[閑話] 166)伏魔殿

 早苗に力強く迫られた安中は、暫く考えて口を開いた。


 「……私に言える事は、何も変わらない。先程も言った通り、私は中部第3駐屯基地に所属する一人の軍人だ」


 あくまで本当の事を答えようとしない安中に早苗は声を上げて怒った。


 「此処まで来て! そんな馬鹿な事を信じろと言うの!?」

 「何と言われようが、私が今言える事は変わらない。気に入らないなら、電撃でも大砲でも持って来るがいい」


 安中は捨て台詞を吐いて早苗に背を向ける。早苗はそんな彼に激高し叫ぶ。


 「……ちょっと待ちなさい! 話は終わっていないわ!」

 「私の方からはこれ以上、貴女に話せる事は無い。……それ以上の事は……君のお姉さんにでも聞くんだな……」

 「!? そ、それって薫子姉様の事!?」

 「……貴女の思うままに……。最後に唯一言だけ。私は、いや私達は貴女達の味方で有る事は忘れないで欲しい」


 安中の予想外の言葉に早苗は動揺して聞き直すが、安中は曖昧な台詞を吐いてその場を立ち去るのであった。

 


 「……薫子姉様に……聞け、か……、ふぅ……やっぱり……そう言う事なの……」


 早苗は安中に言われた事で、思い当たりが有り溜息を付いて自分を落ち着かせる。暫くそうした後、彼女はその場を後にした。




 ◇   ◇   ◇




 早苗は玲人や分隊の面々が居る医務室に官内ビル内を歩いて向かっていたが、突然後ろから声を掛けられた。


 「アレ? 貴方……見ない顏ね! もしかして迷ったとか?」


 そんな風に声を掛けて来たのは民間の事務官である桜葉葵だった……


 早苗の背後から声を掛けた女性、女性事務次官の桜葉葵は可愛らしく明るい雰囲気の女性だ。そんな葵が早苗に気さくに話し掛ける。


 「ねぇ! 貴方……もしかして……噂の玲人君の彼女さん、じゃない!?」


 凄く嬉しそうに笑顔で話す葵に、早苗は敢えて小春に成りすまして接する事にした。


 「えええ!? かか彼女だなんて……そんな……」


 早苗は小春の口調で葵に返答した。対して葵は明るく返す。


 「やっぱりそうかー! 貴方の事は此処では有名よ! 超強くてカッコイイ、玲人君に出来た可愛い彼女ってね!」

 「そそんな、おおお恐れ多い……」


 葵に言われた早苗は、小春を真似て動揺して見せる。しかし内心は全く油断していない。



 早苗(小春のモノマネ中)の緊張している様子に、葵は早苗の肩をポンポンと叩いて笑いながら話した。


 「そんなに緊張しなくても大丈夫よー それより貴方のお名前、教えてくれないかな」

 「い、石川小春です……」


 「そう! 私は桜葉葵。この自衛軍の駐屯基地の官内で事務官ってお仕事で働いているの……平たく言えばOLよ! 私は玲人君や分隊の梨沙さんとも仲良くさせて貰ってるよ。どうか宜しくね! 所で貴方は、どうしてこんな駐屯基地に来てるの?」



 此処で、葵は質問しながら早苗に握手を求めた。葵は目の前の少女が小春と思い込んで話しているが、現在、小春の体を動かしているのは早苗だ。握手を求められた早苗は、小春の様にオズオズと遠慮がちに握手して、答えた。


 「……あ、あの私は、その、今日は此処に見学に……来てって言われたから……」


 早苗は完璧に小春を演じて、葵に答えた。対して葵は朗らかに返した。


 「……へぇー、一般見学なんだ……制服着て、ってのが珍しいね。 貴方の事、これから小春ちゃん、って呼んでいいかな? 私の事は葵、って呼んでいいからね」

 

 葵は笑いながら、そんな風に話して続ける。


 「小春ちゃんは、此れからも此処に来る事が有るのかな? もし来る事が有ったら私とランチ食べましょ! 何でも奢ってあげる!」

 「はい! 有難う御座います! 是非お願いします」


 葵はニコニコと笑顔を浮かべながら小春(小春に成りすましている早苗)を食事に誘った。対する早苗は小春を演じながら、葵の誘いに応じた。


 「……それじゃ、コレ私のアドレスよ。小春ちゃんのも教えてくれない?」


 そう言って葵は自分の携帯端末を取りだした。対して早苗も素直に自分の(小春の)携帯端末を取りだして朗らかに答えて見せた。


 「……良いですよ! あの、わたしの方からメール送りますから登録して下さい……」

 「ハイハイー お願いね!」


 葵にそう言われた早苗は、葵のアドレスにメールを送った。


 “ピロピローン”


