3)“彼”の怒り

 エニの短いが波乱万丈の生涯を映し出した記憶映像が映し終わり、エニと横で共に見てくれた父と母は、ただ、無言だった。


 しかしエニの瞳からは涙が溢れ出て止まらなかった。その涙は後悔なのか、懺悔なのか、愛しい彼らに対する愛情から生じたのか、エニ本人にも分らなかった。


 エニは静かに泣き続け、父と母は、そんなエニを静かに見守った……



 どれ位の間、そうしていたのか分らない。相当な時間が経過した後に、エニの父が静かに語った。


 “エニ……頑張ったね……君は、良く生きたよ……”


 「うぅ、ぐすっ……ううん、違う……違うの、お父さん……ぐすっ わたしは何も出来なかった……いいえ、それも違う……わたしは何もしようとしなかった……わたしの人生は流されて、目に付いたモノに縋っただけ……それがわたし……エニの人生だった……」


 エニの呟きに、今度は母が答える。


 “いいえ、エニ。貴方は立派でした。貴方には見捨てる事も、逃げる事も出来た筈。しかし貴方は最も困難で尊い事を選びました。誰が何と言おうと貴方は私の誇りです”


 「……いいえ、お母さん。わたしはお父さんや皆の様なお手本となる人達の真似をしただけです。だから……全然立派じゃない」


 “普通の人間は、見習うべき他者が傍に居ても見て見ぬ振りをするのが常だ……エニの様には誰しも出来ない……いずれにしても、エニ……君は、自分の過去を振り返り、自分が今後、どう生きればいいか、わかった様だ……

 さぁ、過去を脱ぎ捨てて、共に次の生を巡ろう……”



 エニの父はどこまでも暖かく柔和にエニに語った。父の誘いに、エニは一瞬従おうとした。


 しかし、先程のエニの生涯を振り返った時にエニは、“自分の人生は流されて、目に付いたモノに縋った”と思い知った。そして何より、エニは彼らがどうなったかを見ていない。だからこそ、エニは父と母に自分の想いを語った。



 「お父さん、お母さん……わたしが死んだ後、彼らはどうなったの?」


 問われたエニの父と母はしばらく沈黙していたが、やがて父の方が静かに話しだした。


 “……エニ……死んで肉体を失った俺達が過去を振り返るのは無意味な事だ……出来る事等、俺達には何も無いから……俺達が今、すべき事は過去を振り返り、其れを糧にして次に生きる事だ……肉体を持った者達の生き様は今を生きる彼らが決める事……”


 エニの父は静かに優しくエニを諭した。しかしその答えはエニの求めていた答えでは無かった。


 エニは、過去を振り返り、自分に必要だった事を知った。エニは自分の人生で必要だったのは自分の意志を流されず貫く事だと感じた。だからエニは流されなかった。



 「……お父さん、ご免なさい。わたしは彼らが今、どうなっているか見てから此れからを決めたいの」


  “…………”


 エニの父と母はまた、沈黙した。考えている様だ。そして今度はエニの母がエニに話しだした。


 “……分りました、エニ。本当の私達は、周囲の状況に左右されず、自分の意志が全てを決められる存在なの……真に自由で、何にも支配されない魂の姿が、本当の私達……

 エニ……貴方が望めば、貴方が死んだ後……彼らがどう生きて、どうなったかを知る事が出来るでしょう。

 ……但しそれには覚悟が必要です。貴方が見たいと思った真実は、貴方の望んだ結果と異なるかも知れない。

 ……それでも。貴方は知る事を望むの?”



 エニの母の言葉は、とても優しいが鋭く重みが有った。そしてエニは母の言いたい事が良く分り、恐怖を覚えた。だが、エニの決意は変わらなかった。エニは彼らがどう生きたか自分が知らなくては、先に進めない。

 だから、エニの父と母への返答は最初から決まっていた。


 「お父さん、お母さん。心配してくれて有難う……でも、わたしは知りたい。わたしが死んだ後、何が有ったのかを。知らないとわたしは先に進めない」


 “……わかった、エニ……君が望む通りにしなさい……先に言っておくが……君が死んでから……あの世界の時間軸から、既に凡そ100年近く経過している……それでも君は知りたいのか?……”


