140)模擬戦(仁那と総力戦)-7

 仁那の攻撃で生じた大爆発の後、豪炎が立ち上り、燃え続けている。


 此処で玲人とアンちゃん(操っているのは仁那)との激しい戦いを後ろで見ていた前原が心配そうにアンちゃん越しで仁那に声を掛ける。


 『仁那ちゃん……玲人君は……大丈夫だろうか……?』


 前原としては眼前に行われた仁那の攻撃による大爆発で玲人が死んでしまったのでは、と心配していたが、問われた仁那は恐ろしく真剣な眼差しと静かな声で答えた。


 『大丈夫だよ……玲人は、あの火の中でピンピンしてる……私達には”見える“の……悔しいけど……玲人には何をしても効かないよ……玲人は、強すぎるんだ……』


 真剣な顔をして答える仁那はアニメのモノマネをする余裕すら無い様だ。玲人の動向を一瞬たりとも見逃さない、そんな思いの様だ。



 前原と仁那がそんな話をしていると、立ち上る豪炎に動きが有った。


 “キュン!!”


 そんな音と共に空高く立ち上っていた豪炎は一瞬で消え去った。いや違う。豪炎は一瞬で玲人の手に集まり10cm位の眩い球体に形を変えたのだ。玲人は障壁を展開して、何事も無かったかのように静かに立っている。違うのは右手の眩い光球を手にしている事だ。


 その様子に前原は驚いて呟く。


 『な、なんだ……アレ……炎が一瞬であんな小さく……』


 そこへ、志穂の連絡を受けたエクソスケルトンを駆る沙希と、飛び出して行った仁那を追い掛けていた指揮通信車に乗る坂井梨沙少尉達が到着した。沙希と梨沙達は連絡を取り合い合流して此処に向かった様だ。


 到着した沙希が前原に声を掛ける。


 『浩太! 随分やられてたみたいだけど大丈夫!?』

 『ああ! 小晴ちゃんのバリアーのお蔭……』



 二人がそんな話をしている最中に玲人は豪炎を集めた眩い球体をゴミでも捨てるかの様に誰も居ない背後の遠方に放り投げた。


 すると……


 “ドガガガアァァン!!”


 そんな爆発音と共に巨大な火球が形成され豪炎が立ち上った。


 玲人は敢えて豪炎を集めた光球に保有するエネルギーを爆増出来る“狂騰”を掛けなかったが、もし“狂騰”を少しでも掛けていたら大御門地下実験場を壊滅させた小型核兵器に匹敵する14年前の大爆発が再現されただろう。


 今の玲人には個人で其れだけの事が簡単に出来る“力”があった……



 背後に立ち上る豪炎を背に玲人がゆらりと前原や仁那が操るアンちゃんの方に歩いてくる。余裕が有るのか障壁はもう展開していない。真黒なボディに隻眼の瞳が怪しく光り、背後の豪炎と相成って恐怖しか感じない。


 『……ゴメン、沙希……ゆっくり話している暇は無さそうだ……』

 『……その様ね……あの姿、一つ目の怪物に見えるわ……』

 『ああ……俺も鬼に見えたよ、違う意味で』


 前原と沙希は、模擬戦とはいえ迫りくる玲人に心底恐怖を抱いていた。彼は何をしても止められず、どんな攻撃をしても無駄だからだ。

 


 玲人に相対しようとする二人の前に白いアンドロイドのアンちゃんが降り立った。


 『私も一緒に行くよ!』


 アンちゃんのスピーカー音で仁那が二人に明るく言う。前原が仁那本体(体は小春)の方を見ると、仁那は指揮通信車の屋根の上に仁王立ちしている。気合いは十分な様だ。


 『私も居るよ! 玲ちゃん!』


 そんなスピーカー音が沙希のエクソスケルトンの後方からする。皆が見ると志穂が派遣した3機の無人機の犬だった。


 そして最後に……


 『俺も遠方から狙撃する。もっとも玲人君にとって、牽制になるかどうかすら分らんが……』


 そんな通信音声と共に狙撃担当の伊藤が名乗りを上げた。




 こうして、玲人一人に対し、仁那達4人の戦いが始まった。

 

