151)模擬戦(このタイミングで?)-18

 一方、地上に居る早苗は、何も無い筈の空をずっと睨むように見ていた。


 そんな中、沙希が心配そうに声を掛ける。


 『……さ、早苗さん……幾らなんでも、この攻撃は拙いんじゃ……ないの?』


 沙希が心配するのは無理も無い事だ。


 鎖の筒より放たれた光線が通り過ぎた跡は高熱により、建造物はバターをナイフで切り取った様に溶かされて大穴が空き、地上もガラス状に変質していた。高熱で光の軸線上は大きな火災が発生している。

 こんな攻撃を受ければ直撃した修一も無事で済む筈が無い。そんな思いで、沙希が早苗に声を掛けたのだった。



 早苗は自分の夫である修一を心配してくれる沙希に微笑んで返答した。


 「沙希ちゃん有難うね……私の大切な人を心配してくれて……でも、大丈……」


 “ゴヒュウ!!”


 早苗が沙希にそう返答している最中に早苗が放った光線によって生じた火災を一部を消し去って修一が現れた。修一には幾重の障壁とその外側には、あの黒い球状の盾が修一を守る様に浮かんでいる。


 肝心の修一はあの恐るべき攻撃すら、何の痛痒も与えていない様子だった……



 炎の中から現れた修一は、全く問題無い様子で笑顔で早苗に話し掛けた。


 「凄いよ! 早苗姉さん! あの光線、とんでもなかったね!」


 嬉しそうに話す修一に早苗は駆け寄って抱き着いた。


 “ガバッ!


 そして上目使いで修一に文句を言う。


 「良く言うわよ……私の渾身の攻撃を受けてピンピンしてる癖に……全く無敵すぎるわね、私の旦那様と愛息コンビは……」

 


 そう言って早苗は修一の頭部のヘルメットを両手で掴んで外す様に持ち上げたが、ロックが掛かっていた為、解除する様に修一に促した。早苗は外したヘルメットを地面に放り投げると、もはや我慢ならないと言った様子で、修一(体は玲人)の唇を貪る様に、激しいディープキスを行った。


 『『『『『…………』』』』』


 困ったのは分隊の皆だ。今は一応? 模擬戦の最中だ。情事に浸って良い時間ではない。どうしようと全員が固まった。約一名、志穂だけはガン見で興奮していたが……


 ……結構な時間、経過したが早苗は修一の唇を貪り続けていた。しかも自分の上着まで脱ごうとゴソゴソしだした。その状況に、早苗の脳内では小春が喚いていたが、早苗は聞こえない振りをしていた。


 やがて、安中に肘で制止を促された梨沙が意を決して早苗に声を掛ける。


 『……あー……ゴホン、ゲフン……何だ……早苗さん……ちょっといいかな?』


 “早苗さーん! 今すぐ! や・め・て・下さい!”


 「……修君……素敵すぎるわ……」


 梨沙の注意も脳内で響く小春の叫びも早苗には全く気にしていない。完全無視の状態だ。上着を脱いで白シャツ姿になった、早苗は修一のスーツを脱がそうとキスをしながら、修一の背中をゴソゴソして悪戦苦闘している。


 『えー……早苗さん……今は、模擬戦の最中だ……そういう……事は後で……して貰うと有り難いんだけど?』


 “早苗さん!! 約束と違うでしょ!?  早く!! 一刻も早く!! やめてー!!“


 「……ほんと……カッコ良かったわ……」


 早苗は梨沙の声をまたも、無視した。そして早苗の脳内に喚く小春の声はどんどん大きくなる。


 『早苗さん!』


 “さーなーえーさーん!!!”


 騒ぎ立てる坂井と、小春に根負けして早苗は苦笑を浮かべ、修一から離れて呟く。


 「……ちょっと外から中から、うるさいわよ、梨沙ちゃんと小春ちゃん……今は修君を称えてるんだから」


 『……早苗さん……その、真昼間から、それは……拙い』


 “早苗さん!! 修一さんを称えるのは全然良いです! でも、キ、キスは関係ないでしょ!? それに何故、上着脱いだ!?”



