154)模擬戦(前世の記憶)-21
玲人によって小春と志穂を除く分隊のメンバーはあっと言う間に戦闘不能となった。玲人としては、小春と志穂を無力化する事は考えていなかった。
彼女達は直接的な戦力では無かった為だ。完全に動きが無くなった分隊の皆を見遣り、玲人が何でも無い様に小春に話し掛ける。
「……小春、君は凄く頑張った。初陣で此れだけの力を見せるとは……疲れただろう、コレで終わりにしよう?」
そんな玲人の声を遮る様に前原が叫んだ。
『模擬戦は! まだ終わってない! エクソスケルトンが無くたって、俺はまだ戦える!』
『そうよ! いざとなればエクソスケルトン放棄してでも私達は戦えるわ!』
前原の叫びに、沙希も答えた。彼らは必要に応じエクソスケルトンを放棄してでも戦う覚悟だった。
二人の強い気持ちを受けて小春は呟いた。
「……前原さん……沙希さん……」
小春は二人の想いをニョロメちゃんを通じて受け取っていた。前原と沙希はエクソスケルトンという最新式の強力な装備で戦いながら全く手も足も出せず完敗している事が受け入れられ無い様だ。
彼らは元々素質の高い優秀な兵士だ、だからこそエクソスケルトンという高価な兵装の操縦士に選ばれた。そのエクソスケルトンを用いながら、いい様に転がさられる等屈辱的過ぎた。
(……前原さんと沙希さんの悔しい気持ち……負けたくない気持ちが伝わる……二人とも凄いな……)
小春が二人の気持ちを受けて考えている間に玲人は静かに語る。
「……前原兵長、泉上等兵……お二人のお覚悟……自分としては脱帽する思いです。お二人は伊藤曹長の様に何が何でも戦われ様とされるでしょう、見事な覚悟です。ならば俺もお二人の気持ちに答え、ベストを尽くそう……本当はコレは使いたくは無かったが、お二人の覚悟を止めるにはコレしかない……」
玲人はそう言って手の平は上に向けて左手を前に突き出した。そして前原と沙希、志穂を対象に意識を定めて、力を軽く奪う様に意識した。すると……
『……な、なんだ……? 急に体が……重く……なった……』
『うっ……私も……う、動け、ない……』
前原と沙希はエクソスケルトンの中から呻き声を出す。次いで志穂も指揮通信車の中からか細い声で伝えてきた。
『……わ、私も……ヤバい……多分……コレ、玲君の……能力……』
『志穂しっかりしろ! 玲人! い、今すぐ此れを止めるんだ!』
志穂の呻きに混じり、志穂と一緒に指揮通信車に居る坂井梨沙少尉の叫びが響いた。その叫びに恐怖の感情が混じっているのは気の所為では無いだろう。
梨沙は以前、タテアナ基地で早苗と相対した時、この恐るべき技を見た。対象の生命力を奪う技“掠奪”だ。あの時早苗は、触れもせずタテアナ基地に居た30名程の屈強な兵士を一瞬で無力化した。梨沙は其れを目にして恐怖を憶えたのだった……
対する玲人としては、“掠奪”をいつでも使う事が出来たが、この技を使うと模擬戦が一瞬で終わってしまうので敢えて使わなかった。
しかし、前原達の強い気持ちを受けて彼らを傷付けず無力化するには此れがベストと判断した為、“掠奪”を発動させた。
梨沙の叫びを聞いて玲人は静かに答える。
「はい、坂井少尉。能力の発動を停止します」
玲人は“掠奪”の発動を停止した。しかし“掠奪”の発動は止ったが、前原達は酷い疲労感により満足に動く事は出来そうになかった。
こうして玲人により完全に模擬戦が終了させられそうになっている状況を見て小春は考えていた。
(……このままでは、この模擬戦が終わる……玲人君は強い……分っていたけど、分っていなかった……玲人君は誰よりも強い……だから……いつも……一人で……わたしは……指を咥えて眺めるだけ? ……前原さん達はボロボロになっても諦めなかった……唯の模擬戦だからって……彼らの想いはこのまま置き去りで良いの? 玲人君を一人で戦わして……わたしは……今回も……それでいいの? 何の為に……わたしは……ずっと……)
小春は深く思索しながら、過去を思い返していた……
“ザザザ!”
