10)孤独

 どれだけ時間が経ったのだろうか、気付くと集落は大きくなり、住んでいる人もだいぶ増えた。


 集落の人々は石の存在に感謝している様で、エニはこの集落の人々が好きになってきた。その集落に1人の男の子が居て、何故かいつも石の方を見つめる事が多かった。


 エニは男の子に自分の姿が見えてるのだろうかと思い彼に話し掛けたが無駄だった。


 やがてエニが石の傍で眠っている間に、男の子も大きくなり、この集落の長になった。長になっても彼は石の方をふとした時に見つめる事が有った。エニは変わらぬ彼の姿に親近感を持っていた。



 そんな時、集落に悲劇が襲った。別な部族からの襲撃が起こったのだ。


 長となった彼も石槍を持って必死に戦ったが襲撃者は数が多かった。エニは大声を出して彼に逃げる様叫ぶが無駄だった。


 村は焼かれ、沢山の人間が殺された。そして彼も……


 エニは石の傍で泣いた。自分の無力さと悲しい出来事に。


 そんな中、死んだ筈の彼が起き上がり、エニの方に歩いてくるではないか。しかし体は息絶えたまま転がっている。魂だけが此方へ向かってくるのだ。エニは驚いて石の後ろに隠れてしまった。


 その彼が静かに話す……


 「エニ、僕だよ」

 「……え、誰?」

 「君の父だ」

 「!! お父さん! お父さん! うう、うわーん!!」


 エニは彼に抱き着き大泣きに泣いた。一体どれ位の年月が経ったのかエニは見当もつかなかったが、こうして父に会えた事が堪らなく嬉しくて子供の様に泣きじゃくった。


 父は説明してくれた。エニの事が気になって今回の転生先をエニが居る集落に選んだ事や、母は輪廻の旅に出た後会えてない事等を。


 「……そろそろ、エニ。僕達と輪廻の旅に一緒に行かないか? 此れだけ待っても目覚めないなら数回転生しても十分間に合うだろう?」


 父はエニに対し妥当な意見を言った。しかしエニは首を縦に振らなかった……


 「……お父さん、有難う……でも、もしわたしが転生して、ここに居ない時に、あの人達が目覚めたら……そう考えたらわたしは、まだここに居たい」


 「……分った……エニ……だけど忘れないで……君が望めば、いつでも旅に出れるからね……無理する必要は無いんだ」

 「うん、分った! 有難うお父さん」


 そうしてエニの父は、エニの傍に随分長い間共にいた。そうしている内に集落は森に帰り石の玉も緑に覆われた。

 


 10年か、100年か……分らないがエニの父はエニの傍に居続けたが、限界が迫り遂に輪廻の旅に出てしまった。父は常々、エニを旅に誘ったがエニには彼らの事を思うと、どうしても決心が付かなかった。



 また、独りになったエニは孤独な時間を過ごす。常に石に寄り添って眠りつづけ、目を覚ました時は、マセスや騎士達、そして愛しいマニオスの事を思いながら彼らと会話する様に話し掛ける、そんな生活をしていた。残念ながら話し掛けても返事も動きも無かったが……



 相当な時間が経過して眠り続けたエニは、また大きな音で目を覚ました。気付くと石の玉が運ばれている。大分時間が経ったのだろう、石を運んでいるのは立派な荷車だ。エニは石に寄り添いながら一緒に運ばれて行った。


 運ばれた先は石造りの立派な街だ。あの集落の事を考えると相当な時間が経過したのだろう。石の玉は街の広場に設けられた祭壇に神様が宿る石として祭られた様だった。


 エニは石に寄り添い、石の中にいる彼らに話し掛けながら大きな街の様子を見ていた。この街は大層栄えており、エニはかつて自分が住んでいたアガルティア国を思い出していた。


 石が置かれている広場は沢山の人が行かいエニはそんな様子を楽しげに見ていた。石の前にはお参りする為に多くの人がお供えをしていた。石に神様が宿ると信じられ、願いを言うと叶うと信じられていた様だ。その為、石の玉は綺麗に飾られていた。

 エニは街の皆が石を大事にしてくれるのが嬉しく、エニはこの街の人々が好きだった。


 しかし、幸せな時間は永遠には続かない。


 石が広場に運ばれてから、かなりの時が経過したある日、街全体に暗い雰囲気が満ちている事をエニは感じた。戦争が始まるらしい……

 やがて、街の人が懸念する様に戦争が始まってしまい、この街は侵略された。また、集落の時の様に街は焼かれ、女子供はどこかに連れて行かれた。男達は兵隊として戦ったが、戦い破れこの街は無人となった


 エニは悲しんだ。“何故同じ事を繰り返すの!”とエニは泣きながら叫んだが、聞こえる者は誰も居なかった……


 エニは酷く疲れた……この石に寄り添ってもう何千年も経過しているだろうが、悲しい出来事ばかり通り過ぎる。エニはその状況の中、何も出来ない状況に疲れつつあった。

 エニの父が言う様に輪廻の旅に出てしまおうか? 何度も何度もその考えが浮かんだがあの、マセスがエニに向ける笑顔やマニオスがエニの頭を良く撫でてくれた事を思い起こすと、どうしても彼らを置いて旅には出る事が出来なかった。

 


 エニは孤独にさいなまれて、長い長い時間を無人の街で過ごした……



 そんな時だった、月夜の無人の街でいつもの様に石の傍で眠っていると……小さな光が現れた。


 “エニ! 会いたかったよ!”


