173)有り得ない事件

 とある公立大学の研究室でまだ若さが見える南波助教授は呻く。


 「おい、黒田! 一体これは何なんだ!?」

 「それか? ちょっと“拾った”モノだ……それで、如何なんだ? 何か分ったか?」


 南波助教授に叫ばれた黒田警部補は静かに答える。黒田と南波助教授の関係は高校時代の同級生同士で、偶に酒を飲み合う関係だった。


 黒田は有る事件で“拾った”部品の調査を南波助教授に依頼したが、電話口で興奮した様子で呼び出され、ここに来ていた。


 黒田が助教授の所に持ち込んだのは、有るテロ事件の現場検証の際に回収されたモノだ。有る事件とは、先日真国同盟が起こした中規模イベント会場で生じたテロ事件だ。


 そんな事情など知らず、南波助教授は黒田に叫ぶ。


 「分らないから叫んでるんだ! いいか! 此れは明らかに小銃だ。あー何言ってるか自分でも分らん! 良く聞け! この小銃はバレルと呼ばれる銃筒に並行して切断されている。俺が分らんのは、コイツの切断方法だ!」


 南波助教授は興奮した面持ちで、黒田が持ってきた切断された小銃の破面を指し示す。対して黒田は“やはりか”と内心納得しながら惚けて、南波助教授に問い掛ける。


 「この銃の切断部の何がおかしい? 素人の俺が分る様に説明してくれ」

 「……惚けんな! お前がコイツを俺の所に持ってきた時点で怪しさ満点だろ!? ……ふぅ……まぁ、いい……良くは無いが説明してやる」


 黒田の惚けに切れた南波助教授が突っ込み返して、漸く落ち着いて黒田に説明する。


 「……いいか? この切断された小銃は、綺麗にバレルに沿ってフロントサイト(銃の銃口付近にある凸型の照準器)を上に水平に切断されている。だから、切断された部品同士をこうして合わすと……」


 “カチリ”


 南波助教授が切断された部品同士を合わせると一つの小銃が組み上がった。切断面など一切見えない。しかし黒田は、南波助教授が興奮する理由が分らない。


 「……一体何が言いたい?」

 「分らんか? 無いんだよ……切断代が! ……この世界のあらゆる技術を掻き集めても、切断代ゼロmmなんて加工方法は不可能だ。レーザーにしても、超高圧水でもな。でも、この小銃は其れが無い。まるで初めからこの大きさだった様だ……それも異常だが俺が一番驚いたのは、こいつの切断面を見た時だ」


 「それの何がおかしい……?」


 南波助教授は興奮冷めやらぬ様子で、狭い研究室を行ったり来たりして黒田に話すが、言われている黒田は、何の事かは分らない。


 「……この銃の切断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察してみた……すると……無いんだよ、切断された痕跡が。どんな状況でもその破壊された表面組織はミクロの世界では必ず破壊の証拠を示すんだ。せん断や延性等の破壊の特徴的な破面を……

 しかし、こいつはまるで初めからこんな形で作られた様な金属組織を示している。だが、この小銃には銃腔内に銃弾を発射した劣化痕跡が有り、銃として使われた事は間違いない。誰かが確かに銃だったモノを綺麗に切断したんだ。

 金属組織に熱の影響や、硬度の変化も無かった。全く何の力も熱も与えず、水を掬う様に切られた……そう考えるしかないが、既存の技術では絶対に有り得ない!」

 

 南波助教授は一方的に捲し立てた後、急に真顔になって黒田に語る。


 「……分るか黒田……お前が持ってきたこの破片は紛れも無く本物のオーパーツだ……お前、一体何に関わってる……?」


 静かに迫る南波助教授に黒田は、苦笑を浮かべ南波助教授の前に置かれた小銃の破片を掴みとると、南波助教授に背を向けて呟いた。


 「……邪魔したな……こいつの事は、忘れてくれ」

 「…………分った……黒田、一言だけ言わせて貰うぞ……余計なお世話だと思うが……もう過去を見るな」


 南波助教授は黒田の背中越しに、声を掛けた。そんな南波助教授に黒田は振り返り苦笑を浮かべて返答した。


 「本当に余計なお世話だな……手間を掛けさせた、今度奢るぜ」

 「黒田、何か有れば俺を頼れ……」

 

