142)模擬戦(懸念)-9
玲人が纏う黒いモヤによりアンちゃんの右腕は切断されてしまった。
前原がアンちゃんを見遣るとアンちゃんは右腕を肩の下から切断されていた。前原がエクソスケルトンのカメラで見る限り、腕の切断面は非常美しく光沢すら見られる。仁那はアンちゃんを操作し玲人から距離を取り、玲人に対し呟く。
『……その黒いモヤモヤ、何? 玲人……』
「……鎧崩し……障壁と……鎧ごと、敵を滅する技……俺が昔、良く使った技の一つ……」
『昔?……玲人、何を言ってるの?』
「いや……何でも無い……それで、どうする? 障壁の意味はもう無いぞ?」
『まだ! 戦いは終わっていない!』
玲人の問いに対し、仁那はそう叫んだ。仁那は全く諦めていない。仁那はアンちゃんに強い意志力を送り、その体を白く輝かせる。
恐らく大技を放つ心算だ。アンちゃんの体に生じた白い光は右足に集中し、右足が真白く眩い程輝いている。
仁那は指揮通信車の屋根の上に乗りながら目を瞑ってアンちゃんに意志力を注いでいる。そして、カッと目を開き、大声で叫ぶ。
『豪那! 天駆流星撃!!』
アンちゃん越しで叫んだ仁那は、アンちゃんを全力で玲人に向けて駆け出す。そして飛び上がり玲人に向け飛び膝蹴りを放った。
”ダン!!”
その膝は眩い真白い光を放っている。この技はアニメの天駆豪砕撃という飛び膝蹴り技を、仁那が改良し、仁那自身の新技としたものだ。
膝蹴りの強力な衝撃力に加算して意志力にに寄る強力な破壊エネルギーを組み合わせたものだ。技を喰らった対象はその複合エネルギーで跡形もなく吹き飛ぶ恐るべき技だった。飛び膝蹴りは玲人にヒットした様に見えた。
”ガシッ!!”
しかし玲人はアンちゃんの破壊的な空中飛び膝蹴りを障壁で防御しながら、空中で浮かして止めた。恐らく光っている膝に触れれば大爆発が生じると踏んだ為だ。そして、玲人は黒いモヤを纏った右手で手刀の型を取り、水平に薙いだ。
“バシュン!!”
すると、アンちゃんは展開していた障壁が破壊され一瞬で下半身と上半身が切断された。次いで真白く光った膝の部分が更に光り輝き、そして……
“ドガガアアァン!!”
アンちゃんを中心に大爆発が生じた。
指揮通信車の中で玲人と仁那 (ボディはアンちゃん)の二人の戦いを映像を通じて見ていた志穂は爆発した玲人を案じ、思わず叫ぶ。
「れ、玲ちゃん!! 大佐! もう中止にした方がいいんじゃない!?」
志穂は今回の模擬戦が前回より遥かに異常な状況だと思っていた。何より度重なる大爆発が生じる模擬戦自体が有り得えない事で、玲人は何度その爆発に晒されているか分らない。どう考えても普通では有り得ない模擬戦だ。
対して安中は、志穂に対し静かに言う。
「垣内隊員、准尉の事を心配してくれて私は嬉しく思う。私と准尉はとても長い付き合いだからな。だが、垣内隊員。准尉に関しては心配は無用だ。坂井少佐、各位のバイタルを表示してくれ」
「はい、大佐」
梨沙は周囲の目が有る時は恋人の安中に対し敬語を使っていた。安中の指示で梨沙は模擬戦に参加している全員のバイタルサイン(血圧・脈拍数・呼吸速度・体温等)を表示した。
その結果、全員がグリーン表示され、バイタルは安全域である事が示された。また、最も激しい攻撃を続けて受けている玲人が最も落ち着いたバイタルを示していた。
「……この通りだ、垣内隊員。私は准尉とは付き合いが長く、昔から彼の戦いを見て来た。彼は戦いの中でこそ真価を発揮する傾向にある。その為、各位のバイタルが安定傾向な内は模擬戦を続行する」
安中は静かに垣内に伝える。対して志穂は納得しずらいと言った様子で答える。
「……そんな、モノかな……?」
「大御門准尉にとっては、心配は不要だ……後で垣内隊員も准尉に聞いてみるといい。少尉、各自のバイタルサインを念の為に各位にも並行表示してくれ。オッと……! どうやら動きが有った様だ。とにかく准尉については心配は不要だ。だが、玲人の事を心配してくれて感謝する」
安中は志穂にそう言って、梨沙に目を配った後、作戦状況を示すディスプレイを見遣る。
安中達が見遣ったディスプレイには……
