159)模擬戦(ゆずれぬ想い)-26

 分隊の面々に無力化明言を言い放った玲人は右手をさっと、前に突き出し、右手人差し指を楽団の指揮者の如く振り降ろした。


 瞬間、沙希は自分の意識が遠くなって行くのを他人事の様に認識していた……


 沙希はゆっくりと倒れ、横に居た前原も沙希を気遣う前に静かに倒れた。そうなったのは前原と沙希だけでは無い。爆風で吹き飛ばされ後方からこちらに向かっていた伊藤も、同じ様に崩れ落ちる様に倒れた。


 “ドサ” “ズシャ” 


 そんな音を立てて前原や沙希、そして伊藤が倒れるのは、ほぼ同じタイミングだった。





 そしてそれは指揮通信車に居る志穂も同じだった。


 “ズリュ”


 そんな滑り落ちる様な音と共に、志穂がいきなり指揮通信車内の無人機操作パネルの上に突っ伏した。その様子に驚いた梨沙は志穂に声を掛ける。


 「おい! 志穂! どうした!」


 梨沙が志穂の様子を見ると、呼吸は有る……だが、呼び掛けても叩いても起きる事は無かった。どうやら気を失っている様だ。慌ててバイタルサインを見るが異常は無い。

 梨沙は前原達に通信で連絡を取ったが反応は無い。前原達のバイタルサインも問題は無かった。梨沙は志穂と前原達の意識が無い事は玲人が関係していると予想し呟いた。


 「……玲人……お前は一体どれ程の力を秘めている?……」


 梨沙は誰に問う訳でも無く小さく呟いた。その様子を安中が静かに見つめていた……


 



 所変わって……小春以外の特殊技能分隊の面々は玲人の不可思議な能力により全員無力化された。その様子を精神疲労により蹲っていた小春が顔を上げて玲人に問う。


 「……玲人君……分隊の皆に……一体何をしたの……?」


 小春に問われた玲人は大した事はしていない、といった様子で小春に応える。


 「簡単な事だ……俺はさっき一瞬“彼”に意識を渡してしまった……その間の事を俺は覚えていないが、“彼”がやった事は父さんを通じて記憶されている。その技も、そのやり方も……今、俺が行った事は“彼”がやった他人の心に話す技を利用して意識を奪う様に働きかけた……」

 

 そう言って玲人は小春に向かって近づいてきた。小春はそんな玲人が何を考えて行動しているか“心通”を通じて良く理解していた。

 玲人の中に有る行動原理の、最優先事項は小春、いや小春達だ。殲滅兵器として戦い始めたのも小春と同化した仁那の為だった。今、玲人が感情を消し仲間である特殊技能分隊の皆を容赦無く気絶させたのも、他でも無い小春の為だけだった。

 


 玲人は小春の前に立ち、その右手を差し出した。小春は戸惑いながらその手を取ると、玲人は静かに言った。


 「……模擬戦は終わりだ、小春」


 唐突に静かに言われた小春は、首を傾げて逆に玲人に問う。


 「え……? で、でも、わたしがまだ……いるよ?」


 玲人は問われた小春に対し、囁く様に答えた。


 「小春……君は良く戦った……自分の状態を顧みずに……でも俺は、そんな君を守る義務がある」


 そう言って玲人は小春の額を左手の人差し指で軽くトンっとノックした。すると……


 「!……れ、玲人く、ん……」


 小春は意識を失い崩れ落ちた。精神疲労により立てなくなっても、まだ心が折れない小春を案じ、玲人が小春を眠らせたのであった……


 



 小春を含む、特殊技能分隊の全員を無力化した玲人は梨沙に連絡する。


 「坂井少尉、こちら大御門准尉です。分隊の対戦チーム全員を無力化しました。模擬戦を終了し無力化した隊員全員の救急搬送をお願いします」

 『……ああ、分った、玲人。今回もお前の圧勝だったな?』

 「いいえ、それは違います、坂井少尉。今回ほど、手を焼いた戦闘は自分の人生で初めてです」

 『……そうか……お前にそう言われたと知れば、気絶して無力化した奴らも納得もするかもな? とにかくお前も医療班の検査を受けろ』

 「はい、了解しました。坂井少尉」


 梨沙と玲人は、そんなやり取りの後、通信を終えた。玲人はその間、ずっと小春の傍に居て手を握っていた……


 



