130)奥田と修一

 修一に促されて早苗は奥田に話す。


 「初めまして、奥田さん。私は貴方にも沢山“お話”したい事がありましたが、貴方の部下の安中さんと坂井さんに大体“聞いて”頂いたので、別にどうでも良いです。何より小春ちゃんのお蔭で、私の大切な家族は誰も居なくなったりしていませんので。

 ですが、もし、私の家族が1人でも失われる事が有ったのならば、私は……貴方を、ククク……どうしていたでしょうね? いいえ……別に貴方だけでは無く、そこの写真のお孫さん、かな? その子を含め……この国全ての人達に……平等に、私の苦しみを共有して頂いた事でしょう……必ず……

 うふふ、今の私にはそれだけの力が有るわ。そして、その気持ちは今も、変わらない……貴方がそこのお孫さんを大事に少しでも思うなら、そしてこの国の人間を守りたいと思うならテロなんかより、先ずは私以外の家族である修君と、玲君、仁那ちゃんの3人と……小春ちゃんを大切に守りなさい」


 早苗の恐怖を感じさせる強すぎる思いを感じた奥田は間髪入れず誓った。


 「八角早苗さん。奥田誠司中将として約束させて貰う。私だけでなく、この自衛軍は必ず、貴方を含む家族と石川小春さんの事を大切に守り続けると。この事は私の立場が代わっても遵守されるよう約束する」


 奥田は早苗の目を見て、力強く語った。当然、奥田の言葉は真剣で、一切の嘘偽りは無かった。早苗はその事を“心通”で確認しながら奥田に対し話した。表面上の言葉など初めから早苗は信用していなかったからだ。


 「いいわ、その約束、忘れないで下さいね。……もし、その約束を違えたら……私は必ず“やる”からね……」



 早苗の黄金色の瞳を見た、奥田は早苗が本気である事を十分に理解した。早苗が最初に目覚めた時にタテアナ基地で仕出かした事は報告を受けて知っている。

 その為、奥田は認識していた。早苗の脅威がテロ組織等より恐ろしい事を……本気になった時の早苗の力は自分を含め、自衛軍は防ぐ手段がない。だからこそ、真摯に対応すべきと奥田は最初から決めていた。


 奥田は、自分に言い聞かす様に早苗に返答した。


 「大丈夫だ、この約束が反故される事は今後絶対に無い。だから何の問題は無い」


 「ふふふ、貴方の決意と恐怖、確かに受け取ったわ……知ってると思うけど……私達には嘘は通用しないからね……あはは!!」


 奥田は、ここで突然笑い出した早苗に、正直強い恐怖を抱いた。この目の前の女は、もはやマトモでは無い。制御不能な怪物なのだ、と認識した。

 恐らく彼女は奥田が抱いているこの恐怖すら読み取り、楽しんでいる……そう思うと、年甲斐も無く背中に冷たい汗が流れた。恐怖を押さえようと奥田が自身の心を奮い立たせていると……



 「早苗姉さんダメだよ、ふざけたら。目上の人に失礼だよ? ……挨拶が遅れました、奥田さん。僕は八角修一。此処にいる早苗の夫で、玲人と仁那の父親です。いつも、息子と娘に暖かく接して頂いて本当に有難う御座います。

 僕は玲人と、意識が繋がってるから、奥田さんがどれだけ、玲人と仁那を大切にしていて頂いているかを分っている心算です。

 さっきは妻の早苗が嬉しくてふざけていましたが、早苗も同じ気持ちです。彼女と僕の意識も伝え合う事が出来るので分るんです。これから、僕達だけでなく玲人のお嫁さんになる小春ちゃんも此処でお世話になるみたいですが、何卒宜しくお願いします」



 そう穏やかに語る修一の言葉を受けて、奥田は思わず、叫びそうになった。


 “そうだ、この男が居たんだ、この小さな英雄が”



 奥田の中では、冷遇され孤独だった早苗を最後まで守り続けた修一の生き様は自分の心に深き刻まれ生涯忘れる事が出来なかった。奥田は二度と会う事が出来ないと思っていた男の存在に興奮した面持ちで修一に話し掛けた。


