14)猛獣との同居生活(姑編)

 小春の魂に同化している早苗と仁那は石川小春の体を共有している為、いつでも3人が体を自由に使う事が出来た。具体的には今は小春が体を使っているが、夕食作る時は家事が得意な早苗が体を使って料理をするという様な感じだ。


 小春にとって玲人の姉の仁那と、母の早苗と肉体を共有する事自体は全く問題なく、寧ろそのように小春が願った事だった。



 問題は、姑である早苗と小姑の仁那が手の付けられない猛獣である事だ。小春は同化した瞬間から二人に振り回されていた。


 

 例えば姑の早苗はと言うと……



 早苗は小春との同化を経て最初に目覚めた時、恨みを持っていた腹違いの姉である薫子を殺そうとした。また、訪問してきた軍関係者にケンカを売り、その場にいた兵士30名程を一瞬で体力を奪い無力化した。


 そればかりか小春の体である事を知りながら全裸で玲人に抱き着き、ディープキスを何度もしたり……


 玲人の母、早苗は小春と同化し覚醒した数時間以内でそれだけの事をした超危険人物だ。もっと言うとメンドクサイ事に玲人の中に居る夫の修一だけにはデレまくるヤンデレだった。


 生前の早苗を知る修一の話では、以前の早苗は“昔はもっとお淑やかだった”らしいが早苗達が無残にも殺されたあの事件の後より“少し?”暴走気味になっているらしい。


 ただ修一曰く“今の活発な姿も凄く魅力的”との太鼓判が押された為、ヤンデレ具合は改善される事も無く、無双状態だった。


 ヤンデレの早苗は修一の言う事だけは聞くが、それ以外の者では歯止めに為らない為、基本制御不能だった。


 そんな早苗の日常は、ほぼ本能で動いていた


 例えばある日の事だ。石川家の母、恵理子は仕事の為に夕飯時は不在の事が多かった。そんな時は小春の中の早苗が出て来て石川家の為に夕飯を作る、そんな日常が普通になった。


 早苗は基本制御不能な猛獣だが、筋は通す人だったので恩義を感じている石川家には献身的だった。



 小春と婚約した玲人は、小春達の為に護衛と世話係として石川家に毎日奉公に来ていた。


 その日、玲人が母である早苗の代わりに夕食を作ると言い、それを早苗が教える、という仲睦まじい姿が見られた。



 その様子を心の中(早苗と体を変わっていた為)で見ていた小春は暖かい気持ちになっていた。しかし、玲人と接している内に、早苗は何か気持ちが盛り上がってしまった様で、夕食後、玲人が風呂に入っている時に……


 “愛する玲君の成長を一緒に確認するわ!”


 とか言いだし小春が止める間もなく全裸で風呂に乱入して、小春を激怒させた。



 小春が脳内で早苗に今日も叫ぶ。


 “なんで!! 成長を確認する為に! お風呂に一緒に入る必要が有るんですか!!”


 小春に怒られている早苗はいつもの通り、気にせず淡々と脳内で小春に答える。


 (何言ってるの、小春ちゃん。だって……全身くまなく確認するにはお風呂が一番いいでしょう? そんなの当り前じゃない!)


 “当たり前なのは! 早苗さんの中だけです!!”


 そんな戦いが姑の早苗と、嫁(将来)の小春の脳内で繰り広げられた……



 また、こんな事も有った……



 その日、早苗は修一と(体を玲人から修一に替わって)夕飯の買い物に行った。その事自体は最近では良く有る事だった。

 

 しかし生前の早苗と修一は義理の姉弟である事と、政略結婚の道具にされる必要性から、こうした事は認められて居なかった。


 皮肉な話だが密やかな恋人同志だった二人は死んで初めて人目を気にせず、こうして一緒に並んで歩ける様になったのだ。


 早苗と修一が仲睦まじく手を繋ぎながら、歩いていると、二人の前から可愛い女の子を連れて歩く母親の姿が見えた。


 無邪気にはしゃぐ女の子の姿が何とも可愛らしい。


 早苗と修一はそんな親子の様子を微笑ましい気持ちで見ていたが、そこに一台の暴走車が大音響の排気音を立てて制限速度を無視して凄い速度で走ってきた。


 歩行者優先の筈なのに、クラクションを激しく鳴らして親子を怯えさせて迫る。



 その状況を見た、早苗は……


 

 修一が止める間も無く、能力を発動し傍らの十字路に立っていた“一旦停止”の規制看板を柱ごと、引き抜いて……


 “ガスン!!”


