2)エニの最後

 シーンは変わって、エニは少し大きくなった自分を自覚していた。城にはエニと同じ様な拾われた子供達が居た。


 エニは子供達と仲良く遊ぶ日々を映像で見ていた。子供達の中に銀色の髪と黄金色の瞳を持ったあの子も写っていた。あの子は自分の事をアリエッタと名乗っていた。


 美しい女性であるマセスは“みんな私の子供達よ”と言っていた。エニはこのマセスを母として深く愛していた記憶を思い起こしていた。


 そして“彼”の事は……エニが大きくなるにつれ憧れとは違う感情を抱いていた事も思い出した。



 また、記憶映像の場面が進み、エニはまた大きくなっていた。


 この時の映像は、エニ達が住まう城がきな臭い状況になっている事が感じ取れた。戦争が始まったのだ。エニ達の様な孤児が城に多くなり、エニはその子供達の世話役をしていた。


 その中に妹を兵隊に連れ去られた男の子がいた。彼は、ロティと名乗り“妹を救うために騎士になるんだ!”と言っていた映像が映っていた。



 次の記憶映像では、マセスと“彼”が皆を守る為、他の騎士達と何度も戦いに出る映像が映し出された。


 エニには皆と違い戦う力が無く、いつも出陣する彼らを見守るだけしか出来なかった。


 エニはその記憶映像の中で、自分の無力感や孤独感を抱いていた。同時に“彼”に対する深い愛情を思い出していた。もはや憧れでは無く、それはどうしようもない位強い想いだった。


 記憶映像では、エニの苦悩している姿が映し出された。エニは“彼”の事を何度も何度も諦めようとしていた。

 “彼”はマセス様を深く愛している、自分の入る余地など無い事位はエニにも分っていたが、この想いはもはや止められなかった。何故、“彼”なのか何度も自問し、“彼”の事を忘れようとした。



 ……しかし……エニには、出来なかった。



 だが、そんなエニの想いを逆撫でするかのように“彼”はエニを自分の娘としか見ていなかった。それはとても甘く優しく、そしてエニにとっては悲しく残酷な日々だった。


 それでも……エニは幸せだった。報われる事の無いこの想い……しかし、“彼”とマセスはエニの事を娘として大切に、愛してくれていた。自分の想いを強引に貫いて“彼”とマセスを悲しませる位ならエニは死んだ方がマシだと考えていた。


 いや、それ以前に“彼”とマセスはアーガルム族という種族で、エニはこの世界ではマールドム族と呼ばれる人類であり、エニ達マールドム族と彼らアーガルム族とは生きる時間も能力も別次元の存在だった。


 だから、同じ時を彼らとは過ごせない。ましてや“彼”はこのアガルティア国の王でもある。身分や種族すら違うのに拾われただけの娘など“彼”が本気で愛する訳が無いとエニは思っていた。



 (わたしは、今は見つめるだけでいい。“彼”とマセス様の愛し合う姿を眺めながら、あくまで“娘”として生きよう。それでいいんだ……)



 この記憶映像では、苦悩の末にエニが自分の生きる道を、無理やり決めた姿が、エニの想いと共に再生された……



 更に記憶映像が進み、エニは親友のアリエッタや他の子供達と一緒にエニ達の住んでいる国の外側で戦火に巻き込まれた子供達を助ける活動をしていた。


 エニ達の世界では、アーガルム族という黄金色の瞳を持つ子供は大きくなると奇跡の力を使えるが、幼い時は資質にもよるがその力を十分に使えない者も多かった。その為に身寄りのない子供達は保護が必要だった。


 マセスや“彼”並びに彼らの配下の12人の騎士長達はこぞってエニ達を心配して止める様に説得する映像が映っていた。


 しかしエニは母であるマセスが自分達にしてくれた事を他の子達にしたいと強く思っていた事を思いだした。そして……マセスや、“彼”や他の騎士達が自分達を守る為に戦っているのに、自分が何も出来ないのは嫌だと感じていた事も……


 何より、エニは“彼”とマセスの“娘”として子供達を救う事は絶対外せない事だった。だから、エニはたった一人でも最後までやり切る覚悟だった……



 そして最後の記憶映像が映し出された。


 

 戦いは更に激しさを増し、エニ達が住んでいた国も危険に晒されていた。しかし、それ以上にエニ達の住んでいる国の外側では、もっと悲惨な状態が映し出されていた。


 攻め込んでくる兵隊達は、理由は分らないが黄金色の瞳を持つ子供達を攫っていく様だった。エニの記憶映像から、攫われた子供達は侵略軍の武器にされる事を騎士の一人からエニが説明を受けている様子が映っていた。


