141)模擬戦(怪物)-8
そう考えた伊藤は、この狙撃ポイントからの撤収を決めた。伊藤は前回、針で狙撃銃が破壊された事を思い出し、此処に留まる事は危険と判断した為だ。
落ち着いて撤収を始める伊藤だったが……
“カタカタカタ”
廃ビル屋上の地面の小石が動いている。
「……なんだ?」
伊藤は不思議に思い、更に小石を見つめると、小石の動きが大きくなってきた。まるで小さく踊る様に……
「じ、地震か?」
そう呟いて、周囲を見渡すと確かに廃ビル屋上は縦揺れしているが、周囲のビルは微動だにしていない。この廃ビルだけが揺れているのだ。
「ま、まさか!?」
そう叫んだ伊藤は慌てて携帯スコープで玲人の姿を確認した。
其処には……伊藤に向けて右手を真っ直ぐ向けて伸ばしている玲人の姿が見えた。そして伸ばした右手の平を、グッと握る様子が見られた。その瞬間……
“ズゴゴゴゴン!!”
そんな音を立てて屋上の床が揺らぎ崩れ出した。コンクリートで出来た床の真ん中位を中心に向かい床が傾きながら崩壊が進む。
丁度、突然廃ビル屋上に巨大なアリジゴクが現れた様に漏斗状の凹みを形成しながら崩れているのだ。その進行はゆっくりでは有るが、屋上に居る伊藤は堪ったモノは無い。
「ウ、ウオオオォ!!」
伊藤は叫びながら屋上のフェンスに咄嗟にしがみ付いた。伊藤には小春が施した障壁が常時展開していたが、伊藤にとっては足元が崩壊するという耐えがたい恐怖により安心など出来なかった。
何とか伊藤自身はフェンスに掴まれたが、対物ライフルや、その銃弾は床の崩壊により階下に落下した。そうしている間に屋上が中心に向かって落ち込む状況は続く。
“ゴゴゴゴゴン!!”
全てが落ち着いた時、廃ビルの屋上は中心に向かい傾きながら完全に崩れ、真ん中に7m位の大穴が空いている。大穴は屋上床面を完全に破壊し階下が見えていた。
玲人は伊藤に障壁が展開している事を感じていた為、廃ビル屋上を破壊すると言う強攻撃を行ったが玲人は敢えて屋上床だけ破壊する様に、加減した。玲人がほんの少しでも本気なら、廃ビル屋上だけでなく、ビルそのものが崩壊しただろう……
漸く崩壊が止まり、落ち着いた廃ビル屋上のフェンスに辛うじてしがみ付いた伊藤だったが、対物ライフル銃は失ってしまった。
(……恐ろしい攻撃をする……本当の怪物だ、彼は……こんな事、同期の連中には信じて貰えないだろう……取敢えず滑り落ちながら階下に向かおう)
そんな風に考えながら伊藤は慎重に床の勾配に沿って滑り下りた。幸い床の崩壊は屋上部だけの様で、大穴からは傾いた柱を伝い階下に降りれるだろう。
伊藤はこの廃ビルの一階部分に別の狙撃銃とペイント弾を隠して置いてあった。対物ライフル銃と弾丸だけで20kg近く有る為、それ以外の装備は屋上に運べない為だ。
階下に慎重に向かいながら伊藤は呟く。
「……残された銃はペイント弾用の狙撃銃か……射程が短いから接近する必要が有るな……」
伊藤はそう呟いて、階下に向かう。一階まで何とか降りてから、坂井に連絡し有効射程範囲まで移動する事にした……
所変わって玲人は沙希が放った大量のペイント弾を障壁で防いだ。其処に玲人の背後からも銃撃された。
“ダダダダダダダダダダダ!!”
発射されたのはペイント弾だったが、玲人はこの銃撃も障壁で防いだ。玲人が背後を振り返ると志穂が操る無人機の通称“犬”だった。犬にもニョロメちゃんが憑依装備され障壁が展開されている。
アンちゃんの様に小春達が憑依制御する為では無く、あくまで障壁展開用に、意志力の中継の目的でニョロメちゃんは装備されている様だった。障壁が展開されている状況よりよほどの強攻撃でないと、無力化は難しいだろう。
玲人がそんな事を考えていると玲人の肘打ちで転がされていたアンちゃんがジャンプして、玲人の前に降り立った。
“ザン!”