 梨沙と脳内の小春の注意(小春のは大絶叫による猛抗議)に小さく溜息をついたが、一転して笑顔で答えた。


 「ふぅ……全く細かいわね、軽いスキンシップさえ出来ないじゃないの。でも……ギャラリーの御二人も退場したみたいだし……私としても、修君と玲君の超カッコいいトコ見れて、大満足だから……もういいかな?」


 『え? そ、それどういう意味?』


 “ちょっと早苗さん?”


 何となく嫌な流れになって偶然にも、梨沙と小春は同時に早苗に問い掛けた。


 「修君、私……仁那ちゃんの寝顔を見にシェアハウスに帰るわね! あー! 凄く楽しかった! また、遊びましょう、修君!! 梨沙ちゃん、小春ちゃん、そう言う事だから、後はヨロシクー!」




 早苗は無責任にも模擬戦を放り投げて、小春に替わったのだった……


 『ちょ、ちょっと待って下さい! 早苗さん! 模擬戦はどうするんですか!? 貴方が続行するって言ったんでしょう!?』


 梨沙は、早苗の言葉を受けて通信で叫ぶ。対して早苗は沈黙したまま、目を瞑っていたが、やがて目を開き、呟いた。


 「え? このタイミングで?」


 呟いたのは早苗では無く、いきなり替わらされた小春だった。早苗から無理やり替わる事になった小春の第一声がコレだった。


 『『『…………』』』



 早苗と梨沙の通信を聞いていた分隊の皆も早苗から小春に替わった事は理解出来たが、この先、どうして良いか判断に悩んだ。


 何故なら、早苗から替わった小春は周囲を見回して居心地悪そうに、そして不安そうに佇んでいる。果敢に肉弾戦で戦った仁那や、不敵で恐るべき技を繰り出した早苗と違い、どう見ても小春は戦闘に向いていない。


 「……早苗姉さんから、小春ちゃんに替わったんだね? ゴメン、小春ちゃん。早苗姉さんが迷惑掛けて」


 「い、いいえ……全然、そ、その大丈夫です……」


 修一は早苗に急に替わられた小春に気を使って声を掛けた。対して小春は一応義父に当たる修一に対し、常に緊張してしまう。義母に当たる早苗とは小春の接する態度が全く違うが、修一が家族の中で最も落ち着いた常識人である為だろう。


 小春の緊張している様に気付いた修一は、小春に優しく話し掛ける。


 「小春ちゃん、玲人に今替わるから待っててね」


 そう言って、修一は玲人に替わった。

 



 修一から替わった玲人は小春に笑顔で話し掛ける。


 「……今、目の前に居るのは小春だな? ハハハ、目まぐるしいな」

 「ご、ごめんね」

 「小春が謝る事じゃない。いつもの母さんの我儘だろう? 所で、模擬戦はどうする? 中止にするか?」


 玲人は小春に優しく問い掛けた。玲人も大人しい小春はどう考えても、戦いに向いていないと思ったからだ。



 対して、小春は目を瞑り考えていた。


 (……ここで止めちゃうのは簡単……だけど、仁那や早苗さんが玲人君や修一さんと精一杯戦ったのに……わたしはこんな終わり方でいいの? 良い訳無いよね……わたしは、玲人君の為に戦うって決めた筈……だったらこんな模擬戦で、怖いから、苦手だから、って止めていたら……これからも、ずっと出来ないよ! 何が出来るか分んないけど……何もしないよりずっと良い筈!)


 小春は目を開いて、玲人に自分の気持ちを伝えた。


 「……玲人君、わたしの事、心配してくれて有難う……でも、仁那や早苗さんが模擬戦で戦ったのに、わたしだけ出来ないなんて嫌なの……わたしなんかに何が出来るか分んないけど……やるだけやってみたい!」


 そう言って小春は、玲人の瞳を真っ直ぐ見据えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る