 そんな脳裏に響く声を聞いたエニは飛び起きた。目の前の光は……エニの母だった。


 「お母さん!!」


 エニは光に駆け寄り、父の時の様に子供の様に泣き続けた……


 “もう……いい加減一緒に行こうよ”


 母は呆れる様にエニを誘った。母は転生を繰り返す内に口調が変わってしまったが、エニに対する愛情は全く変わっていなかった。


 母にそう言われたエニは……


 “少し考えてみる“


 そう答えるのが精一杯だった。


 エニの母は父と同じ様に、長い間エニに寄り添ってくれた。その間、エニの母はどんな転生をしたか話してくれた。男の子に生まれた時も有った様だ。他には王になって生きた事や、奴隷になって生きた事等、沢山の転生を送った事を話してくれた。

 エニは父の事を母に聞いたが、相当時間を経過しており、長い間会っていないと聞かされた。

 


 やがて母との別れの時が来た。長い間エニと寄り添ってくれた母だったが輪廻の旅に戻る必要が有るらしい。母は最期まで一緒に来る事を説得したが、エニは此処でも断った。勿論願うだけで、この孤独な旅を終わらせる事も知っている。しかし同じ様に孤独に眠る彼らを思えば置いては行く事は出来なかった。


 ましてやマセスやマニオス達はエニの死が切っ掛けで、戦い合い、最後には石に閉じ込められている。


 エニは知らなかった。エニがマセスやマニオスにとって如何に大切な存在であった事を。特にマニオスの豹変は、エニも驚愕した。温和で静かなマニオスが、エニの死によって烈火の様な激情をむき出しにして復讐に駆られる等……エニも信じられない気持ちだった。

 エニの死によって、あの悲劇の戦いが起こってしまったのなら……エニはマセスやマニオス達の元を離れて転生する訳には行かなかった。


 それに……最後の戦いでマセスがマニオスに言った“マニオスが本当に愛していたのはエニ”と言う言葉、あれはどういう意味だったのだろうか、と思索する。

 もし、マセスが言った通りマニオスがエニの事を少しでも愛してくれているなら、今度マニオスが目覚めた時、エニはもう少し自分の気持ちに正直であろうと密かに誓った。



 母が去り、エニはまた孤独な長い時間を過ごした。エニはこの廃墟に誰かが来ないか期待したが、誰も……訪ねてくれることは無かった。


 そして、風に運ばれ砂に廃墟は埋まりだした。エニは何とか砂を除きたかったが、実体が無いエニにはどうする事も出来ない。



 そうして何百年も経過した時、石の玉は完全に砂に埋もれた……



 一体どれ位の時が経過したのだろうか……エニと石の玉は完全に砂に埋もれていた。どれ位の深さで自分が埋まっているのか分らない。

 エニは気がふれてしまいそうだった。今までは孤独にさいなまれても、集落や街の人達の交流を感じる事が出来た。そして父や母が訪ねてくれた。


 しかし、今は砂の中だ。実体の無いエニでも息苦しくどうにかなりそうだった。


 孤独だ、いつまでも孤独だ……


 一体彼らは、愛しいマニオスとマセスはいつ目覚めるのだろうか? 

 ひょっとしたらこのまま永遠に目覚めないのでは? 

 父が言った様に最初から意味などなかったのでは? 


 なら、こんな所に居る意味など全くない、さっさと輪廻の旅に出た方が父も母も喜ぶだろう……



 エニは孤独に負けて、この場所から輪廻の旅に出ようと決意した。


 (もう嫌だ、嫌だ、こんな所に居るなんて間違っている、嫌だ、今すぐに此処を出ていこ……)



 そう思って石から離れようとすると……


 “トクン”


 何故かこのタイミングで最初に石に触れた時に感じた波の様な振動を感じた。


 「……!! ……マセス様、マニアス様、皆……うわわぁぁ! あああぁ!」


 エニは石の確かな波動を感じて号泣した。


 (……わたしは……間違っていた……わたしは無言の石と一緒に長く居る内に、彼らを見失っていた……彼らと共に居ながら、心のどこかで彼らを長い間探していたのね……

 でも漸く思い出した……確かに此処に彼らは居るのよ! わたしを娘として愛してくれたマセス様、わたしを妹の様に接してくれた騎士長たち、そしてあの愛しいマニオス様……皆、皆確かにここに居るんだ……だったら、もう迷わない!)


 エニは長い時を物言わぬ無言の石と共に過ごす内に彼らを見失なって、何処か別な所に彼らが居る様に感じ、彼らを心の何処かで探し続けていたのだ。


 でも、やっと分った。確かに皆此処に居る。エニには石の中に居る、彼らが自分を励ましている様に思えた。


 だから、もうエニは迷わなかった。




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