 先制したのは、仁那が操るアンちゃんだ。最初に突きを連打し、牽制した後に体を捻って鋭い上段横蹴りを玲人の頭部に向かって放った。


 『豪牙裂岩脚!!』


 そんな掛け声と共に放たれた上段横蹴りは玲人の顔面にそのまま、クリーンヒットすると思われたが玲人は此れを完全に見切っていた。頭部を僅かに逸らして完全に空振りになった。肉薄したアンちゃんに玲人は能力で強化した強力な肘打ちを加える。


 “ドゴオォオ!!”


 玲人が放った強力な肘打ちはアンちゃんの頭部に命中し、アンちゃんは後方に吹っ飛んで転がって行く。


 そんな状況の中、前原と沙希のエクソスケルトンが玲人の眼前に現れた。


 『行くぞ! 玲人君!』


 そう叫んで前原はブレードを振り降ろす。


 “ブオン!!”


 玲人はその武骨で恐ろしい斬撃を自身のマチェット(山刀)でいなし、返す刃で前原機に攻撃しようとすると……


 “ダダダダダダダ!!”


 その背後で沙希がエクソスケルトンで一斉にペイント弾で銃撃してきた。銃撃された玲人は慌てず、障壁を展開し全弾を防いだ。

 

 そして、沙希に攻撃しようとした所……


 “ダーン!”


 伊藤の発射した銃弾が玲人の胸部辺りで自動展開した障壁で静止している。銃弾はペイント弾でなく対物ライフル弾だった。伊藤は前回の模擬戦でペイント弾も実弾も全く差がないと判断した為だろう。


 “ダーン!” “ダーン!”


 伊藤は続けて対物ライフル弾を放つ。車など簡単にハチの巣にする恐るべき貫通力を持つ凶悪な弾丸だ。


 しかし……その弾丸は玲人の体に到達する事無く、障壁で防がれた。玲人は徐に遠方の廃ビル屋上を見つめた。




 一方、狙撃銃のスコープで玲人を狙撃した伊藤はスコープに映る玲人の顔がまっすぐ自分を見つめているのを見て戦慄した。


 「……バカな、対物ライフルの射程ギリギリまで離れての狙撃だ。この距離でも気付くのか?」


 まさか、という思いで再度スコープに映る玲人を凝視する。その玲人は全くブレずに伊藤の事を見つめている様子が見えた。その様子を見た伊藤は背筋が寒くなった。



 普段の玲人は朴念仁で静かな少年だ。性格も穏やかで伊藤が恐怖を憶える事等有り得ない対象だ。寧ろ伊藤としては人生の先輩として面倒を見て上げたいと常々思っていた。実際伊藤は玲人の相談相手になっていたが……大体は空回りして志穂に馬鹿にされる事態になる。


 ……しかし。


 いざ、戦闘となるとスコープの先に見える玲人の何と恐ろしい事か。隻眼の真黒なスーツという見た目等で無い。対象を破壊する、殺す事だけを合理的に実行できる精密機械……それが伊藤が戦闘中の玲人に対する印象だ。


 こうして長距離から見つめる伊藤でさえ、抱く、この恐怖を直接相対する前原や沙希は一体どう感じているのか……そう考えると同情すら覚えてしまう。


 (……この姿こそ“隻眼”……殲滅兵器と噂される所以だろう……いずれにしても此処が気付かれている以上、ゆっくりとはしていられない……前回の様に針で逆に狙撃される。いくら小春君のバリアーが展開されているとしても銃を破壊されたら狙撃は出来ない。彼から死角となるポイントで支援するしかないな……)


 伊藤は前回の模擬戦で手痛い反撃を受けた事を思い返し狙撃ポイントの移動を決めた。



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