128)姉弟ケンカ

 そんな中、お子様仁那が空気を読まず突然言い出した。


 「小春がヘタレなら私が、玲人と一緒に居よう!」


 そう言って玲人に満面の笑顔で引っ付いた。とは言ってもシェアハウスの中の仁那は容姿が10歳未満で小さな子そのままだった。


 「…………」



 小春は複雑な思いで仁那をジト目で見つめる。舅の修一は一番頼りになりそうだが、巨大猛獣姑の早苗に基本言いなりだし、猛獣小姑の仁那はお子様で食い気と思い付きで行動し小春の応援は困難だ。肝心の玲人は肉弾戦では頼りになるが、朴念仁の為に嫁姑問題では無能だ。


 しかし、健気さでは1万3千年の歴史がある小春はこんな事では挫けない。

 

 どうやって巨大猛獣姑の早苗の鼻を明かしてやろうかと考えていると……



 「……そうであった……貴様にはデコピンの恨みが有ったな?……弟よ……フハハ、三倍返しにしてやるわ!」


 突然仁那が身をひるがえし、戦いの姿勢を取った。どうやらデコピンの事を思いだしたらしい。両手はデコピンをいつでも繰り出せるよう中指を丸め、両手を頭上に上げておかしな構えを取っている。


 「……止めておけ、仁那。俺は強いぞ?」


 そう言って玲人はゆらりと立ち上った。玲人も戦いに応える気らしい。


 「ちょ、ちょっと、どうしたの二人とも!いきなり何で姉弟ケンカ始めちゃうの!?」

 「……止めるな、村の娘よ……姉として、奴の覇道を此処で止めねばならぬ!」

 「心配するな、小春。どうせ俺が勝つ。デコピンで目を覚まさせて(アニメの妄想から)やろう」

 「えええー……早苗さん、何か始まっちゃいましたけど、二人とも大丈夫でしょうか?」


 問われた早苗は何でも無い様に小春に応える。

 

 「いいのよ、放って置いて」


 そう言って早苗は戦おうとする玲人と仁那の為に意識の場を広げ、大きな闘技場を生み出して其処に二人を立たせた。



 言葉を発せず静かに両者は笑みを浮かべながら睨み合っていたが、やがて、仁那が先手を打った。

 

 先手は仁那からだった。一瞬で玲人の懐まで潜り込み、玲人の額にデコピンを喰らわすべく右手を突き上げた。


 “ドシュッ”


 しかし、玲人は軽くスェーバックして躱し素早くバックステップで後方に距離を取った。仁那も同様に距離を取り、仕切り直した。


 仁那は小さな子供の姿だったが、敏捷性が素晴らしく、素早い動きで玲人を翻弄し時にはバク転や、宙返りをして飛び回っている。

 攻撃も目には留まらぬ連続攻撃で、アニメの影響だろうか、意味不明な叫び声を上げて攻撃している。


 「砕け! 豪天爆山脚!!」


 “ギュン!”


 そう叫んで仁那の繰り出したのは、上段の前蹴りだったが格闘技に詳しくない小春が見ても恐るべきキレだった。空手部の先輩である吉岡より遥かに強いだろうと小春は感じた。

 対する玲人も、仁那の繰り出す技を余裕で返し、全く慌てていない。逆に攻撃もせず流すだけで仁那の攻撃を対処出来る様子より、恐らくは仁那よりも実力は遥かに上だろう。


 全然本気を出さず、微笑を持って躱したり受け流す姿が仁那を熱くさせるのだろう、戦いは激しさを増し、デコピンの事等両者は忘れ、唯、目の前の戦いに没頭していた。


 「ちょっと、早苗さん! 二人を煽ったらダメじゃないですか!?」


 小春が早苗に抗議すると、修一が静かに小春に説明した。


 「良いんだ、小春ちゃん。あの二人を好きにさせてやってくれないか?」

 「え? どういう事ですか? 修一さん」


 小春は修一の話す意味が良く分らなかったので聞き返した。ちなみに小春は流石に見た目が自分とさほど、変わらない修一をお義父さんと呼ぶ勇気は無かった。


 「初めてなんだ……あの二人が、あんな風にケンカ出来るのは」

 「……あ」


 小春は漸く、修一の言う意味が分った。仁那は生まれてから動ける体が無く、タテアナ基地で閉じこもっていた事を思いだした。

 その仁那があんな生き生きと元気そうに飛び回っている。本当に楽しそうだ。そして其れは仁那だけでなく相手している玲人も同じだった……

 


