16)透明な少女の喜び
早苗と仁那に説教して自分の精神内にあるシェアハウスを出た小春は、現実世界に戻ってきた。
「ふうぅぅ……」
今日も早苗と仁那に振り回された小春は長い溜息を付いて、部屋のベットに倒れ込んだ。横には玲人が居たが体裁を気にする体力は、今の小春には無かった。
「……いつも済まない……小春」
真摯に侘びる玲人に小晴は恐縮して答える。
「い、いや、玲人君は何も悪くないの……ただ、ちょっと? 早苗さんと仁那が、元気過ぎて目が回っただけ! だから謝らないで」
そう言った小春に対し玲人は微笑んで語る。
「……小春には申し訳ないと思うが……俺は嬉しい……こんな賑やかだが楽しい日々を送れるとは……俺も、仁那も、そして母さんも父さんも思っていなかった。俺と父さん、そして仁那も母さんも皆、小春には深く感謝している。……本当に全て小春のお蔭だ。有難う」
玲人は小春に深く頭を下げ、礼を言った。そんな玲人に小春は慌てて答える。
「そそそんな、礼を言われる程の事は何も……それに……何よりわたしが、そうしたかったから……」
そう答えた小春の頭を、玲人はそっと頭を撫でて呟く。
「俺は……覚えていないが……俺の中に眠る“彼”も、小春の中のマセスという女性も……こんな賑やかで楽しい日々をきっと嬉しく思っている筈だと、俺は思う」
「……れ、玲人君……」
小春は玲人の言葉を受けて、何故だが分らないが胸が一杯になり、涙が溢れた。きっと小春の奥底に眠る“マセス”も多分そう思っているからだ、と小春は思った……
頭を撫でていた玲人だが、最後にそっと小春の頬に触れて呟いた。
「……残念だが……今日の所は帰るよ……また明日、小春に会える事を楽しみにしている……」
そう静かに、そして穏やかに小春に語って玲人は帰っていた……
一人残った小春は、玲人にそっと触れられた頬が熱く、嬉しくて……ベットにゴロゴロ転がり一人悶えた。
気が付けば、早苗と仁那に振り回され怒っていた事なんて、本当に一瞬で忘れていた……
一人悶えて思い出し笑いながら転がっていた小春だったが、やがて疲れて眠くなってきた。そこでいつもの様に玲人からプレゼントされたガーネットのネックレスを胸から取り出し、そっと握り締めた。
そして今日も“一途な愛を貫くことで固く結ばれる”という石言葉を信じ、ガーネットと亡き父にそんな祈りを捧げながら、眠りについた……
◇ ◇ ◇
月夜の中、眠っている小春を微笑みながら見つめている少女が居た。彼女は空中を浮かんでいる。
彼女は黄金色の瞳を持ち、真白い肌に髪型はドールバンクのウエーブが掛かった銀色の髪を靡かせている美しい少女だ。
しかし、この少女は実体が無く、投影された映像の様に透けて背後が見えていた。
彼女はずっと飽きることなく小春を見つめている。
そんな中、突如光が生じ、一人の少年が少女の横に現れた。その少年は……玲人の親友である東条カナメだった……カナメは透明な少女に話し掛ける。
「ご苦労様、アリエッタ。また、小春ちゃんを見ていたの?」
カナメを見た、少女いや、アリエッタは恭しく頭を下げ静かに応える。
「はい、ロティ卿。エニ達を見ていたら楽しくて我を忘れます」
「アリエッタ、今はロティ卿は止めてよ、お互い子供の時からの付き合いだろう?」
「分ったわ、ロティ」
二人は和やかに話す。透明な少女、アリエッタはエニが生前に命懸けで助けた少女だ。対するロティはエニやアリエッタと同様に戦災孤児として拾われ、攫われた妹を助ける為、騎士になった少年だった。
その後ロティは12騎士長まで上り詰めていたが、最後の戦いの時その場にいた他の5人の騎士長と共にマニオス達の為、封印石に一緒に封印された。
そして1万3000年後、エニの叫びを聞いて目覚めたマニオス達とロティ達は一緒に封印石から目覚めた。
その際、ロティは失った肉体の代わりに目覚めの際の爆発で既に死亡していた東条カナメだった赤子の肉体を再生して転生したのだ。他の5人の騎士長達も同じ様な状況だった。
違うのはロティだけが、幼子に転生したマニアスに常に仕える為、わざわざ赤子を選んで転生した事だった。
アリエッタはカナメに問い掛ける。
「ロティも転生した“あの御方”を見ていたのでしょう?」
「まぁね、カドちゃんは夏休みの課題をきっちりやって、それから寝たよ。そういう生真面目な所、転生しても変わらないよ」
カナメはアリエッタに笑ってそう言った。なお、カドちゃんというのは玲人の苗字、大御門からカナメが玲人に名付けたあだ名だった。
「変わった所も沢山有るわ。“あの御方”いえ、マニオス様は転生前に比べ態度が随分柔らかくなったわ」
「そう言えばそうか……でもマセス様は、ちょっと変わり過ぎだよね?」
「長い間抑圧された環境からの解放と、精神が幼くなった影響だと思う。小春との同化前は良く似ておられたわ。だからきっと、マセス様も幼い時はあんな風だったかも知れない」
「へーそうなのか……アハハ、この前君が報告してた猫を裸足で追い掛けた時みたいに、子供の頃のマセス様も同じ事してたら面白いのにな?」
「あら、ロティ。今のエニ達がマセス様よ」
「ハハハ、そうか! アリエッタが我を忘れて見る気持ちが良く分るよ!」
「フフフ、そうでしょう」
そんな事を話しあう二人だったが、カナメが透き通るアリエッタの体を見て、心配になって聞いてみた。
「……ねぇアリエッタ。君の肉体は完全に修復されただろう? ……もう肉体に戻ればいいのに」
カナメがアリエッタに聞いたのは理由があった。エニが死の直前に助けようとしたアリエッタと他の皆は、侵略軍に対しエニが殺された事で激しく抵抗した結果、肉体は激しく損傷した。
その後、駆け付けたマニオスと12騎士長達によりエニ以外の全員は間一髪で助け出され、蘇生装置に入れられて長期間動けなかったのだ。
しかしアリエッタの魂は無事だったので特殊な装置を介して、自身の姿を外部に投影して今の様に行動していた。
「心配してくれて有難う、ロティ。でも今はこのままでいいの……エニは、あの時私達を、命を掛けて守ってくれた。そして今回もマセス様と“あの御方”の為に、自らを犠牲にして救ってくれた。
マールドムだったエニが私達アーガルムの為に尽くしてくれた様に、私はアガルティアの皆の為に、支え続けたい。だから、今はこのままでいいの。
……この想いは私だけじゃない。あの時助けられた他の皆も同じ。
そしてロティ……貴方も“あの御方”の為に生涯を掛けて尽くしている。だから貴方も、私達と同じ気持ちの筈よ」
そう言ってアリエッタはロティを真っ直ぐ見据えた。
「……分ったよ、アリエッタ……でも無理はしないでね」
カナメはアリエッタの強い覚悟を受けて、その気持ちを反対する事は出来なくなった。彼女の気持ちは、玲人に仕える自分が良く理解出来たからだ。
アリエッタ達は動けない自分達がアガルティアの皆に貢献する為、自身の肉体とアガルティアの中央制御装置をリンクさせた。
其れにより自分達の能力をアガルティア全体に付加出来る様になり、防衛力を始めとする都市全体の大幅な機能強化が図れた。
これはマールドム侵略軍が兵器に使っていた方法を逆に利用し発展させた技術だ。
違うのは、兵器では無く防衛の為にその技術を使っている事と、子供達がアガルティアを守る為に自らに意志で行っている事だ。
また子供たち自身が中央制御装置のオペレータ兼コンソールとして機能する事も可能だった。その為に12騎士長達のオペレータとしてアリエッタが担当していた。
アリエッタはロティに続けて話す。
「エニに助けられた私や皆は、エニが、いえ、今は小春ね。小春が元気で楽しい生活を送っているのを見ると涙が出る程嬉しい……
そして、それは小春に助けられた私達だけじゃないと思うの。今はまだ、眠っているけど……エニに拾われた子達、エニに育てられた子達、エニを可愛がってくれた皆……
彼ら全員がエニの、小春の元気な姿を楽しみしている筈……だから私は自分が見る事が出来る小春の騒がしくて楽しい日々を中央制御装置の記憶領域に全て保存して置きたいの」
そう言ってアリエッタは笑顔で涙を流した。悲しいのではない。小春の姿が見られて本当に 嬉しい為だった。
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