玲人が、大爆発の後生じた炎を最初の時の様に風を起こして消火した所が映っていた。玲人は右手に何か持っている。
……それはアンちゃんの首だった。
真黒いスーツ姿に頭部には不気味に光る隻眼。唯でさえ不気味な姿に右手のアンドロイドの首……背筋が寒くなる光景だ。
志穂はその姿を見て、素直な感想を誰に言うでもなく呟く。
「……なんか……玲ちゃん……RPGの魔王みたいだね……」
志穂の呟きに梨沙も苦笑しながら相槌を打つ。
「……確かに、何か雰囲気あるよな……」
二人の話を聞いていた安中が1人呟く。
「……そんな可愛いモノじゃない……彼は」
「……拓馬? 今、何て?」
「いや、何でも無い。さぁ、模擬戦に集中しよう」
安中は聞いてきた梨沙にそう言って、自分は突然、上を見上げた。安中が居る所は指揮通信車の中だ。上は武骨な内装が有るだけだが、安中はじっと空を見上げる。まるで誰かを睨む様に……
一方、上空に浮かんでいる二人の女騎士ガリアとリジェは眼下からの強い視線を感じ取った。
「げ。何かアイツ、怒ってんぞ……」
「ああ、其れはお前に対してだろうな。なんせ、お前は自分の持ち場放っておいて、此処に遊びに来てるからな……固いアイツからすれば、邪魔すんな仕事しろ、って感じだろう」
リジェの呻きに対し、ガリアは悪戯っぽく笑って答えた。
「まぁ、アイツの事はメンドくせぇから放って置こう……所でガリア、懐かしいモン、見られたな?」
「確かに……“鎧崩し”か……お館様の技の一つ……障壁も鎧も関係無く破壊する恐るべき技だったな……リハビリの効果が漸く現れ出した様だ。リジェ……さっき私が言っていた事を覚えているな?」
「ああ、“雛”の彼をアガルティアに連れ込む訳に行かねぇ理由、って奴だろう?」
「そうだ……多分もう直ぐ見られそうだ」
「そうなのか? まぁ、アタイは“彼”と小春が見られれば其れで良いけど……」
ガリアとリジェはそんな事を言い合って眼下の模擬戦の観察を続けるのだった……
豪炎を消し去り、アンちゃんの首を掴んでこちらに向かう玲人の姿を見た前原達は言葉を失った。
……それは恐怖でだ。
見た目の恐ろしさも有る、真黒い姿に不気味に光る隻眼……それと少女の顔をしたアンドロイドの首。その姿だけでも十分すぎる程、恐怖の対象だ。
しかし、前原達が感じた恐怖の感情は、そんな外面から感じ取れるモノではない。根源的な何か、圧倒的な存在に対する恐怖を玲人から無意識に感じ取った。
だが、前原達は恐怖に呑まれる事無く、戦う意志を失わなかった。
『まさか、何もしていないのに終われないよな……』
『……そうね!』
『私も出来る事、やってみるよ!』
前原の呟きに対し沙希と志穂が元気に答える。そんな3人に合わせる様に背後から大きな声が聞こえ来た。
「私は! まだ負けてないぞ!!」
それは指揮通信車の上に居る仁那の叫びだった。仁那が操っていたアンちゃんは首だけになり動力を失って、音声も死んでいた。
そんな仁那の血の通った叫びを聞いた、志穂はある作戦を思い付いた。そしてその事を通信にて前原や沙希、そして仁那に伝えたのであった。
前原達は志穂の作戦を胸に、強い意志を宿し玲人に向かって行った……
ゆっくりと歩いてくる玲人に先制したのは志穂だった。3機の“犬”による3方向からの銃撃を玲人に対し行った。
“ダダダダダダダ!!”
玲人に対し接近すれば、黒いモヤによる破壊攻撃を行うと考えた志穂は距離を保ちながら銃撃すれば有効と考えた為だ。
そしてこの作戦は通信で前原と沙希にも伝えられており3機の“犬”の後方から二人はエクソスケルトンに装備された軽機関銃で銃撃した。
“ダダダダダダダダ!!”
3機の“犬”や前原達エクソスケルトン組の銃撃している銃弾はペイント弾で、玲人はその雨の様な銃撃を障壁で防いでいた。
前原達の攻撃は玲人に対して何の痛痒を与えるモノでは無い事は前原達も分っていた。これは志穂が考えた作戦の一環だった。前原達や志穂の銃撃は、時間稼ぎと玲人の注意を前原達に向ける為だけのモノだった。
十分に時間を稼いだ後、その時が来た……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます