[閑話] 169)安中の残業-2

 命乞いをした中年男性の両足をリーダーの男が小銃で撃ち抜く。


 “ダン! ダン!”

 

 「ウギャアアア!!」


 撃ち抜かれた中年男性は悲鳴を上げて転がった。転がった男性に目掛け、別なテロ組織のメンバーが男性の腹部を蹴り上げた。


 “ドガア!”


 「ウグウ!!」


 両足を撃ち抜かれて、腹部を蹴り上げられた中年男性は痛みで失神した様だ。



 その様子を見た人質達は、恐怖の為凍り付き、静まり返った。そんな中、リーダーの男は人質達を見回し、大声で叫んだ。


 「お前達の中で!! 鉛玉が欲しい奴は前に出ろ!! 遠慮無く、くれてやる!!」


 「「「「「…………」」」」」


 リーダーの叫びに人質達は一言も発せず黙っていたが、一人の若い男性がオズオズと声を上げた。


 「お、お前らは、なな何でこんな事を!?」


 彼は、このイベント会場でライブを行っていたバンドメンバーの一人だった。


 彼は怒っていた。長い下積みを経て漸く実を結んだ、今日のライブをこんな形で無茶苦茶にされて……だから彼は他のバンドメンバーが阻止するのも効かず、声を上げてしまったのだ。


 対するリーダーの男は整った顔立ちだが凄みのある男で、震える若い男性を見遣り、感情を消して無表情で小銃を突き付けて囁いた。


 「……お前は大切な者を奪われた事が有るか? 無いだろう? だからこんな事して遊んでいるんだ……」


 「こんな事だと!? 俺らは今日の為にどれだけ苦労をしたか! お前に何が分る!?」


 小銃を突き付けられたバンドメンバーの若い男は、“こんな事”と言われた事に激高し自らの状況も顧みず叫ぶ。対してリーダーの男は静かに答える。


 「……知った事か……西側に住む、お前達がこんな事をして遊んでる間に……東側に居る俺達は、どれだけの死を見て来たと思う? ……まぁ、お前はもう知らなくていい……お前達の貴重な死によって、我々真国同盟は更に名を示すだろう……」


 そう言ってリーダーの男はバンドメンバーの若い男の額に小銃の狙いを定める。


 「……この世界は、痛みを平等に分配すべきだ……そうは思わないか?」


 リーダーの男は、自分に言い聞かせるが如く呟いて、小銃を発砲した。


 “ダン!”

 



 バンドメンバーの若い男は自分の死を覚悟をして目を瞑り身構えていた。すぐに発砲音が響いて、自分に焼け付く様な痛みが走る……筈が、何時まで経っても何も起こらない。


 若い男は恐る恐る目を開けて見ると、自分の前に真黒いリングが浮かんでいた。直径は50㎝位だろうか、鋸の様にギザギザの刃が外が付いた真黒いリングは、ゆっくりと回転しながら自分を守る様に静かに浮かんでいた。



 そんな時、知らない男の声が頭上から聞こえてきた……



 「……痛みを平等に分配するか……不本意だが、その点については同意するな……」


 そんな静かな声はバンドメンバーの若い男とリーダーの男の頭上から響いた。


 若い男と、リーダーの男が同時に頭上を見上げると、ローブを着た男が……空中に浮かんでいた。リーダーの男は知らなかったが、その男は、自衛軍の中部第3駐屯基地に所属する安中大佐だった。


 安中は真国同盟によるテロ行為を阻止する為、ローブと仮面にて素顔を隔し梨沙とのディナーの途中に抜け出して、このイベント会場に転移して来たのであった。


 テロ組織のリーダーは信じられ無いという面持ちで、頭上に浮かぶ男(安中)を見上げた。


 浮かんでいる男は、紋様が刻まれた金属製の胸当てにローブを羽織っており、顔には単眼を象った模様の仮面を被っている。


 顔を仮面で隠している為、素顔は分らないが肩幅と声の低さより浮かんでいるのは男で間違い無さそうだ。



 手品の様に浮かんでいた安中は、すっと静かに地面に着地した。安中の周囲にも真黒いリングが回転しながら浮かんでいた。但しその数は4本。安中の上下左右に一本ずつ浮かんでいた。


 地面に着地した安中はアリエッタを呼び出した。


 「……アリエッタ……済まないが、何人か撃たれて重傷の様だ。君の力で助けてやってくれ」


 “……事を大きくしない為には、致し方無さそうですね……トルア卿の指示に従います”


 呼び出されたアリエッタは、過度な関与に警戒感を示したが、安中の指示に従い銃撃を受けて重傷を負った人質に対し、“甦活”による治療を行った。



 そんな様子に驚愕して我を忘れていた、リーダーは、何とか気を取り直し、安中に叫んだ。


 「な、何だ! お前達は!?」


 「ククク……先日も何者か問われたな? そして、その際に私はこう答えた……自分が、何者か……私が教えて貰いたい、と……」


 謎めいた事を語る安中に、リーダーの男は強い危機感を覚えた。その為に部下に向けて叫んだ。


 「コイツを撃ち殺せ!!」



 リーダーの指示により部下の男達は一斉にアサルトライフルを発砲した。


 “ダダダダダダダダダダダ!!”


 発射された数百発の銃弾は安中を穴だらけにする筈だった。しかし安中は平然と突立ったままだった。部下達はその状況におかしいと思いながら、発砲を続ける。


 “ダダダダダダダダダダダ!!”


 いくら発砲を繰り返しても銃弾は安中を穿つ事は無かった。よく見ると、放たれた銃弾は安中に至る前に、男を守る様に浮いている真黒いリングが銃弾を吸い込んでいる。


 リングの内側には不自然な波打つ黒い水面の様な膜が生じており、放たれた大量の銃弾は不思議な事だが、弧を描いて真黒いリングの中心に吸い寄せられて消えてしまうのだ。その様子を見たリーダーの男が叫ぶ。


 「手榴弾を使え!!」


 リーダーの叫びを受けて、部下の一人が手榴弾の安全ピンを外し、安中に投付ける。同時にテロリスト達は一斉に身を隠して爆発に備えた。


 しかし、投げられた手榴弾はローブの男の眼前で空中に静止した。そして手榴弾は空中に浮いたまま、突如生じた薄く光る障壁に囲まれた。次いで投げられた手榴弾は所定の延期時間が過ぎて爆発した。


 “ドゴン!!”

 

 大きな音を立てて爆発した手榴弾は、本来なら、10m近い広範囲に爆風や破片をばら撒く筈だったが、展開された障壁により安中や男を含め周囲に何の影響も無かった。


 「……チッ!」


 リーダーの男は忌々しく舌打ちし、部下のアサルトライフルを引ったくり、安中に向け発砲した。


 “ダダダダダダダ!!”

 

 しかし放たれた銃弾は、安中の眼前に浮かぶ真黒いリングが銃弾を吸い込んで、何の意味も無かった……



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