129)駐屯地へ

 暫くして落ち着きを取り戻した4人は、小春の前で正座させられている。舅の修一も同様で、小春は容赦なかった。


 「……いい加減にして下さい、皆さん……今日は、何しに此処に集まったか分っていますか?」

 「ご、ゴメンね小春ちゃん」

 「済まなかった、小春……」


 小春が正座する4人に低い声で迫ると、舅(修一)と未来の夫(玲人)は非常に恐縮しながら謝ってきた。しかし諸悪の根源である二人は……


 「何って……ねェ? いくら私でも、此処では言いにくいわ……」

 「小春! さっきの花火、凄く綺麗だったよ! もう一回やって!」


 「…………」

 全く反省の色が見えない姑(早苗)と小姑(仁那)に対し、もう一度堪忍袋の緒が切れそうになり、花火を呼び出そうとしたが、玲人と修一が慌てて小春を制止した。


 「小春、仁那の件は俺が監督するから、花火は止めてくれ」

 「おおお落ち着いて、小春ちゃん、此処からは僕が早苗姉さんをフォローするよ」


 こうして、修一と玲人が仕切り直して、明日の事を早苗に注意する事になった。色んな事が有り過ぎて何の為に此処に集まったか、皆忘れがちだが明日の模擬戦前に会う奥田中将に早苗が暴走しない様注意する事が目的だった。


 「……と言う訳で明日は模擬戦の前に奥田中将と小春達は会う訳だが……母さん、奥田中将に乱暴は止めてくれ」

 「あら、心外ね、玲君。私は今まで誰にも乱暴はした覚えはないわよ? “挨拶”程度の事ならチョットした覚えは有るけど」

 「その挨拶が問題なんです! とにかく明日会う、奥田さんって人を縛ったり放り投げたりしないで下さい!」

 「穴を開けて落とすのは?」

 「き、聞くまでも無いでしょ!」



 早苗の屁理屈に小春がイラッとしながら応えていると、仁那が早苗に訴えた。


 「お母さん……奥田じいじ、イジメたら、ダメ、だよ?……」


 そう言う仁那は目に涙をいっぱい溜めている。奥田は血こそ繋がっていなかったが、玲人と仁那の祖父代わりだった為、仁那は奥田の事が大好きだった。容姿と心が十歳未満のなった仁那の涙目を見た早苗はというと……


 「可愛い!! 可愛すぎる! 私の娘は! 何て破壊力なの!? マイ天使キター!!」


 涙目の仁那の頬に顔を寄せてスリスリしている。


 仁那にスリスリしている早苗を微笑ましく見ていた小春だった結構な時間が経過しているが一向に辞める気配がしない早苗に、不安を覚え問い掛けた。


 「……あの、早苗さん……奥田さんの事、ちゃんと分っています?」

 「うるさいわね、今いいトコなんだから後にしてくれるかしら、小春ちゃん」


 早苗は相変わらずスリスリしている姿に小春は徐々に堪忍袋の緒がプチプチ音を立てている事を聞いていた。そんな中、修一が口を開いた。


 「ダメだよ、早苗姉さん。僕との約束を守ってね」

 「うん! 修君が言うならその人に何もしないよ!」


 修一が介入した事で、あっという間に明日の懸念は解決した。小春はそんな早苗の様子に長い溜息と同時にドッと疲れてしまったが、最後に玲人に頭を撫でて貰って、一瞬で超元気になった。


 こうして明日の最大の懸念事項は解決し玲人達はシェアハウスを出て行くのであった。



 そして迎えた次の日、玲人は朝早くに出かけて行った。小春は玲人を見送った後、身支度をして薫子と坂井梨沙少尉の迎えを待った。今日は母恵理子は仕事で不在で、妹の陽菜は友達とプールに行っていた。祖母絹江は近所の公民館でお茶会が有るらしく先ほど出掛けて行った。


 そんな訳で小春は一人だったが、今日の事を考えると、どうにも落ち着かない。玲人は“心配する事は無い”と言ってくれたが、基本小心者の小春はこの様な初体験イベントは苦手だった。


