158)模擬戦(瓦解)-25

 分隊全員を媒介にして玲人に最大級の爆撃を放った小春を精神疲労が蝕んだ。


 「う、うう……」


 そう声を漏らして、小春は座り込んだ。それは無理も無い事だった。初陣でこれまでに意志顕現力を自分自身でなく多くの対象に分配し、絶大な攻撃までやってのけた。しかも生じた最大級爆発の衝撃を内部に閉じ込める為にも土の盾に強力な意志顕現力を送った。  


 小春にとって此処までの能力を発揮したのは今日初めての事であり、襲い掛かった精神疲労により遂に膝を付いた。

 膝を付くと足に違和感を感じた。何かを膝で踏んづけた様だ。小春が膝を確認すると、違和感の正体は沙希が玲人に向かって発砲し、跳ね返されたペイント弾だった。無意識にペイント弾を左手に握りしめた時、頭に愛しい人の声が急に響いた。



 “大丈夫か、小春? もう……無理をするな……”

 


 その声は玲人だった。玲人は“彼”が先程分隊の皆に“心通”で呪いの声を響かした記憶を読み取り、“心通”を憶えた様だ。玲人は小春の状態を案じ“心通”で小春の意識に直接話し掛けて来たのだ。


 「え、え? れ、玲人君なの?」



 急に響いた玲人の声に小晴は驚いて、声に出して疑問が声に出てしまった。そんな小春の様子を余所にそれは起こった。


 土の盾が展開する障壁により、豪炎が広がらず生じた炎の柱だったが、その炎の柱に黒いモノが混ざりだした。染みの様に生じた黒いモノは、何処まで有るか分らない高さの炎の柱に沿って立ち上って行き、炎の柱を侵食しだした。そして……


 “ボシュン!!”


 そんな音と共に、聳え立つ炎の柱は一瞬で消え去った。玲人が纏う黒いモヤが炎の柱を食い尽くしたのだった……




 一瞬で消え去った、長大な炎の柱の跡に佇む玲人。玲人は先程、早苗が無理やりヘルメットを外して放り投げていたので、その端正な顔を見せていた。


 玲人は小春を心配そうに見つめ、小春の元に向かおうとした。しかし、玲人の前に土の盾が障壁を展開したまま、浮かんでおり小春の元に歩み寄るのに障害となっていた。

 玲人は右手の平を上に向け、前に差し出した。すると手の上に5本の黒針が生み出された。長さは10cm位だろうか。玲人がほんの少し意志力を込めると5本の黒針は真っ白く輝いた。


 “キュイイイイン!”


 甲高い音を立てて真白く輝く5本の針を玲人は手を払う様な仕草で投付けた。雑に投げられた針は、玲人の手から離れた後、音より速く5つの土の盾に突き刺さった瞬間に各々爆発した。


 “バガガガアアアァン!!”


 一瞬で爆発した5つの土の盾は其々火球が生じ衝撃が地上を揺るがした。5か所同時に発生した爆風に、前原と沙希のエクソスケルトンは転がされ、伊藤やアンちゃんに至っては吹き飛ばされた。いずれも障壁を展開していたので大した被害は受けなかったが。



 小春は、精神疲労でうずくまり動けなかったが小春に衝撃が及ばない様、玲人が幾重もの障壁を展開し小春を守った。

 玲人は土の盾が完全に消滅した事を見届けて小春の眼前まで行こうとした時、爆風で転がされた前原と沙希のエクソスケルトンが立ち塞がった。


 『模擬戦は終わっていない! いくぞ玲人君!』

 『私も居るわよ! 玲人君』


 そう力強く叫んで迫る二機のエクソスケルトンに対し玲人は、もはや何の感情も持っていなかった。立ち塞がる前原の後方には吹き飛ばされた伊藤が、何とか立ち上がる姿が見られた。しかし今の玲人にとって最優先でやるべき事は、模擬戦では無かった。


 小春、いや小春達を守る事こそが玲人の存在意義の全てだった。自衛軍での任務など、仁那を守る為に必要だったからこそ行っただけだった。その仁那と同化した小春が精神疲労でうずくまっている時点で、玲人の中で模擬戦など、完全に如何でも良かった。



