9)やるべき事

 突然、過去映像が終了した事にエニは驚き父と母に大声で叫び問い掛ける。


 「……あ、あの人達は! 無事なの!? マセス様や、マニオス様は一体どうなったの!?」


 エニの問いに対し、父が静かに答えた。


 “エニ……この映像は既に終わった事だ、時間軸で言えば約60年前の出来事だ……映像が途切れている理由は……その時点で彼らの時間は終了したからだ……”


 「そんな……そうだ! アガルティアに暮らして居た人達は!?」


 “……先ほど見た通り……お前が慕うマニオスが都市を守る為……凍結して別次元に転移させた様だ……”


 「なんて、こと……そうだ! マセス様や、マニオス様は一体どうなったの!? あの石は何なの!?」


 慌てて聞くエニに対して、今度は母が答える。


 “……死んではいないわ……死ねば種族が違えども此処を通過するから……でも、生きてもいない……”


 「!!……一体どういう事なの!?」


 エニの問い掛けに父がやんわりと否定した。

 

 “エニ……此れで分っただろう……全ては過去の事……もうどうする事も出来ない……エニ……君が彼らと共に過ごした人生は終了した……だから、共に次の生を歩もう……”



 父の回答を聞いて、エニは自分がするべき事が分った。


 何も終っていなかった。いや、エニが死んだ事で、始まってしまったのだ。


 自分が死んだ事で、優しく穏やかだったマニアスが怒りに狂い、マールドムを殲滅しようと迫った。そんなマニオスを止める為マセスは愛する彼の元を去った。

 そしてマールドムを巡り愛し合うマセスとマニオスが戦い合う事になった。


 ……全ての切っ掛けはエニ自身だったのだ。そして……あの二人はきっとまだ、あそこに居る……


 こうしてはいられない、此処には居られない。何としてもマセスとマニオスの元に行かなくてはならない。



 エニのやるべき道が今、決まった。



 「お父さん、お母さん。ご免なさい……わたしはマセス様とマニオス様の御傍に行きます。お父さんとお母さんのお蔭で、自分がどう生きるべきか分りました。わたしは、自分の意志をもっと信じるべきでした」


 エニの覚悟を持った言葉に父と母は沈黙し何やら考えている様だったが、やがて父が言葉を発した。


 “……エニ、その考えは正しくは無い。……私達の次は過去には無い……過去は此れからの為の……糧になるべき……過去に縋っては……未来は来ない“


 エニの父の言葉はあくまで、エニを心配しての事で、正しい選択だろう。しかし、エニにとっては、その答えは正解では無かった。



 ……だから……彼女は二人に言った。


 

 「有難う、お父さん、お母さん……わたしを心配してくれて……でも! マセス様とマニオス様の事は過去では無いわ。今もお二人は、きっとあそこにおられる筈、我がまま言ってご免なさい。わたしの人生は彼らと共にこそ有るの」


 そう言って、エニは強く願った。二人の元に行きたいと。最初に父と母から“自分の意志が全てを決めれる”と教わった。だから肉体を失った今なら、望めば何でも出来ると思ったのだ。


 そしてエニがマセスとマニオスの元に行きたいと強く願っていると、自身の体が白く光って、一瞬でその場から消え去った……



 エニが転移してから目を開けると、そこは草一本生えていない死に絶えた場所だった。


 (此処は、何処だろう?)


 エニは周囲を見渡したが、小石すらない。地面はガラス状の砂がどこまでも広がっていた。エニは遠く見える平らな山に見覚えが有った。


 (あ! アレは確か……あの時、マニオス様が吹き飛ばした山だ……という事は、この辺りでマセス様とマニオス様が戦われた筈……)


 暫く辺りを見回していると……大きなすり鉢状の盆地の中腹に、砂に埋もれた状態で直径1m程度の真黒い石の玉が見つかった。


 過去映像で見たあの石だ。光沢があり磨かれたその表面は黒曜石の様に見える。



 エニがその石の玉に近づいて、震える指でそっと触れると……


 “トクン”


 何か、波の様な振動を感じた。


 エニは唐突に分ってしまった。この石の中にマセスとマニオスが居ると……いや、マセスとマニオスだけじゃない。他にも居る。きっとあそこに居た6人の騎士長だとエニは直感した。