 「……八角、修一君……君に是非、会いたいと思っていた……君の勇敢な生き方は私の心を大いに奮い立してくれた。まずはその事に感謝したい。

 そして自衛軍の幹部として、君や君の奥さんである早苗さんが死亡した事、そして君の子供達の事、全てに私は責任がある。お詫びなど生ぬるい事等で片付く事では無いのは分っている。

 それでも謝罪させてほしい……本当に申し訳なかった。死して当然の老害だ。君達に此処で殺されても何も言わない」


 奥田の謝罪を受け取った修一は、困った顔をして早苗を見た。


 早苗は苦笑しながら肩を竦めて“心通”で“修君の好きなようにしたら?”と伝えてきた。修一は奥田に話し掛ける。



 「あの、奥田さん。僕達は貴方に何も謝罪して頂く必要は有りません。確かに僕達は殺されて体を失いましたが、こうして全員元気にしていますし、実行した人達は皆、報いを受け亡くなってしまいました。

 妻の早苗は今だ、許しがたい思いを抱いている様ですが、僕の考えは少し違います。僕は、過ぎ去った過去を見ていても仕方がないと考えています。

 謝罪など不要ですので、一緒に此れからをどう生きるかを考えて貰えませんか?」


 そう言って、修一は奥田に手を差し出した。奥田は、胸が一杯になり、目を赤くしながら修一の手を取って語った。


 「この老害、君を含む家族と石川小春さんに侘びながら、君の言う“此れから”を私自身が君達に何が出来るか熟慮しながら生きて行こうと思う」

 「ええ、是非此れからご指導お願いします」


 こうして、奥田は修一としっかりと握手して誓った。早苗は奥田に対し言いたい事が沢山あったが夫である修一を立てて、これ以上は何も言わなかった。



 そして修一は玲人に替わり、早苗は仁那に替わったのであった……早苗から替わった仁那は……いきなり奥田に抱き着いた。


 「じいじ!! 会いたかった!」


 そう言いながら仁那(体は小春)涙を浮かべて、奥田を見上げる。対する奥田はというと……


 「お前は……に、仁那なのか……?」


 震える声でそう言いながら、仁那の頭を撫でる。その瞳は優しく、涙によって濡れていた……



 「……それでね、私が陽菜にプレゼントしてあげたんだ! その大きなぬいぐるみ!」

 「そうか! それは凄いな、仁那!」


 仁那は小春と同化してからの出来事を楽しくて仕方ないと言った様子で奥田に話す。聞いている奥田は絶えず満面の笑みで頷きながら聞いていた。


 結構な間、二人はそうしていたが、時間が押している事も有り、玲人が仁那に話した。


 「仁那、積もる話も有るだろうが、中将閣下はお忙しい。そろそろ小春に替わってくれ」

 「うん、わかったよ、玲人。奥田じいじ、またね」

 「ああ、仁那、此れからはいつでも会えるな、楽しみだ」


 そう言って仁那は小春に替わった。



 「石川小春君、改めてお礼を言わせて欲しい。君が居なければ、間違いなくこの奇跡の出会いは無かった。本当に有難う」


 奥田は頭を深く下げて、小春に礼を言った。


 「いいいいえ、わたしは、その、好きにこうしただけで、ははい……」


 対して小春は慌てて変な返答をした。緊張している小春を見た奥田は、その緊張をほぐそうと自分の孫の話をした。


 「実は私には孫娘が居てね、丁度君と同じ年頃で、中学二年になるんだ」

 「そ、そうなんですか、中学二年生ならわたしや玲人君と同い年ですね!」


 小春は孫の事を嬉しげに話す奥田に対し、急に親近感が湧いてきた。


 「孫娘の写真が有るんだ。最近は中々気難しい所が出て来て、写真を取られるのを嫌がってな……その為、昔の写真だが……」


 そう言って、奥田は自分のデスクに置いてある写真を小春に見せた。

 

 「へー、是非、その子の写真見せて下さい……うん?……え?……えええぇ!?」



 その写真を見た小春は……驚いて絶叫した。驚いたのは周囲に居た玲人や奥田達だった。


 「どうかしたのか、小春?」

 「……たたた大変だよ、玲人君! こ、この子! わたしの親友のメイちゃんだよ!」



 奥田の愛してやまない孫娘は、小春の小学校からの親友である、山中メイだった……


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