 エニの決意を聞いた父が衝撃の事実を伝える。


 「ひゃ、百年! そんな、信じられ無い……」


 “……こちらの世界と、君が生きた物質世界とでは時間の進み方が違う……そして君の魂は、随分傷つき、消耗していた……その修復に相当時間が掛かった事も有る……俺が過去を振り返るのは無意味と言った事はそういう理由も有った……どうする? エニ?……”


 エニの父はもう一度聞いてきたがエニは、首を振り、そして迷わずに言った。


 「ううん、大丈夫だよ、お父さん……わたしは、自分が死んだ後の彼らを見てみたい。それから自分の此れからを決めたい」


 “分った……もう何も言わない……君が望めば、その後の彼らを見る事が出来る。……但し。此れだけは心に留めておくんだ……エニ、君が今から見る映像は、既に過ぎ去った過去だ……何を見ても……君はどうする事も出来ない事を覚悟して欲しい……”


 「うん……分ったよ……お父さん……それじゃ 始めるわ」



 エニは先程母に言われた通り、自分が死んだ後の彼らについて、知りたいと強く望んだ。


 (お願い! 彼らの事を教えて!)


 エニが強く望むと、先程自分の生涯を見た様に、眼前に映像が現れてきた。どうやら、この映像はエニが死んだ直後の映像の様だった……



 そこには、エニが死んで嘆き悲しんでいるマセスの姿があった。嘆き悲しんでいるのはマセスだけでは無い。12騎士を始めとする、城に居た多くの騎士や民達、そしてエニ達が助けた子供達が皆、嘆き悲しんでいた。


 ……アリエッタ達は何とか一命を取り留めた様だ。エニが死んだ後“彼”と12騎士長が駆けつけて皆を救ったという声が悲しみに暮れる騎士達の話から聞き取れた。


 (アリエッタ……良かった。皆も……此れならわたしが、やった事の意味が有った……)



 エニはそう考えて満足しているとある事に気付いた。何故か……彼の姿が居ない……



 (……? 居ない、あの人が居ない、何処に居るんだろう? 戦いに出ているのだろうか? 悲しみに暮れるより、前に出る事を望むあの人らしい……)

 

 

 エニはそんな事を考えながら過去映像の中で“彼”の姿を探した。


 (わたしにとって“彼”はマセス様が拾っただけの多くの子供達の一人でしかない……“彼”にとってわたしは重要では無かった筈よ……わたしにとっては全てだったけど……)


 探しながらエニは満足していた。何故ならアリエッタ達は助かり、自分のした事に意味があったからだ、嘆き悲しむマセス様達への愛情も強く感じられたし、“彼”も平気そうなら、この国は大丈夫だろう……と。


 父や母が言ったようにこの世界では自分の役目は終わったのだ、“彼”を一目見て父と母の元に戻ろうとエニは考えていたが……



 「……エニ、何故……死んでしまった!……何故……お前でなければ……ダメだった!……」


 ようやく見つけた“彼”は誰も訪れない様な小さな物置の様な部屋で一人、号泣していた。ただ、エニ一人を想って……


 (……え? 何で“彼”はこんな悲しんでいるの? わたしなんか多く居る子供達の一人だった筈……)


 エニは意外な“彼”の姿を見て困惑した。しかしエニの想いとは裏腹に目の前の“彼”は唯一人で深く嘆き、悲しんでいた。


 こんな“彼”の姿など見た事が無かった。


 (……もしかして、わたしは“彼”に愛されていた? そんな筈は無い……)



 エニが肩を震わして号泣している“彼”を見つめていると、突然“彼”が涙を流しながら顔を上げて、大声を上げた。


 「こんな! こんな事なら! エニ達の活動を止めさせるべきだった! おぉ……エニ……お前は、俺達の為に……ぐうぅ! うぅ……いや、いいや!! 違う、違うぞ……奴ら!! マールドム共が侵略など起こすから! エニは、エニは死んだのだ!! エニだけでは無い! 我が騎士達、我がアガルティアの民達! 他国の者達! 一体! 何人死んだ!? ましてやアーガルムの子供を兵器に用いるなどの非道!! 奴らはもはや生かしてはおかぬ!!

 エニ……今暫くは休むがいい……お前が安心して輪廻の旅から戻って来れるよう……俺が必ず一匹残らず、奴らを殲滅する!!」



 エニは涙を流しながら人類を指すマールドム族の殲滅を誓う“彼”の姿を呆然としながら、ただ見る事しか出来なかった。



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