 「……マセス様……マニオス様……うぐ!うううぅ……あぐぅ……ぐすっ、うぐう!」


 エニは石の玉に縋り、泣き続けた。どれだけ泣いたか分らない、日が代わってもエニは石の玉に縋って泣いていた。



 どれだけ時間が立ったのか分らないが、石の横に座り続けるエニの前に、光が二つ現れた。父と母だ。


 「お父さん、お母さん……来て、くれたんだ……」


 “さぁ……エニ……もう分っただろう……ここに居ても、仕方がない……俺達と一緒に次へ行こう……“


 エニの父はあくまでエニの事を心配してくれる。しかしエニの生きる道は既に決まっていた。


 「お父さん……心配してくれて有難う。でも……わたしは行けない。わたしはここに残ってマセス様とマニオス様が起きるのを待ちます」


 “エニ……分っているの? 彼らの目覚めは何時になるかは分らない。何百年か何千年か……貴方はそんな長さの本当の意味を分かっていない……別に此処で待たなくても転生しながら……次の人生で会えば良いわ……”


 エニの母は、エニの決断が如何に途方もない事か分っていた。だから考え直すように促した。しかしエニの決意は変わらない。


 「お父さん、お母さん……心配してくれて有難う……でもわたしは転生するんじゃなくエニのままで御二人を待ちたいの……」


 そう言ってエニは石の玉の傍に座り込んだ。あくまで此処を離れない覚悟だ。


 その様子を見た、エニの父と母はしばらく様子を見る心算でエニの傍を離れた。

 


 エニは石の玉の傍で来る日も来る日も二人を待ち続けた。そうしている内に、周囲の状況が変わってきた。ガラス質の砂の上に風で別な砂が運ばれて、雨や風により植物の種が流れてくるようになった。どれくらい時間が立ったのだろうか石の玉の周りは木が生え、小さな森になっていた。


 エニは石の玉の横で寄り添い眠り続けた。


 時折起きて、石の中に眠る二人や騎士達に話し掛けたりした。返事は無く、あの波の様な振動も感じられなかったが……



 エニが眠り続けてると、また、エニの前に光が二つ現れた。父と母だ。


 “エニ……随分経ったよ……俺達はもう直ぐ輪廻の旅に出なくてはならない……だから迎えに来た……”


 “エニ……一緒に行きましょう”


 父と母は優しくエニを旅立ちへ誘う。しかしエニの気持ちは変わらなかった。


 「いつも有難う……お父さん、お母さん。だけどわたしは、まだ行けない。我がまま言ってご免なさい。転生の旅へはわたしの事は構わず、二人で行って下さい……きっともう直ぐ御二人と皆は目覚めると思うの……だから、わたしはここで待ちたいの……」


 “…………”


 父と母はエニの決意を聞いて、かなり長い間沈黙していたが、二人で何やら話し合い、エニに話した。


 “分った……エニ……この状態の俺達は、あらゆる全てからの干渉を受けない代わりに自分も干渉できない……だから……エニが望むのなら俺達はどうにも出来ない……エニに伝えておこう……もし……少しでも此処を離れて……転生の旅に出たいと思ったら……ただ強く“願えば”いい……それだけでエニが此処に来れた様に……転生への旅が始まるだろう……俺達としては転生の旅を……スグに始めて欲しい……どうか忘れないでくれ……”


 “エニ……時間は掛かるけどまた、会いに来るわ……”


 父と母はそう言って消えて行った。



 また、孤独な時間が始まった。エニは石に寄り添い眠り続けた。何十年、何百年たった頃だろうか、エニは物音と叫び声を聞いて目を覚ました。


 “ガタン ゴトン”


 誰かが何かを叫んでいる。エニが目を凝らすと其処には沢山の人々が石を運ぼうとしている。皆、浅黒く粗末な布を巻いただけの服を着ている。


 「止めて! 大切な石なの!! そっとして置いて!」


 エニは大声で叫ぶが、そもそも彼らにはエニが見えていない様だ。声も聞こえていない。


 

 エニは途方に暮れたが、石にしがみ付き彼らが運ぶ先にまで着いて行った。運ばれた先は彼らの集落で、石を祭る心算らしい。


 その日から黒い石は彼らの集落に運ばれ祭られる事になった。エニは石の傍に寄り添いながら集落の様子を眺めたり、石の中に眠る彼らに話し掛けたりしていた。しかしやはり返事は無く、あの波の様な振動も感じられなかった。



 また長い時間が過ぎてエニは石の傍で眠っていた。




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