間が揺らいだ。


 そして其処から先日公園で会った、ローラ、キャロ、レーネと名乗った3人の美しい美少女達がバツが悪そうに現れた……。



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