 その為……静かに宣言した。



 「……前原兵長、泉上等兵……模擬戦は終わりにします」

 『……え? それってどういう……』


 玲人が言った事に対し、沙希は思わず聞き返した。玲人は“終わりにしましょう”ではなく“終わりにします”と言ったからだ。まるで全ての主導権が玲人に有るが如くに。そして、その意図は全く正しかった……



 沙希の問い掛けに玲人は応えず、代わりに無数の黒針を一瞬で生成した。その黒針はとても小さく2cm程度しかなかった。しかし、玲人はその小さな針に意志力を送って白く輝かせて、弾丸より速く一斉に放った。


 “キュン! キュキュン!”


 放たれた真白く輝く小さな針は、前原達の駆るエクソスケルトンの四肢、前線に出ているアンちゃん、そして志穂の操るトンボに容赦なく突き刺さり、同時に爆発した。


 “ボボボボボン!!”


 その同時攻撃で、二機のエクソスケルトンは両手両足を失い、崩れ落ちた。近接用アンちゃんは無残なモノで、胸部しか残らず、他のパーツは爆散した。そしてトンボも同じく爆発により、粉々になった。



 今の玲人にメンテを考えて加減などする気も無かった。流石に、前原達の命の危機になる事は抑えたが今の玲人にとって、小春達以外の人間の価値は大幅に低くなっていた。


 四肢を失いエクソスケルトンの胴部のみ地面に叩き付けられた沙希達は小さな悲鳴を上げた。


 『あぐぅ!』『ぐぅう!』


 障壁が有るとはいえ、激しい衝撃を受けた前原と沙希は、全く動けなくなったエクソスケルトンのハッチを開け這う様に外部に出て来た。



 そんな状態の二人を見遣る事も無く、玲人は静かに感情を消して呟く。


 「……前原兵長、泉上等兵、伊藤曹長……どうもお疲れ様でした……後はゆっくりお休み下さい」


 そう言って、玲人は左腕を前に出し、開いた手の平をゆっくり握った。そうすると、前原達に憑依装備されていたニョロメちゃんがブルブル震えながら前原達の体やエクソスケルトンのボディから出て来た。




 それは指揮通信車に居る志穂も例外では無かった。志穂は指揮通信車車内で、そんなニョロメちゃんの様子を見て叫ぶ。


 「!!……小春ちゃんがくれた、目玉が!……」


 震えながら志穂の体から出て来たニョロメちゃんは見るからに弱っている。そして……


 “プシュン”


 そんな音を立てて霧散してしまった……それと同時に志穂を起点として指揮通信車を保護していた障壁が消え去ったのだった。




 その状況は志穂だけじゃ無く前原達も同じだった。前原達はエクソスケルトンから外部に出ていたが、突然消滅した障壁に前原達は戸惑った。


 「し、障壁が……!」

 「私達だけじゃないわ、伊藤さんも、志穂ちゃんも同じよ!」


 そう驚き叫んだ沙希に対し、玲人が感情を込めず答える。


 「……泉上等兵、そして前原兵長……お二人を始めとする分隊の皆が小春に渡された、その目の連続使用で小春は精神的負担が増大したと判断しました。よってこれ以上の模擬戦は負荷が大きいと判断し、模擬戦を終了致します」



 またも出た、終了宣言に対し流石に前原が異を唱えた。

 

 「……玲人君、模擬戦はまだ終わっていない! 俺達が居るからな!」


 「ええ……分っています。前原兵長達は絶対に諦める事無く、戦い続けるでしょう……ですが、前原兵長達には小春の加護が付加されている……その加護も小春の負担になっていると判断されます……ですので……」


 玲人は前原の叫びに、淡々と答えた。そして此処まで言った後、言葉を切った。其れに対し横に居た沙希が聞き直した。


 「……えっと、良く聞こえなかったわ。玲人君」


 沙希に問われた玲人は、更に感情を消して無機質に静かに、そして冷たく言い放った。


 「……ですので、小春の安全確保を最優先事項とし分隊の皆には気絶して貰います」


 そう言い放った瞬間、玲人が纏う空気が一変した……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る