 心配そうに語った南波助教授の声に、黒田は手を上げて答えた。

 

 ◇   ◇   ◇


 黒田は美しく整備された大学キャンパス内を歩きながら南波助教授の言葉を思い出し、その答えが自分の推理と合致した事に満足していた。


 (……有り得ないか……其れが欲しかった答えだよ、南波……)


 黒田はそんな風に思い返しキャンパスのい校舎壁にもたれ、煙草に火を付けた。そうして黒田は、先日起こった有る事件について思考を整理する。


 黒田には南波助教授に手にした切断された小銃の分析を依頼した事は有る理由があった。


 先日起こった中規模イベント会場で生じたテロ事件。この事件は黒田からすれば余りにも異常な事件だった。


 この事件はイベント会場を完全に崩落させる程の大爆発が生じたにも関わらず、不思議な事にイベント会場の外部どころか、崩落した屋内においても死傷者は皆無だった。

 しかも落下した瓦礫を確認すると、人質が居た所のみ瓦礫が避けて落下したとしか考えられない状況だった。

 

 また、死傷者に関してだが、正確にはテロに巻き込まれた民間人には一切の被害は無く、逆にテロを起こした被疑者だけが重傷を負っていた。しかもその傷は両手足部のみに集中し、その傷は、自ら放った銃弾で生じていた。


 状況を考えれば、真国同盟のテロリスト同志が撃ち合った、としか考えられない。しかし、その後の調査で其れも不自然である事が分った。テロリストの両手足に生じていた傷より、銃弾は横向きであったり後ろ向きで肉体に突き刺さった事が分った。


 つまり銃弾は一度停止し、後ろ向きにや横向きで手足に刺さった事になる。



  ――正に有り得ない。そんな事件現場だった。




 また、被害者と被疑者双方の証言もさらに混乱を招いた。


 事件に巻き込まれた方も、事件を起こした者も、事件の終結に関しては何一つ肝心な事は覚えていないのだ。

 

 真国同盟の連中は口を揃えて、気が付けば手足をぶち抜かれて転がされていた、と言い、人質達の言う事もテロリストに襲われた時の事は良く覚えているのだが、いつの間にか会場が崩落し、全てが終わっていたと話す。


 ちなみに会場に設置されていた監視カメラの解析も真国同盟襲撃直後までの映像は残されていたが、その後の映像は全て消えていた。


 黒田は事件後、現場で切断された銃器類を見て、長年の経験よりその異常性に気が付いた。其処で直ぐに鑑識に廻したが、例によってテロ事件の取り扱いは自衛軍の所轄の為、これ以上の調査は行われず、この事件の捜査は終了してしまった。


 大野署長を始めとする警察としての態度も完全にこの事件は既に終わったもの、として取り扱われ、有り得ない事件と認識を抱いていたのは黒田一人だった。


 黒田はその事自体にも異常性と危機感を募らせ、独自で南波助教授の見解を求めたのだ。



  ――そして得られた有り得ない物証……黒田は自分の認識が正しかった事を確信した。



 黒田は全く不可解なこの事件に、以前発生したショッピングモールのテロ事件に類似性を感じていた為、最初はマルヒトつまり玲人がこの件に絡んでいると踏んだ。


 そこで部下の中崎に事件当時の玲人のアリバイを調べさせた所、その時間に玲人は石川家に居た事が確認されている。




 黒田は校舎にもたれ煙草を吹かしながら、頭の中で状況を整理する。


 (……有り得ない事件。にも拘らず、誰も気付かない……いや、そう仕向けられている?……マルヒト……以外に居るのか、マルフタって奴か? それとも別な何かが……)


 此処で、黒田は玲人以外で、特異な何かを持つ第三者の存在を確信した。そして自らやるべき方向性を決め、懐から一枚の写真を出す。それは石川小春の写真だった。


 (この少女が現れてから、ひっそりと隠れていたマルヒトの動きが激しくなった……そしてこの事件……マルヒトが携わった事件と酷似している……)


 黒田は煙草の煙を噴き出して、呟いた。


 「一応……当たってみるか……藪を突いて大蛇が出てくる事を期待しよう……」


 こうして黒田は小春の動向を追跡する事を決めたのだった……


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