そんな小春の脳裏に壊れたテレビが出す様な音と共に突如映ったのは、見覚えの無い風景の空に浮かぶ男の姿だ。
浮かぶ男の地上後方には沢山の小さな点の様なモノが見えている……それは死体だ。余りにも多くの人間が死に絶えて転がっている。
男は若く、そして非常に美しい顔だちをしており、逞しい体つきをしていた。特に特徴的なのは、その男の瞳だ。その男の右目は美しい黄金色だったが、左目は、血が流れた跡が有り、眼球が無かった。代わりに左目の眼孔に白い光が溢れモヤの様に輝きながら揺れている。
男の背後には人工物で出来た巨大な島が浮かんでいる。島の中心には城らしい建造物が有るが破壊されてボロボロだった。地上にはあちこちで豪炎が立ち上り、激しい戦いがあった事が見受けられた。
……そして男の足もとには……巨大な胸像が見えている。まるで山の様に巨大だ。巨大過ぎる胸像は円筒形の頭部の先端に単眼が輝いている。胸像は作り物では無い。時折、その巨体を振るわす様に蠢くからだ。
芸術品の彫像の様に美しい男を見ている自分は、姿は分らないが白銀色の甲冑を纏っている様だ。そして手には錫杖が握られていた。自分の背後には凶悪な形の真黒い鎧と双剣を持った女性が浮かんでいる。
顏は鎧が頭部まで覆っている為に分らないが、鎧の形状が女性だと分るボディラインを描いていた。自分の味方の様だ。
小春と女性の地上後方には、非常に沢山の人間達が必死な顔つきで逃げている。
男の後方にある沢山の死体、そして逃げ惑う人間達を背に男に向かう自分と黒い鎧を纏った女性。状況的に自分と女性は迫る男から、逃げようとする人間達を守ろうとしている様だ。
小春は突然始まったこの映像の白銀色の甲冑に見覚えが有った。タテアナ基地で出会ったマセスの物だ。男を見ている自分はマセスだろうと小春は判断した。
……ではマセスの視点で見つめている男は誰だろうか? 小春は、マセスが見せているだろう映像より、映像の中の危険で美しい男は“彼”だと唐突に判断出来た……
小春はマセスの視点で不敵に笑う“彼”を見つめる。
(分る……“彼”は昔の玲人君だ……そして、この映像はマセス様の記憶ね……何故だろう、わたしも見た事が有る気がする……マセス様は……“彼”から後ろの人達を守ろうとしている……
なんで……“彼”はあの人達を殺そうとしてるの……?)
小春がそう考えた時、頭の中でマセスのあの言葉が急に思い出された。
“エニ……貴方だからこそ……この戦いを止める事が出来るの……そして、エニ……どうか……“あの人”の事を、お願い……”
それは、まるで誰かが囁く様だった。もしかしたら小春の意識の深奥に眠るマセスが囁いたのかも知れない。
しかし、その声で小春は迷いが吹っ切れた。
(そうだ……わたしは……今度こそって……決めた筈! 今度こそ……あの人を一人にしないって! その為に、わたしはこんな所で負けてられない!)
小春はがそう決意した瞬間、今まで見ていた映像は搔き消え、真白い空間が現れた。
小春の前には、紋様が描かれたマントと白銀色の甲冑を纏ったマセスが居た。最初に有った様な儚さは見られず、淡い光を放ちながら静かに佇んでいる。相変わらずとても美しい女性だ。マセスは手に何か持っている。それは先程、映像で見た錫杖だ。
錫杖は黒曜石状の材質で出来ていており、先端は2重の輪が付いていた。輪の中心には白く光っている丸く大きな石が取り付けられていた。
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