 暴走車のボンネットに思いっ切り突き刺して車を停止させたのだった。


 “ガガン!!”



 そんな音を立てて暴走車は激しくひしゃげた。早苗はちゃんと親子に怪我が無い様に障壁を展開させていた。


 幸い、運転手はエアバックのお蔭で無事だったが衝撃でぐったりとして、自慢の愛車は完全に変形し無残な姿となった。

 

 早苗は丁寧に小春の携帯端末で警察に電話してあげた。



 この様子を脳内で見ていた小春は……


 “さ、さ、早苗さん!! ななな何て事をしてくれたんですかー!!”


 小春の叫びに早苗は静かに答える。


 (何って……人助けだけど?)


 “やり方が有るでしょう!! 親子を守ろうとした事は良い事です! でも看板を引き抜いて車に突き刺すなんて危なすぎます!”


 (そうか……慌てて気が付かなったわ……小春ちゃん、ゴメンね。看板を引き抜くんじゃ無くて、あの男の男性器を引き抜けばよかったのね!!)


 “何言ってるんですか!? 何でソコ限定なの!?”


 (え? 違った? 首の方が良かった?)


 “ちちち違うわー!!”



 二人の脳内ケンカを大人しく聞いていた仁那が口を出す。仁那は小春と同化前は物静かな少女だったが同化後は意識自体が10歳未満のお子様になり、その言動も口が裂けても物静かとは言えなくなった。


 “ねぇ、お母さん? 男性器って何なの?”


 “(…………)”



 小春と融合してからの仁那は、精神が幼くなっていた影響で、仁那が気になった事はストレートに聞いてくるが、この質問攻撃は、何故かピンポイントに小春の精神を抉ってくる。



 “ええ、と、そそれは、その”


 小春がシドロモドロで仁那に回答しようとしていると、早苗が明るく脳内回答する。


 (仁那ちゃん、それはね、男の子の体にしか無い大切なモノなの)


 “へー凄いね! 不思議ー!”


 (そうでしょう? じゃあ、帰ったら私と仁那ちゃんと小春ちゃんの三人で、玲君のソコを観察して絵日記にしましょうか?)


 “うん! 流石お母さん! 良かったね小春!”


 “1ミリも良くないー!! 何て事を仁那に教えてんですか!? 絶対、ぜーったい! ダメだからね!!”



 そんな脳内大ゲンカをしていると、横に居た修一(体は玲人)が穏やかに話す。ちなみに早苗と小春の脳内ケンカは周囲には聞こえていない。


 「ゴメン、早苗姉さん。僕があの車を止めるべきだったのに……僕は車を浮かそうとしてたんだけど、早苗姉さんの方が能力の発動が早かったね。後の事は弘樹さんと相談して対応するから心配しなくていいよ」


 そう言って早苗に一切の責任は無いかの様に大人の対応をした。



 そんな修一に早苗は……


 「流石、修君ねー! どこかの馬の骨ちんちくりん珍獣とは心のキャパが違うわー! 比べるまでも無いよ!」



 早苗は自分が仕出かした事を棚に上げ、小春をディスりながら、修一にしな垂れて絶賛している。小春は早苗の態度に酷く疲れていると、仁那が脳内で“絵日記しないのー?”と聞いて来て、更に小春を疲れさせた……



 小春の魂に同居している小姑、仁那も小春にとっては手ごわい猛獣だった。



 仁那は早苗と違って悪意は全くない。何処までも純真なお子様だった。仁那と同化する前の仁那は大人しく控えめな少女だった。


 しかし其れは自身が全く動けず、徐々に死に向かう境遇だった事により抑圧される事で形成された性格だったのかも知れない。

 

 とにかく小春のお蔭で救われた仁那は小春の体と言う自由に動ける肉体と、崩壊する事の無い健全な魂を得た反動で、はじける様に活発で好奇心旺盛なお子様になった。



 小春は崩壊する仁那を助ける為、自分自身を犠牲にして仁那との同化を選んだ。自分が消えてしまう事も覚悟して。



 そして行った仁那との同化で、誰も消え去ることも無く仁那が元気になった事は本当に嬉しかった。その為に仁那が幼くなった事や仁那や早苗と脳内同居する事なんて、仁那が居なくなってしまう事ぐらいなら全く問題なかった。



 問題は無いが……物事には限度がある……



 早苗だけでも小春はエライ事になっているのに小姑の仁那の暴走もとんでもなかった。しかも早苗と違って悪気が無いから余計にタチが悪かった。


 基本、仁那を動かしているのは食い気と好奇心であり、それらを刺激されると……母同様、猛獣化するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る