 侵略軍の兵達は使える子供達は奪い、それ以外の使えない者達は容赦なく殺していた。


 その為、エニ達が行っていた子供達を助ける活動は極めて重要な活動になっていた。エニ達が救い出した子供達は決して少なくなかった。多くの子供達がエニ達の住んでいた城に送られ保護されていた。



 その日もエニはアリエッタや他の子供達と共に国の外側にまで足を運び、傷ついた子供達を保護していた。戦場をエニ達子供達だけで歩くのは危険な為、マセスや“彼”の計らいで護衛の騎士達がエニ達に沢山付き添い、常に守ってくれていた。



 いつもなら、其れで何の問題も無かったのだが……その日だけは違っていた。



 侵略軍は、巨大で凶悪な兵器を動かして襲ってきた。記憶映像ではその兵器は小さな丘くらいの大きさがあり、緩やかにカーブを描いたそれは、亀の甲羅の様であった。甲羅の部分には白い円筒形の柱が百本位、飛び出ている。


 記録映像では、エニ達を守る護衛騎士達が白い円筒形の柱を見て、大声で叫んでいる姿が映っていた。


 “あの柱に中に攫われた子供達が居るんだ!! 助けないと!!”


 護衛騎士達は叫びながら、自身の不思議な力を使って、巨大な兵器を止めようとした。

 

 護衛騎士達は魔法の様な力で黒い武器を生み出して巨大な兵器に飛び掛かって攻撃した。しかし、円筒形の柱から透明の膜の様な壁が貼られ、護衛騎士達の攻撃を防いでる。


 そして……円筒形の柱から真白い光が集まって放射されると、護衛騎士達は皆、消し炭の様に焼け焦げ死んでいく様子がエニの記憶から鮮明に映し出された。


 「もう、やめて!! お願い、このままでは皆、死んじゃう!!」

 

 エニは叫んでいた。目の前の映像は記憶映像でもう過ぎ去った過去の筈なのに、エニは映像を見ながら叫んでいた。



 しかし、侵略者の巨大な兵器は容赦なく、沢山いた護衛騎士を皆、焼き尽くした。護衛騎士は皆若く、エニの大切な家族でも有ったのに……

 

 エニの感情とは裏腹に記憶映像は途切れることなく状況を映し続ける。


 やがて巨大な兵器の攻撃が止み残されたのは守りを失ったエニ達子供だけだった。エニは侵略軍の狙いが分った。



 “……アーガルム族の子供達を攫う気だ、そしてあの、兵器に使う心算だと“



 記憶映像の中で、エニは自分の横に居た銀髪で黄金色の瞳を持った美しい少女、アリエッタを見つめた。


 ……その彼女はその美しい顔を真っ青にして恐怖で震えている。


 そしてエニは巨大な兵器を従え、石弓の様な武器を持った侵略者達を見据えた。彼らはニヤニヤと薄汚い笑いを浮かべていた。


 ふと気づくと、自分の足が震えている。怖いのだ、それもどうしようもなく。



 そんな中、ある考えが一瞬浮かんだ。彼ら侵略軍が狙っているのは、自分ではない。黄金色の瞳を持つアーガルム族だ。自分は侵略軍と同じ種族で、アリエッタ達を裏切れば自分だけは助けて貰えるかも知れないと……

 

 しかし。エニはその醜い考えを一切の躊躇なく頭の中から消し去った。



 “その生き方はわたしの生き方じゃない”と。



 そして、エニは思い起こしていた。


 こんな時、亡くなった父はどうしたか?

 こんな時、マセス様はどうしたか?

 こんな時、12人の騎士達はどうしたか?


 そして……


 こんな時、愛しい“あの人”ならどうするだろうかと、


 答えは分り過ぎる程、簡単だった。


 だから、エニは恐怖で震える足を無理やり動かして、横のアリエッタを突き飛ばし叫んだ。



 「逃げて!! アリエッタ! わたしが囮になるわ! アリエッタ! 皆! 今すぐ逃げるのよ!!」



 そうしてエニは地面に落ちていた棒を握って、侵略者の一人に殴り掛かって――


 

 ……そして、石弓の様な武器で撃たれてハチの巣の様に穴だらけにされ、巨大な兵器の放つ光に焼かれて……


 エニは、その生涯を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る