144)模擬戦(呪詛)-11

 玲人は感情を消した虚ろな表情で、体に纏う黒い煙の様なモヤを右手に集めながら前原の方へ歩き出そうとした。先程の大破壊を見る限り、前原達にとって大変拙い状況である事は間違い無かったが前原達は恐怖で身がすくんで動けない。



 しかし……



 “玲人!! しっかりしろ!!”


 玲人の脳内で叫ぶ修一の声に玲人は動きを止めた。


 “目を覚ませ!! 玲人!!”


 もう一度脳内で叫ぶ修一の声を受けた玲人は、玲人自身の意識を取り戻した。


 (…………う、と、父さん……俺はどうなっていた?)


 “ふぅ、目を覚ましたか。玲人……周りを見てごらん?”


 (……!!……こ、これは!……一体何が……)



 玲人は自身の右側に広がる何処までも長く続く大破壊の痕跡を見て驚愕した。修一はそんな玲人の様子を感じ取りながら静かに答える。


 “信じられ無いだろうが……これは君がやったんだ……”


 (そ、そんな……バカな!……俺には、こんな力など無い!)


 “……正確には、僕達の中に眠る“彼”がほんの少し目覚めたんだと思う……その時、アレを起こした”


 (……信じられ無い……なん、て事だ……)


 “今、“彼”はまた眠っている……多分、君が目覚めたからだと思う……だけど……いずれは必ず……”


 (そ、そうだ! 皆は!? 仁那の姿が見えないが!?)


 “……皆、大丈夫だ。仁那ちゃんは“彼”が眠らせた。瞬間移動を繰り返してね……どうやら、玲人……“僕達”はとんでもない存在になってしまったらしい。とにかく、玲人。この場は僕に替わってくれ。君は少し落ち着いて休んだ方が良いだろう”


 修一は、今までの状況を振り返り、度重なる戦いの中で玲人の中の“彼”が目覚めたと予想した。その為少し玲人を休ませた方が良いと考えたのだ。修一の意見に対し素直に従った。


 (……分った……父さん、後はお願いするよ……)


 “ああ! 任してくれ!”




 リジェとガリアは空中に浮かびながら、玲人の中の“彼”が目覚めて起こした大破壊の様子を見ていた。上空から見れば分るが“彼”が起こした大破壊の痕跡は、この廃都市の5キロ程度まで続いていた。

 第三次大戦の影響で放棄されたこの都市だからこそ、人的被害は皆無だが、もし人が住まう大都市で同じ事が起こればとんでもない死傷者が発生していただろう。

 


 黙って見ていたリジェがボソリと呟く。


 「……流石に分ったぜ……今の“彼”をアガルティアに呼ぶのは拙いな……」


 「そう言う事だ、リジェ……さっきの攻撃は“彼”にとっては寝返り程度の事に過ぎん……もし“彼”があのまま不完全な覚醒状態で“巨像”を部分的にでも創ればこのマールドムの国は終わっていたかも知れん。その場合、例え我等であっても止める事等出来ない。

 そんな事を我等がアガルティア国で有ってはならない……その為、時間は掛かるがこのマールドムが住まう大地で、お力を完全に制御出来る段階まで覚醒して頂くしか道は無い。

 元より“彼”が転生する事態になったのも、元はと言えば小汚いマールドム共の所為だ……奴ら自身が“彼”の怒りで滅亡する事は当然だが、“彼”が命を賭して守ってきたアガルティア国が滅ぶ事は避けねばならん」


 ガリアは自分に言い聞かせる様にリジェに語った。対してリジェは何も考えずガリアに問い掛けた。


 「それじゃーよ、エニ達、いや小春だけでもアガルティアに連れてくればイイじゃん! 民の皆も喜ぶぜ!」


 リジェの能天気な回答に、長い溜息を付いてガリアは呆れながら答える。


 「ハァァ、相変わらずアホだな、お前は……良く考えろ! エニとマセス様、いや、二人は同化し今は小春となった。そんな小春と“彼”を引き離す事は有り得ない。

 もし、小晴と“彼”を引き離す事をしたとしよう。そうすると“彼”はどうなると思う? お前は最後の戦いを忘れたのか? アレはエニを殺された“彼”がマールドムを殲滅しようとして始まったのだ。

