11)兆し

 それから何千年も経過した。しかしエニは輪廻の旅に行かず、石に眠る彼らと寄り添っていた。片時も離れることも無く……



 そんな中、砂の中で石に寄り添うエニの眼前に光が突然現れた。もう何千年も見ていなかった懐かしい光だ。


 “君には負けたよ……エニ”


 「お、父……さん?……」


 エニは長すぎる時を砂に埋もれながら石に寄り添い眠っていた為、意識が不明瞭だった。


 “エニ……君は最後まで……やり切る心算なんだね……君は……本当に凄い娘だ。しかしこれ以上は……君の魂が磨滅する……だから此処からは僕も……君と一緒に彼らの目覚めを待つ事にしよう……”


 そう言ってエニの父はエニと共に石の玉に寄り添った。エニはもはや意識が混濁していたが、確かに父の暖かさと力強さを傍に感じて、何だか自分の中に力が入り込んでいる気がしていた……



 更に時が経過し、エニが最初に石の玉と寄り添ってから実に1万3000年が経過していた。


 そして、遂に……目覚めの機会は訪れた。


 “ガツン!!”


 そんな音がして、突然石の玉に衝撃を感じた。その衝撃に石に同化する様に眠っていたエニとエニの父は目を覚ました。


 すると、見た事が無い機械で石の玉は掘りだされている状況が見られた。そして頭に白い光沢のある帽子をかぶった男達がワイヤーで石の玉を縛り、不思議な機械で石の玉を砂の中から引き揚げ、地上に運び出された。


 エニは見た事が無い機械や乗り物が忙しく動きまわる状況を見て困惑していた。


 エニは知らなかったが、エニが目にした状況は、砂漠地帯に日本の大企業が石油プラントを建設するため基礎工事を行っていた。

 そしてエニが寄り添う石の玉は杭打ちの為に堀作工事中をしている際に発見され、調査の為クレーン車で運び出され地上に降ろされた状況だった。



 エニは石に寄り添いながら眼前に行われている不可思議な状況を見て父に尋ねる。


 「……お父さん、あれからどれ位時間が経ったのかな?」


 “…………エニが死んでから……凡そ1万3000年が経過した様だ……”


 「い、い一万3000年……し、信じられ無い……そんな長い間、わたし達は石と一緒に居たの?……」


 “……その様だね、エニ……漸く……事が進むだろう……”


 地上に運び出された黒い石の玉は色々な検査をされた結果、結局どこかに運び出される事になった。


 実際は、石油プラントを建設していた企業が掘り出した石の玉について、地元国の行政に報告したが発見されたのが石の玉だという事が分かった途端彼らは興味を失い、発掘した企業に処分を頼んだ。その為、その石の玉は日本の公立大学に寄贈する為、大型トラックに載せられている状況だった。



 大型トラックによって運搬される石の玉だったが、エニもエニの父も石と一緒に運ばれて行った。やがて石の玉は巨大な運搬船に乗せられ、海上輸送された。運搬船に石の玉と共に乗ったエニは大興奮で父に言った。


 「見て! お父さん! 凄い速さで海を進んでいくよ! 一体どこに行くんだろう」


 “……確かに……かつての滅んだ文明の乗り物の……様だ……”



 日本に運ばれた石の玉は発掘を行った企業の地元大学に運ばれた。そこで石の玉は様々な検査を受けたが、結果的に祭事の為に用いられた自然石と判断され、石の玉は大学の地下倉庫に長く保管される事になった。


 

 倉庫に石が保管されてから結構な時間が経過した。エニはいつもと同じ様に石の傍に寄り添って座っている。エニの父もエニの傍に常に居た。そんな二人の前に小さな光が突如現れた。


 エニの母だ。


 “エニ……あなた……久しぶりね……”


 「お母さん!!」



 3人は再開を喜び合ったが、落ち着いた頃、エニの母が話し出す。


 “エニ……彼らの目覚めは近いと思うわ”


 「え! そ、そうなの!? どうしてそう思うの!?」


 “……予知……と言うか……突然此れからの事が分ったわ……それであなたを呼びに来たの……”