 対する小春は玲人により強制的に眠らされたが、小春の意識自体は、自分の心の中で玲人の模擬戦での戦いを振り返りながらある事を思い起こしていた。


 (……さっき、玲人君は……わたしや分隊の皆を眠らせたのは……きっとわたしが、座り込んじゃったから……模擬戦を終わらせたんだ……わたしの為に……そう……玲人君はいつだって、自分の為には戦わない……いつも、いつも…………

 そう、わたしは昔から……知っていた……眺めていた……玲人君を、いえ……マニオス様のお姿を……いつだって……自分以外の誰かの為に……あの人は……たった一人で戦って来た…………あの時もそうだった……)


 そう深く、小春は過去を思い起こしていると、先程小春の中に同化したマセスの声が聞こえてきた。


 “……そうです、小春。あの人は、いえマニオスは自分の為に戦った事は一度も無い。

 先程見せた”最後の戦い“はマニオスが、他でも無くエニ、貴方の為に起こした戦いだった……貴方を失って絶望と怒りに狂い、そして再転生する筈の貴方を想い、元凶と判断したマールドムを殲滅しようとした……それが”最後の戦い“です……”


 頭に囁くマセスの声は悲しみで泣いている様だ。小春はマセスの声を聞いて静かに答えた。


 (……うん……そうだ……わたしは……それを……ずっと眺めていたから……知っている……あの時、殺されてから……その後、ずっとあの人を見ていたから……

 だから……だからこそ! わたしは……わたし達は! 同じ事を繰り返さない! そうでしょう!? マセス様!)


 小春はエニとして生きて、そして死んでから1万3000年間、彷徨った過去世の断片を思い出し力強くマセスを呼んだ。


 小春がそんな風にマセスを想って叫んだのは理由が有った。何故なら、小春はエニとして彷徨った時、マセスが怒りと絶望に狂いゆくマニオスを、止められず嘆き足掻いていた姿を思い出したからだ。大声で呼ばれたマセスは力強く応えた。


 “ええ! エニ、いえ小春! 私は、私達はもう二度と! 彼を手放なす事はない!”

 

 マセスは小春の言葉に強く同意した。そんなマセスの心情を直接自身の心で受け止めながら小春は続ける。


 (マセス様、貴方が以前“力なんて必要ない”って言った事、意味が良く分りました。玲人君に力で返しても何の意味も無い。玲人君の力に対して力で返しても余計に玲人君を強くするだけ……だからこそ……力なんて必要ない……そう言いたかったんですね?)


 “それだけではありませんが、概ねそうです、小春……マニオスはあらゆる戦いを経て最強のアーガルムとなりました。そんなマニオスに対し力で対抗するのは無意味です。しかもその彼が生み出す“隻眼の巨像”……アレは世界を滅ぼすに十二分な力を持っている……そして巨像は如何なる力も吸収し糧と成すのです……”


 マセスの言葉を受けた小春は自分が如何するべきか完全に理解出来た。もう思考する時間は不要だ。


 (マセス様……わたしが如何するべきか分りました……この模擬戦はまだ、わたしの中では終わっていません……こんな模擬戦位で玲人君に勝てなければ……玲人君の中に居る、マニオスって人に勝てる訳が無い……そういう事ですね?)


 “そうです、小春。しかも力技では今の世のマニアスである玲人には勝てません。……ですが……現状、マニアスの力と技を受け継いでいない玲人に勝てない様であれば……やがて覚醒するマニアスの力と技を得た玲人には、何をどうやっても絶対に勝てないでしょう……“


 マセスの言う事はとんでもない要求だ。最強のアーガルムである玲人に、力技を使わず勝てと言っているのだから……


 しかし……何故か小春には自信が有った。だから明るくマセスに答える。


 (……マセス様、わたし……やってみます! 如何するか何て最初から分らない無いけど……何とかなる様な気がします!)


 “それでこそ……小春、貴方らしいです。以前も言いましたが……小春、エニであった貴方だけが、マニオスである玲人に勝てるのです……どうか、忘れないで……”



 最後にマセスはそう言って、小春の意識の深奥で眠りについた。対して小春はゆっくりと目を開き、玲人と対峙するのであった……

 


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