[閑話] 168)安中の残業-1

 梨沙が安中への想いでヤキモキしている最中、安中は信号が変わった途端に車を走らせながら、心の中で有る人物に呼び掛けていた。


 (アリエッタ……今のトラック……調べてくれ)


 安中が呼び出したのは、透明な少女アリエッタだ。


 彼女はアーガルム族の国であるアガルティアにおいて、12騎士長達のオペレータとして活動している。その彼女を安中は心の中で呼び出したのだ。



 安中に呼ばれたアリエッタは彼に返答する。



 “はい、トルア卿…………分りました……トラックは巧妙に偽装されています。内部には武装した構成員が8名……状況よりテロ犯罪を行う模様です……”


 アリエッタが安中で答えた名は……トルアと言う名だった。


 また、アリエッタとトルアと呼ばれた安中の会話は“心通”と呼ばれるテレパシーだ。普通の人間には使えず、アーガルム族のみが使える通信手段だ。

 

 (……アリエッタ……私が始末をつける……適当に足止めして置いてくれ)


 安中は回答をしたアリエッタに、冷静に答えるが、対するアリエッタは呆れながら安中に呟く。


 “……恐れながら……トルア卿、またいつもの”残業“ですか? 12騎士長に名を連ねる貴方様が行なう事では無いと思われますが? “


 アリエッタの苦言に安中は運転しながら、苦笑を受かべ返答する。



 早苗が予想した通り……安中大佐は、マールドムと呼ばれる人類では無く……アーガルム族であり、その立場はアガルティア国における最高位の12騎士長の様だ。


 (……アリエッタ……私がこの“残業”をする事は、結果的に“雛”であるお館様の無駄な仕事が減らせる事になる……だから、此れは必要な事だ)



 “……お言葉ですが、言い訳としては少々苦しいかと……。まぁ、こんな小さな事件にて、お館様の心を煩わせるのは、確かに宜しくは無いとは思います……トルア卿の”残業“の件でまた、ガリア卿に笑われたなら、その様に返しておきましょう”


 (……気を遣わせて済まないな)


 安中はアリエッタは脳内でそんな会話を続けながら、梨沙と談笑し、目的地のホテルへと車を走らせていた。


 安中が言う“残業”とは、安中個人で行っているテロ組織の殲滅を指していた。


 安中は、自衛軍大佐としての勤務合間に、放置すると危険なテロ組織やテロ行為をアリエッタに調べさせ、安中自身が適切に介入し解決に当たっていた様だ。



 その矛盾する行動にどんな背景が有るかは不明だが……。



 目的のホテルについた安中と梨沙はホテル最上階のフレンチレストランでディナーを楽しんでいた。


 メインのシャトーブリアンステーキに舌鼓を打ち、デザートの後に二人でワインを飲みながら談笑していた。軽く酔った梨沙が安中に呟く。


 「……やっとまともなデートらしい場所に来れたよ……仕事人間の安中拓馬大佐君は、ありがちなデートコースで済ますもんな! 海とか行っときゃ、あたしが喜ぶと思ってるだろー!」


 「……喜ぶだろう?」


 「嫌じゃないけど、新しいトコとか普通行きたいだろ! ちょっとは考えやがれ!」


 「スマン……私はそういう事は分らないんだ……君には申し訳ないと思っている……」


 酔った梨沙に怒られた安中が素直に謝った。対して梨沙は冗談で言った一言を安中が真に受けたので慌ててフォローする。


 「い、いや……べ、別に良いんだけど……偶には、こんな風に考えてくれればいいよ!」

 「……分った、此れから心掛けよう……」


 安中は梨沙にそう答えて“ちょっと、手洗いに言ってくるよ”といって席を立った……



 ◇ ◇ ◇

 


 安中はトイレへ向かったが、其処には入らず奥の非常階段の方に向かった。非常階段に続くドアを開け、中に入って周囲に誰も居ない事を確認した。その後アリエッタに“心通”で連絡を取った。


 (……アリエッタ……奴らの動きはどうなっている?)


 “はい、トルア卿。彼らは別働隊と合流の上、ライブが行われていた中規模イベント会場を襲撃しようとしている様です。全員がアサルトライフルや手榴弾等で武装しており、爆発物の反応も見られます。

 状況的に爆発物による破壊か、銃乱射による銃撃を行う心算かと。このままテロ行為が成功した場合、死傷者は数百名に達するかと想定されます“


 安中はアリエッタの精神通話を聞いて難しい顔をして質問を返した。


 (……奴らの目的は?)


 “……彼らの組織名が判明しました……彼らは真国同盟に属する者達です……。とは言え下部組織でしょうが。彼等の目的はこの国における示威行為が目的かと……”


 (……全く唾棄すべき事だな……本当に下らない……)



 安中はアリエッタの報告を聞いて、心底呆れた。力を示す為だけに、無関係な人間を一方的に殺すという下劣さに。そんな安中の気持ちを知ってか、アリエッタが声を掛けてきた。


 “それで……如何されるのですか? この件は我々アガルティア国が絡むべき状況では有りません……この国の警察などの治安組織に通達して、我々は静観すべきでは?”

 

 アリエッタの問い掛けは、こんな下らない事にアーガルム族の安中が骨を折る必要が有るのかと言外に問うている様だった。



 アリエッタの精神通話を受けて、安中は変わらぬ自分の気持ちを伝えた。


 (言っただろう……コレはお館様の負担を減らす為に行うのだと……この事件を放置して大きな被害が発生すれば中部第3駐屯基地全体の任務も激増するだろう……その様な些事にお館様に時間を取られる必要は無い……その為、私の方で奴らを殲滅する)


 安中はその様に脳内で、アリエッタに返答した後、自身の体を輝かせた。


 すると、その姿は紋様が刻まれた金属製の胸当てにローブを羽織った姿になった。そして顔には単眼を象った様な模様の仮面を被っている。


 アリエッタは安中の行動を感じて、静かに脳内で返事をする。


 “……分りました……トルア卿の指示に従います。所で彼らを殲滅するに当たり、いつものお願いが御座います”


 (……相手を殺すな、か……)


 “おっしゃられた通りです。彼らを殺さず、無力化して下さい。殺すと後処理が面倒です。トルア卿が無力化した後は、私が彼らと人質の記憶を操作します。それと同時に場内カメラの映像は消去致します”


 (分った……それでは、始めよう)


 安中は、脳内でアリエッタに呟いて、体を発光させ一瞬で転移した。



 ◇ ◇ ◇



 一方、テロ組織である真国同盟はライブが行われていた中規模イベント会場内に占拠し、客とバンドメンバーや店員を一ヵ所に集めていた。イベント会場は小さな体育館位の大きさが有り、舞台下の観客席側に客達は銃を突きつけられて一ヵ所に集められている。


 既に何人か撃たれて蹲っている。今の所息はしているが、出血からすると数分以内に絶命するだろう。


 彼等、真国同盟の目的は、出来るだけの被害を与えて社会に自分達の存在を示威する事だ。その為、一ヵ所に集めていた人質ごと、この中規模イベント会場を爆破する考えだった。



 一ヵ所に集められている人質達は全員真っ青な顔をして震えている。女性達は皆啜り泣いている。

 その中の中年の男性が突然声を上げて、真国同盟のメンバーに大声を出す。


 「た、頼む!! 金が目的なら何とかする!! 命だけは助けてくれ!!」


 叫ぶ中年男性を前に小馬鹿にした様な笑みを浮かべるテロ組織のメンバーだったが、その中のリーダーらしき男が、小銃を向けて中年男性の両足を撃ち抜いた。


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