 エニの母は何故かエニでは無く、エニの父にそう言った。そしてエニの父と母は互いを光らせてしばらく話し合っていた。


 “……彼らの傍に居を……”

 “……今度は私が、それで相殺……”

 “……エニを導く……”

 “……その為に準備が……”


 エニには聞こえにくいが、エニの父と母は随分長い間、話し合っていた。そしてエニに向かって父が話し掛けた。


 “エニ……突然だが……僕達は、次の転生に向かう必要が……出来た……だから、先に行くよ……”


 「そんな!! 行かないで!」


 エニは突然の父の別れの言葉に驚いて、父に残る様に懇願した。しかし父は静かに言う。


 “違うんだ……エニ……彼らの目覚めは近い……だから……君の為に……僕達は行く必要が……有るんだ”

 “そうよ、エニ……もうすぐ会えるの……だから……少しだけ辛抱して……長い間……頑張ったエニなら……出来るでしょう?”


 「うう! うぐう……あぐぅ…おと、うさん……ぐすっ……おかぁさん……」


 エニは二人を前にしてまた、子供の様に泣いた。エニにも別れが必要な事は何故か理解できた。エニは二人の前でしばらく泣き続けた……



 やがて落ち着いたエニは二人に別れを言う。


 「お父さん、お母さん……長い間見守ってくれて……ありがとう……それにお父さんは長い間……うぐ……うぅ……わたしと、一緒に、居てくれて……うわあああ!」


 最後の方はエニは言葉にならなかった。エニの言葉を聞いた二人はそれぞれエニに話し掛けた。


 “エニ……此れは別れじゃない……もうすぐ私達はエニに会う為に……ほんの少しだけ離れるだけ……どうか……忘れないで……私達はいつでもエニを想っている事を……“


 “エニ……僕の可愛い娘……エニには驚かされてばかりだけど……それがエニだから……エニ……君の一途な思いが……彼らを救うだろう……自慢の僕の娘が……彼らを、皆を、世界を救うんだ……こんな……素晴らしい事は無い……エニ、君は最高の娘だ……エニ、彼らの目覚めを目にした時、僕達を探すんだ……絶対忘れないで……僕達は、その時……君の近くに居るよ……絶対忘れないで……”


 エニの父と母は激しく光の明滅を繰り返しながら、静かにエニの頭上にゆっくりと上がっていた。まるで二人は泣いている様だった。


 「お父さん!! お母さん!! わたし!! うぐ……うぅ……ぜ、絶対、マセス様とマニオス様と一緒に! お父さんと、お母さんに! ぐぅう……うぐ……あ、会いに、会いに行くわ! どうか待ってて! ぐすっ うぅ うあああぁ!」


 エニは泣き叫びながら二人に別れを言った。



 そして静寂が支配しエニはまた、一人になった。しかしエニは強い意志に溢れ、もはや揺るがなかった。


 マセスと騎士達と、そしてマニオスに会える。その事がエニを奮い立たせた。


 (もう少し、もう少しで……マセス様とマニアス様達に会える……長かった……本当に長かった……だけど……会えるまで、わたしは絶対、諦めない!)


 エニは決意を新たに石の傍で寄り添い続けた。



 “ゴトン!”


 そんな音によりエニは眠りから覚めた。周りを見ると、軍服らしい恰好をした男達が別な男達に指示して石の玉を運び出そうとしていた。


 「さっさと運びだせ……」


 軍服姿の男達が、作業をしている男達に命令していた。エニは不思議な事だが、彼等の意志が直接伝わる為か、彼らの言う事が理解出来た。

 軍服姿の男達の話では大変大きな戦争が有り、この国は危機的状況らしい。それを何とかする為にこの石が必要、と話していた。


 エニはその話を聞きながら、石に眠る彼らをそんな目的で触って欲しくないと強く感じていた。軍服姿の男達が石の玉を運ばせるのを何とか止めさせたかったが、やはりエニにはどうする事も出来なかった。



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