降り立ったアンちゃんは叫ぶ。
『大人しく降伏しろ! 玲人! これだけの人数相手で皆、バリアー付だ! お前に出来る事は何も無いぞ!』
仁那はアンちゃん越しでそう叫び、飛び掛かって来た。
対する玲人は……一瞬目を瞑り、脳内で修一と対話していた。
(……確かに障壁は面倒だな……自分が展開する事は当たり前だが……相手が展開する事は今迄は無かったからな……)
“どうする心算? 玲人?”
玲人の呟きに修一が問い掛ける。
(……どうもしないよ……幾らでもやりようが有る……其れをすると途端に面白く無くなるからやらないだけ……だが……こういう時“何か”有った筈……)
“玲人、何か思い出しそうなのかい?”
(ああ、父さん……前にもこんな事が沢山……有った様な気がするんだ……)
“其れは……君の前世、つまり”彼“の記憶?”
(多分……そうだ……俺は……長い間……戦い続けていた様な……気がする)
玲人の意識裏で閃く感覚が生じた。玲人は意識の世界でも目を瞑る。すると玲人はほんの少し“彼”の記憶を垣間見た。
その中で彼は、障壁を展開する真黒い恐ろしげな鎧を着た戦士と戦っていた。彼はたった一人……しかし敵は無数に居る。しかも相手は皆、障壁を展開し頑丈そうな鎧を纏っている。過去の記憶の彼は全く恐れることも無く何を如何すればいいか完全に分っていた。
彼は両手を広げると……黒いモヤの様なモノが彼の両手の平に纏わりついた。そして……障壁を展開し頑丈そうな鎧を来た戦士に飛び込んで行った……
(そうだ……何故、こんな簡単な事を忘れていたんだ……俺は知っている……散々戦って来たから……彼女を、彼女達を守る為に……ずっと戦って来た……だから知っている……こんな時、どうすればいいかを!)
玲人はカッと目を見開き、徐に自分の右手の平を見つめた。すると……
記憶の“彼”と同じ様に右手の平に黒いモヤの様なモノが生じ集まってきた。
“玲人……これは?”
(……“鎧崩し”……仁那の虹色の光弾と同じ……俺だけが持つ技の一つだ……)
“どんな技?”
(ああ、此れから見せるよ、父さん)
そう玲人と修一は話し合って、玲人は目を見開き目の前のアンちゃんを見据えた。
アンちゃんを始め、前原と沙希のエクソスケルトン組や、3機の犬も皆、障壁を展開している。玲人は両手に意識を集中する。すると両手の平に黒いモヤの様なモノが生じ集まった。
その様子に気が付いた沙希が呟く。
『……なんかしら? あの黒いの……』
沙希の呟きを聞いた、仁那は叫びながら玲人にアンちゃんを突進させる。
『そんなの分んないけど! 戦ってみれば分る筈!!』
仁那はアンちゃんのスピーカー越しで叫び能力付加を掛けた強力な右手の肘打ちを放つ。
『豪砕撃!!』
アンちゃんが放った肘打ちは凄まじい速度で玲人の顔面を狙う。対して玲人は左手の平で、その強力な肘打ちを受けた。しかし玲人には何も起こらない。そして……
動きを止めたアンちゃんの様子を不信がった前原と沙希の眼前に白いモノがクルクルと回転しながら落ちてきた。
“ガシャン!!”
『……何だ、コレ?』
前原と沙希が今しがた、眼前に落ちてきた白いモノを見ると……それはアンちゃんの右腕だった……
『!!……仁那ちゃん! コレ!?』
『……やられたよ……前原さん……玲人の腕の黒いモヤモヤはバリアを壊す技だ……』
前原の叫びに対し、仁那は苦々しい感じで呻くように答える。
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