 気の抜ける受信音を立てて、葵の携帯端末はメールを受信した。葵は早苗からのメールを確認して、早速、小春の携帯端末にメール返信した。メールの内容は可愛いスタンプが押された食事のお誘いメールだった。


 “ピロリーン”


 そんな受信音により早苗が持っていた小春の携帯端末が受信音を鳴らした。早苗が確認すると葵からの返信メールが届いていた。その様子を見た葵が明るく早苗に声を掛けた。


 「ちゃんと届いたみたいで良かっ……」

 「葵ちゃーん! また油売ってるの!?」


 葵が早苗に話している最中に、後ろから大声がした。二人が振り返るとメガネを掛けた優しげな女性が、葵に何やら叫んでいる。それを見た葵は、マズそうな顔をして、早苗の方を向き呻いた。


 「げ! む、村井先輩だ……仕事頼まれてたの忘れてたよ……ご、ゴメンね! 小春ちゃん! また連絡するから今度ゆっくり話そう!」


 葵は両手の平を顔の前で合わしてウインクしながら早苗に謝った。対して小春を演じている早苗は明るく言った。


 「は、はい! あ、葵さん、また今度、誘って下さい!」

 「うん! 絶対ランチ行こうよ! また連絡するねー! じゃあね!」


 そう言いながら葵は一目散に村井と呼ばれたメガネの女性の所に駆け寄り、ペコペコしている。その様子を見た早苗は、葵と村井に会釈しながら、その場から離れた……





 早苗がその場から離れ、姿が見えなくなるのを確認した村井が葵に小声で話し掛ける。


 「……どうだった? 葵ちゃん、“小さな花”に“虫”は付いたのかしら?」

 「はい、先輩。“小さな花”には“虫”が二つ付きました」


 「ご苦労様……だけど十分注意して……今、この“花壇”は私と貴方しか居ないから……そして二度と誰も見に来ないわ……」


 「はい、先輩……分っています。でも私は1人でも続ける気持ちです」

 「……貴方が其処まで、この“花壇”の事を気に掛ける必要は無いのに……」

 「ですが……先生の病状を考えると……止める訳には行きません」

 「……分ったわ……私も出来る限りサポートするね……」


 葵の覚悟を感じた村井は、小さな溜息を付いて葵の言葉に同意した。葵が此処まで、この事に拘るのは理由が有った。桜葉葵や村井京香は、この駐屯基地に民間から採用された女性事務官として勤務しているが、それは世を忍ぶ仮の姿だった。


 彼女達の正体は、政府から密命を受けた諜報員で、この中部第3駐屯地に所属する大御門玲人准尉を諜報活動する為に、事務官として潜り込んでいたのだが……


 つい先日、葵と村井の上官にあたる“先生”こと、田辺エージェント管理者が突然、重度の痴呆症を発症し再起不能になった。

 そして葵と村井の二人には無期限の現状待機命令を言い渡され、此処での諜報活動は事実上の任務中止となってしまった。


 しかし、葵は田辺エージェント管理者が再起不能になったには背後に潜む巨大な敵の攻撃に寄るモノと考えて、単独で諜報活動を続けていた。村井は、そんな葵の行動を無下に出来ずエージェントの先輩としてサポートしている状況だった。

 

 葵と村井は話し合いを続ける。


 「先輩……私は“小さな花”に付けた“虫”を頼りに“カラス”の様子を見つめます。それと、“小さな花”に近寄って状況を確認しようと思います」


 葵が語る隠語の、“小さな花”とは小春の事だった。小春はマルヒト(01)と呼ばれる玲人が特別扱いする稀有な存在として、葵達にマークされていた。


 そして“虫”とは葵がさっき小春(実際は早苗)に付けた超小型発信機とメールを通じて携帯端末に送ったプログラムを示していた。


 また、“カラス”とは葵達にとっては姿の見えない巨大な敵、つまりアガルティアの騎士達を示していた。もっとも葵達には、相手がどんな存在で、どれ程強力な力を持っているか全く分っていなかった……




 葵の話を聞いた村井は心配そうに声を掛ける。


「……余り無理しないでね……私も一応、玲人君や薫子さんに“色々”聞いてみるわ……」


そう話した村井自身は、長らくこの駐屯基地で事務官として働いていた為、玲人や薫子とも仲が良かった。葵を支援する為、“表”側で情報収集を行おうと考えたのだった。


「はい……お願いします。私は“小さい花”を中心に良く“見る”様にします……」

「分ったわ……それじゃ事務所に戻りましょうか?」


 村井は、わざと明るく振舞って葵と連れ合って“副業”の事務官に戻るのだった。



 葵は小春に上手く“虫”を付けた心算だったが、まさか葵自身にも恐るべき“害虫”が潜り込んでいるとは夢にも思わなかった。そして葵の言動や、周囲の状況、葵の心まで知られているとは全く気付かなかった……

 


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