16章 キャラクター紹介
17)奇跡の少女
小春の慌ただしくも楽しい生活を思い起こして嬉しくて涙を流すアリエッタ。
そんなアリエッタの様子を見たカナメが下を向いて呟く。
「……小春ちゃんにとって……この平和な生活が長く続けばいいのに……」
カナメが小春を想って心配するのは理由が有った。
……それは、玲人の事だ……
玲人の中の“彼”つまりマニオスが目覚めたら、あの時の続きをもう一度始めるだろうとカナメは考えていたのだ。
マールドムと呼ばれる人類の殲滅を……
転生する前のカナメなら其れで良かった。妹を兵器に利用され、助け出した時には妹はもはや手遅れだった。そんな出来事よりカナメは人類を激しく憎んでいた。
しかし……転生したカナメはマールドムに育てられ、その暖かさを知ってしまった。そして妹を思い出させる同級生の松江晴菜の存在もカナメの中では日に日に大きくなっていた。
「覚醒したマニオス様は、僕らの進言等聞き入れず、あの時の続きを……マールドムの殲滅を始めるかも知れない……あの時はマセス様が命を懸けて食い止めた。でもマールドムの小春ちゃんと同化したマセス様の力は大幅に減じられた。
そして、マセス様の力を取り込んだマニオス様、いやカドちゃんの真の力は……想像するのも馬鹿らしい位の強さになっているだろう……
もし、カドちゃんがマニオス様の記憶と力を取り戻した時、マールドムの殲滅をもう一度始めたら……本当に、もう誰にも止められない……」
カナメの懸念は、マニオスに忠誠を誓う騎士の姿としては正しくは無かった。
……しかし玲人の親友として、小春が悲しむ事を玲人にさせたくないのも事実だった。そして自分自身の気持ちもマールドムの殲滅はもう喜べる状況では無くなっていた。
カナメが過去を、妹を思い出し、マールドムを憎もうとする度に、脳裏に晴菜達の姿が浮かんでしまうのだ。
そんな複雑な心境のカナメを思いやるかの様にアリエッタは強い口調で言った。
「大丈夫よ!」
カナメは理知的なアリエッタにしては珍しい態度だった為、彼女にその意味を問い掛けた。
「……どうしてそう思う、アリエッタ?」
問われたアリエッタは微笑みながらカナメに答えた。
「だって、エニが、いえ、小春が居るわ。誰も、小春には敵わない。最強無比のマニオス様だって膝を付いて降伏するでしょう」
カナメは苦笑しながら答える。
「まぁ、確かに小春ちゃん相手には誰も戦おうとはしないよ。だってあの子、マセス様とエニだからね。あの子が立ったらアガルティアの皆も武装解除して泣き笑いながら駆け寄るだろう」
カナメのおどけた言い方が面白かった為、アリエッタは思わず笑ってしまった。ひとしきり笑ったアリエッタはカナメにもう一度答える。
「アハハ、余り笑わせないでロティ。思わずドルジ卿が泣き笑って小春に駆け寄る姿を想像してしまったわ、フフフ……ふぅ、落ち着いた……
ロティ、私が言ったのはそう意味だけじゃない。確かに貴方の言う様に、アガルティアの騎士や民達の全員が小春とは戦おうとしないでしょう、勿論私も含めてね。
だけどあの御方、マニオス様だけは違う。真に目覚めたマニオス様が本気になれば、小春の頭を撫でながらでも、お一人であっという間にマールドムを殲滅出来るでしょう」
「……そうだろうね」
「だけど、小春は、エニはいつだって奇跡を起こしてきた。前回も、そして今回も……ロティ、貴方も良く知ってる筈。転生前のマニオス様の指示によりマセス様をお助けする様に指示を受けた私達は、適当なマールドムの少女を“選ばせて”マセス様の転生体と同化させた。
でも……此処でエニは奇跡を起こした。選ばせたマールドムの少女は、フフフ、今でも信じられない事だけど……実は1万3000年の時を旅したエニだった……
こんな凄い事、中央制御装置と繋がっている私達の誰も予想なんて出来なかった。貴方を含む12騎士長達も、マセス様、マニオス様御二人にも……
そんな信じられない事が出来る小春に、一体誰が敵うと思う? いくらマニオス様が以前より凄く強くなっても、小春の起こす奇跡には敵わないわ!」
そう言ってアリエッタは年頃の少女らしく大きな身振りと笑顔で言い切った。その瞳は嬉し涙で濡れてはいたが、全く揺らいでおらず、自身が語った言葉に絶対の自信を持っていた。
その言葉を受けたカナメは久しぶりに見たアリエッタの少女らしいキラキラした瞳を見て、カナメ自身が玲人に抱いている憧憬を思い起こした。
(……なるほど、アリエッタも僕と同じか……僕はマニオス様に仕える騎士。だからマニオス様が決めた事には絶対に従う心算だ。それが……どんな血塗られ、呪われた道でも……
そしてマニオス様はマールドムを放ってはおかないだろう。小春ちゃん達を大切に思えばこそ……だからこそ、僕はアリエッタの言う小春ちゃんの起こす奇跡を見てみたい気がする……)
カナメは避けられない戦いの予感より、アリエッタの想いを信じてみたいと思った……
“お祖父ちゃん達が心配するからもう帰るよ”
