[閑話] 167)続)伏魔殿
葵と村井が事務官の仕事に戻った頃、早苗は葵と村井が居た、フロワ階下にて窓の外の方を向いていた。しかし実際は外を見ていない。早苗は目を瞑っていたからだ。
実は早苗は初めて葵と会った時に、葵の二重性を“心通”で読み取った。その為、迷わず小春を演じきったままで、握手を求められた際に、葵の体内にニョロメちゃんを侵入させたのだった。
ニョロメちゃんには葵の体内奥に潜むよう指示を飛ばしており、体の表面に“目”が表さない様に調整していた。ニョロメちゃんの目的は操る事じゃなく、葵の正体を知る為だった。
早苗は、葵の体内に侵入させたニョロメちゃんからの情報を入手した後、得られた情報を頭の中で整理していた。
(……葵ちゃんは、政府のスパイなのね……それから村井って女も仲間……既に後手に回っていて……八方塞がりって所ね……。でも、政府の組織すら簡単に都合よく操作出来るなんて……安中さんの言っていたお伽噺の連中か……。飛んでもない存在の様ね)
早苗は其処まで考えて、自分の制服の襟に付けられた超小型発信機を手に取り、見つめながら、葵の心を読み取った情報より整理を続ける。
(……この発信機……位置を特定し、会話を拾って無線通信出来る機能が有るのね……そして携帯端末に送られたメールから感染したプログラム……例え端末の電源が切れていても周囲の状況を拾い発信する……手の込んだ事ね……。今の所はこうするしかないか)
早苗は其処まで考えて携帯端末を握りつぶした。
“バキン!”
人外の存在となった早苗には素手で携帯端末を握り潰す事等容易な事だ。そして誰に聞かせる訳でも無く呟く。
「……それにしても私達を利用し陥れようとする者が、アーガルムの方じゃ無くて人類の方とは……これじゃ確かに“小汚くて醜いゴブリン”だわ……ククク……よくもやってくれたわね、どうしてくれようか……」
そう呟きながら、早苗は取敢えず玲人の元に向かうのだった……。
◇ ◇ ◇
ある週末の金曜日、安中と梨沙は予約したホテルに安中が運転する車で向かっていた。
二人は付き合って長い恋人同士だったが、忙しい二人はデートの場所など適当で居酒屋などで会う事が多かったが……突然、安中が“高級ホテルでフレンチでも……”と超珍しい事を言い出したのだ。
対して梨沙は“一体何が有った!?”と逆に問い詰めたが、安中は思う事があるらしく梨沙を連れて来たのであった。
安中の運転する車は大衆車の4ドア車だったが、ボディカラーがグリーンだった。
梨沙は、安中が車を買う際に色々アドバイスをしてやったが、色までは言及しなかった為、安中はディーラーで新古車で売れ残っていた不人気色の車を買わされてしまった。
梨沙はこのやたら目立つグリーンの車に乗りながら、自分の恋人の事を思い遣る。
安中は仕事は完璧にこなし、非常に優秀な男だが、それ以外は構う気が無いと言うか一言で言ってしまえば無頓着だった。
しかし梨沙は、この不器用で誠実な安中の事を愛していた。梨沙は過去の事を思い出す。
(……以前の……出会った時の……拓馬は、凄く嫌な奴だった……自己中心的で、強引で……馬鹿だったあたしはソコが良いと思ってしまった……でも、当時のアイツは、あたしの事は視界にすら入っていなかった……ただ、都合の良い女としか……)
そんな風に過去を思い出し、嫌悪で一瞬身震いした所に、安中が静かに声を掛ける。
「……どうした? 梨沙……辛い事でも有ったのか? 何も心配する事は無い……」
そう言って安中は心配そうに梨沙を見つめた。
「……何でも無いよ! ほら、前見て運転して!」
「……しかし……」
「大丈夫だって言ってるでしょ!」
梨沙は、やたら心配して来る安中に苦笑しながら考えていた。
(……今の拓馬は……あの時とまるで別人……静かで、あたしを思いやり、本気で愛してくれる。あたしは今の拓馬が大好き……怖い位に……でも、こんなに人って変われるモノなのか……? それと偶に見せるあの表情が……あたしを不安にさせる……)
梨沙がそんな事を考えながら安中を見ている時だった。信号待ちで停車していた安中が不意にビル横に止まっていたウイングトラック車を凝視した。
「…………」
「ど、どうかしたか? 拓馬?」
梨沙は怖い位に真剣な顔でウイングトラック車を見つめた安中が気になり、自分もその車を見たが、普通の宅配用のトラックで何も不自然は無かった。
(……そうだ……この顔だ……拓馬は、時々見えていないモノが見える様な顔をする……そしてアタシを見る顏が寂しげな時も……あたしと一度別れた後……何か有ったのか? 誰か……大切な人を亡くした……? うーん……気になるけど、聞けないー!)
梨沙は安中の本心が聞けず、内心地団駄を踏みながら、表面上は平静を装っていた。
こうした態度は、明朗快活な梨沙らしく無かったが、余計な事を聞いて梨沙は安中に嫌われたくなかったので、安中が見せる表情についていつも聞けず仕舞いだった……
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