 今度、我らが目的は違えど、同じ事をした場合、覚醒前の怒り狂った“彼”によりこの星は砕かれるやも知れん……今の“彼”にはそれだけのお力が有るからな」


 ガリアの回答を聞いたリジェは納得したが残念そうに呟いた。


 「……そうか……小春も、“彼”もアガルティアに連れてく事は難しそうだな……」


 そんなリジェに対し、ガリアが声を掛ける。


 「まぁ、そう残念がるな……こうして着実に“彼”はお力を取り戻している。“彼”と小春がアガルティアに戻るのはもうスグだ」

 「ああ、分ったよ」


 ガリアの慰めにリジェが明るく答える。


 「記憶と力を失い“雛”となった“彼”もアイツが手間暇掛けてリハビリを行った結果で漸く此処まで来た。その状況にアイツも喜んでいるだろう……」

 「だろうな……」


 そう言って二人は眼下の指揮通信車を眺めた。




 ガリア達が見つめる指揮通信車の中では、坂井梨沙少尉が先程の玲人の大災害とも言える攻撃に大きな衝撃を受けていた。



 「な……なんだよ……アレ……一体何が起こったんだ? ……うん? 志穂、お前大丈夫か? オイ! 志穂!」

 

 梨沙はディスプレイ上で見た、玲人の大破壊に度肝を抜かれていたが、横に居る志穂の様子がおかしい。志穂が白い顔をして硬直している。玲人、いや“彼”の“心通”による呪詛を直接脳内に聞いた為か恐怖が抜けていない様で全く身動き出来ない様だ。


 梨沙は、大破壊について状況を知りたかったが、その前に志穂の異常な状態を何とかする必要が有ると考えた為、志穂を気遣って声を掛けたり手を握ったりしていた。


 “彼”から受けた恐怖で硬直しているのは志穂だけでは無かった。前原も沙希も、坂井が呼び掛けても返答が無い。しかし全員、バイタルサインはまだ安全域にあるが志穂や前原そして沙希の3人のバイタルは呼吸や脈拍などが激しくなっており、強い恐怖を感じた事による体調変化を示していた。


 梨沙はこのままでは模擬戦の中止が必要かと考えて、後ろに居た安中大佐に意見を聞こうと振り返ると安中は目頭を押さえていた。


 ……泣いている様に見える。驚いた梨沙は安中に問う。


 「……どう、かしたの、拓馬?」

 「……面目ない……准尉からの……強い波長の様なモノを受け、視神経がおかしくなった様だ……」

 「だ、大丈夫なの!?」


 梨沙が、安中を心配し声を掛けた。


 「……ああ、もう落ち着いた……所で、垣内技官や前原兵長達も准尉の放った波長の影響を受けて居る様だ。薫子主任に来て頂き、ここで模擬戦を一旦中断して……」



 「……その必要は無いわ」


 安中が梨沙に模擬戦の中断を指示しようとした時に指揮通信車の上部より小春? の声が聞こえた。小春? は模擬戦を中断する必要は無いと言い切った。その事に対し梨沙がどういう事か尋ねた。


 「今の貴方は小春ちゃん? それとも仁那ちゃんのまま、なのかな……ところで中断する必要ないって、どういう事なの?」


 梨沙に尋ねられた小春? は指揮通信車の中に飛び降り、梨沙に答える。


 「今の私は小春ちゃんじゃない。早苗よ、梨沙ちゃん。仁那ちゃんの意識は“彼”に眠らされたけど私や小春ちゃんには届かなかったみたいね……ところで、さっきの話だけど私は模擬戦を中断する必要は無いと言ったのよ」


 「……しかし、早苗さん……分隊の三人は玲人の力の影響からか、恐慌状態で硬直している。このままでは模擬戦どころじゃない。彼女達を休めないと……」


 梨沙の言い分に早苗は志穂を見遣って答える。


 「その子達は、玲君の所為でこうなったんじゃない……ついさっき修君から連絡があったの。玲君の中の“彼”が目覚めて、アレを起こした……そして相対していた志穂ちゃん達は“彼”の呪いを受けたらしいわ。もっとも、呪詛の対象は私達に向けられたモノじゃないけど」

 

 早苗は梨沙に向かって静かにそう述べた……

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