カナメはそう言って帰っていった。一人残ったアリエッタは、まだ小春を見つめている。そして月夜の中、笑顔で小春に向かって囁いた。
「……エニ……早く私達の所に帰って来て……貴方には話したい事、沢山あるの……貴方が助けてくれた私達、そして沢山の子供達……皆が、貴方を待って居るわ……
そして……マセス様……アガルティアの騎士や民は、全員貴方の子供です。皆が貴方を愛しています……私の、私達のお母さん……早く以前の様に私達を抱き締めて欲しい……私は、私達は貴方達、いえ小春の帰りをいつまでも待って居ます」
透明な少女、アリエッタは涙を零しながら、眠る小春にそんな想いを乗せて静かに話し掛け、溶ける様に消えて行った……
◇ ◇ ◇
アリエッタが去った後も、小春は静かな寝息を立てて眠っていた。
そんな眠る小春の頭上に、突如光が現れた。
それは小春の父だった。小春の父はテロに巻き込まれて死亡したが、魂の状態で常に小春達家族に寄り添って家族を導き守っていたのだ。
小春の父は、エニに寄り添って居た時と何も変わらず、光の状態のまま、小春を見守る様に優しく光を照らしていた。
そこに……エニの胸のあたりから一筋の光が煙の様に立ち上り、ゆっくりと人の形をなした。
それは……白銀色の甲冑を纏ったマセスだった。彼女はおぼろげな輪郭で背後が透けて見えている。マセスは光の姿をした小春の父に話し掛ける。
「……貴方には、お礼を言わなければなりません。エニのお父様……エニと同化したお蔭で理解出来ました……エニを導き、今の世の私である仁那と引き合わせたのは貴方ですね?」
“……それは……違う……エニ、いや……小春の健気で真っ直ぐな思いが……奇跡を起こした……エニだった時も……今回も、小春は……最も困難で尊い決断を……迷うことも無く……選んだ……だからこそ……起きた奇跡だ……俺達はそんな……小春の願いを……叶える為……後押ししただけ……”
「エニのお父様……私はエニの魂と同化してエニ自身となった。だからエニの記憶を全て把握している……貴方が居なければ、この奇跡は有り得なかった……だから、私は貴方にお礼が言いたかった」
“それも……違う……俺も貴方に……礼を言いたい……貴方がエニを愛し育てた……だからこそ……エニは、光輝いた”
「いいえ、それはエニ自身の輝きです。私は、いえ私とマニオスはその真っ白で透き通った光に魅せられ、深く愛したのです」
“俺も……そうだった……”
「……貴方達とエニのお蔭で、苦しみ彷徨うマニオスの魂を救う事が出来るわ。私では出来なかったから……」
“それも……違う……貴方は先程言った筈……貴方がエニなのだと……貴方自身が小春となって……彼を救うのだ……”
小春の父の言葉を受けたマセスは胸が一杯になって涙が溢れた。
“そうだ、今度こそ私が彼を救うのだ”
そんな風にマセスは、いや小春は決意した。そう思いながら静かにマセスは泣き続けた。その様子を見た小春の父は優しく光ってマセスに寄り添い慰めていた……
しばらくマセスに寄り添っていた小春の父は彼女に告げた。
“……もう行かないと……肉体を失ってから……彼女達を見て来たが……旅立ちの時が来ている……また、長い輪廻の旅が……”
「……また、会えますね?」
“ああ、必ず……俺の可愛い娘、小春……必ず……会おう!”
その様に最後告げて、小春の父は優しく光りながら天に昇って消えていった。その様子を、涙を流しながら見ていたマセスは小春の顔を優しげな顔で見つめて告げた。
「……エニ、貴方が私とマニオスの為に、1万3000年間寄り添ってくれた様に、今度は私が貴方の魂に寄り添うわ……永遠に……」
そう呟いたマセスは小春の頬にキスをしてそのまま光の粒子になり小春の体に吸い込まれた……
こうして、エニは石川小春として転生し、エニ自身の願いとエニの父の導きにより小春は仁那と早苗とマセスと同化し、アーガルムとなった。
そして仁那と早苗を救った小春の誓いを叶える形で、玲人は小春と婚約する事になった。
しばらくは、小春は玲人と共に、小春と同化した仁那と早苗に翻弄されながら騒がしくとも楽しい日々を送るだろう。
しかし、小春の小さくて賑やかな世界の外側では小春と玲人を巡って動き出す者達が居た。
玲人の能力を欲して奪わんとする国内外の愚かで野蛮な者達。
忠義と恩義より玲人の中に居る“彼”を起こさんとする恐るべき力を持った騎士達。
そして……玲人の中に居る“彼”が目覚めた時、小春を取り巻く世界は大きく揺らぐ事になるだろう。
やがて目覚める“彼”は人類を指すマールドムに一体、どの様な決断を下すのか。祝福を与えるのか? ……それとも滅亡を与えるのか?
そしてその時、愛する者達の為、1万3000年の孤独な旅を耐え抜いて奇跡を起こした小春は、今度はどんな奇跡を起こすのか?
小春と玲人は惹かれ合いながら、輪廻の因縁がもたらす激動の渦に翻弄される事となるのであった……
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