 暫くして“ピンポーン”と呼び鈴が鳴り、小春が出迎えると其処には薫子と梨沙が玄関に笑顔で立っていた。


 「小春ちゃん、お早う! 今日は宜しくね」


 梨沙はそう言って自慢の愛車に小晴を促した。後部座席に乗った小春の横に薫子が座り小春の手を握って小春を元気づけた。


 「小春ちゃん! 大丈夫よ! ずっと私が横に居るから心配いらないわ」


 薫子は小春が不安がっている事を玲人から聞いている様だった。


 「有難うございます、薫子先生。今日は宜しくお願いします」

 「小春ちゃん、あたしも付いてるから問題ないわ。小春ちゃんは危険が無い様にあたしと一緒に後方の作戦指揮車に乗って貰うから怖い事は何も無いよ!」

 「坂井さん、心配して下さって有難うございます」



 そんな事を話しながら坂井が運転するSUV車は駐屯基地へ着いた。

 

 小春は所定手続きを行った後、小春は支給された制服に着替えた。小春は基本的には前線に出る事は認められていないが今回は模擬戦の支援実験という事で正規の制服が与えられた。


 制服に着替えた小春は、そのまま奥田がいる執務室へと薫子と一緒に坂井に連れて行かれた。


 「失礼します」


 梨沙が普段と打って変った殊勝な態度でそう言って奥田が居ると言う執務室のドアをノックする。


 「……入りたまえ」


 中から、静かだが威厳に満ちた声が響いた。


 「し、失礼します」


 小春が緊張した声で言いながらぎこちない様子で執務室に入ると、顎には白髭を生やした体格のいい初老の男が座っている。軍服を着ていて、威厳が感じられる男だ。

 執務室には、安中と玲人が居た。玲人は軍服を着ていたが、玲人の若さとは裏腹に実に様になっていた。長い軍歴がそうさせるのだろう、自信に満ち溢れている姿だ。

 小春は一瞬、玲人の姿に見とれたが、初老の男が小春に挨拶をして来たのですぐに我に返った。


 「中部第3駐屯地へようこそ、石川小春君、良く来てくれた。私は奥田誠司中将という。ここに居る玲人と君の中に居る仁那とは10年近い付き合いだ。君の事は其処に居る安中や坂井から良く聞いてる。仁那を救ってくれたそうだね。本当に有難う」


 そう言って奥田は小春に握手を求めた。小春は慌てて差し出された武骨なその手を握り返した。


 「は、は初めまして、石川小春です。き、今日は宜しくお願いします」

 「今日は君、いや君達の能力を確認させて貰う為に来て頂いた訳だが……その前に、君の中に居る早苗さんと仁那に会わせてくれないか」


 握手をした奥田は小春にそう言ってきた。小春としては仁那は全く問題ないだろうが、早苗の方が本当に大丈夫かと心配してしまう。


 「す、少し待って下さい」


 小春は奥田にそう言って自分の中に居る早苗と仁那に聞いてみた。


 (早苗さん、奥田さんが会いたいって言ってますけど、その、大丈夫ですよね? 仁那も問題ない?)


 “大丈夫よ! 小春ちゃん、修君と約束してるから流石に何もしないわよ”

 “小春ー! 早く替わって! じいじと話したいよ!!”


 (分ったわ、二人ともくれぐれも暴れたりしないで下さいね)


 頭の中で二人と話し合った小春は、チラリと軍服姿の玲人を見遣る。すると玲人も小春が何を言いたいか分っている様で、力強く頷いている。


 「ふぅ、あの、お、奥田さん。それじゃ最初に早苗さんに替わります……」



 そう言って小春は目を瞑って、早苗に替わった。玲人も同様に修一に替わった。早苗が暴れた時止めて貰う為だ。


 早苗は、玲人から修一に替わった事に気付き、すぐに寄り添って手を握った。


 そして奥田の事等眼中にない様子だったが横に居た修一が早苗に苦笑して目で合図したので仕方なく奥田に挨拶した。



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