 そんな楽しそうな仁那と玲人の戦い合う様子を小春は一人で見ていると、誰かがそっと左手を取ってクイっと引っ張る。

 小春が引っ張られた方を見ると、修一にしな垂れながら仁那と玲人の姉弟ケンカを見つめる早苗が微笑みながら小春を手を取った。そしてそっと、小春を自分の横に引き寄せて右手を小春の肩に置いた。


 対する小春は早苗が何が言いたかったのかを察し、3人で静かに微笑みながら姉弟ケンカを眺めるのだった……



 どれ位の時間が立ったのだろうか、結構な時間が過ぎたが姉弟ケンカは収まる様子は無く激しさを増している。険悪な雰囲気は無く、寧ろとても楽しそうだ。仁那だけで無く玲人も……しかし、二人が繰り出す技は、どんどん危険なモノになっている。


 仁那は叫び声を上げて玲人に飛び掛かる。


 「砕け散るがいい! 爆豪波撃!!」


 “ドン!”


 仁那が放ったのは接近戦による膝蹴りだったが、玲人の急所を的確に狙って恐ろしい速度で放たれた膝蹴りは玲人にクリーンヒットしたかに見えた。しかし、玲人は此れを仁那以上の速度で出した膝蹴りで受けて返した。


 「ウワッ!」


 返された仁那はバランスを崩し後ろにのけ反って倒れそうになったが、すかさず玲人が支えに走り、そして……


 「アイタッ」


 支えながら隙だらけの仁那のおでこにデコピンを決めた。しかも結構、強めに……


 「ううぅ……痛い……おのれぇ、弟の分際で調子に乗りおって! この豪一郎、決して引かぬ! フハハ! 奥義でもって貴様を倒す!!」


 そう言って距離を取った仁那は両手を引いて双手突きの構えを取った。


 違うのはその握りしめた拳が白く輝いている事だ。仁那が両拳に意志力を込めているのだ。テレビアニメでは豪三郎が必殺奥義として双手突きの構えから気を放ち敵を薙ぎ倒す技だった。仁那は其れを実体化しようとしていた。


 「喰らえ! 奥義! 豪竜双牙拳!!」


 そう言って双手突きを非常に鋭く放った。その拳から真白い光球が二つ超高速で放たれて、玲人に直撃した。


 “ゴガアン!!”


 そんな爆発音と共に玲人は火球に包まれ、大変な事になっている。

 


 其れを見ていた小春は慌てふためき、大声で叫ぶ。


 「れ、れ玲人君!! 仁那! やり過ぎよ!」

 「落ち着きなさい、小春ちゃん。此処は意識の世界よ、どんなに大暴れしたって怪我なんかする事無いわ。まぁ、アーガルムで有る私達は現実世界でも同じ事が出来るでしょうけど、とにかく此処では何をしたって大丈夫よ。 其れに忘れたの? 仁那ちゃんの相手してるのは、あの玲君なのよ?」


 そう言って早苗が視線を玲人の方へ送ると、早苗の指摘通り、玲人が障壁を展開し全く問題なく佇んでいる。


 「素晴らしい技だ、仁那。是非、明日の模擬戦でも試してくれ。まぁ俺には効かんが」

 「ぐぬぬ、弟の分際で……古来より姉には弟は絶対服従と決まっておるわ! 負けてプリン捧げ続けろ!」

 「プリンはどうでも良いが負ける訳にはいかん」


 そう言って玲人と仁那は不敵な笑みを浮かべて睨み合い、戦いが再開された……



 戦いが終わりそうにない状況を見た小春は流石に拙いと思い、二人に叫んだ。


 「仁那! 玲人君! 落ち着いて! もう終わりにしましょう!」


 しかし二人は獰猛な笑みを浮かべたまま、戦い続ける。埒が明かないと思った小春は横に居た早苗に助けを求めようとすると……


 「ま、まずいよ、早苗姉さん……皆が居るよ?」

 「大丈夫よ……今、子供達は遊びに夢中になってるわ……約一名、お子さまが居るけどその子には大人の世界を見せつけて上げましょう?」


 小春が早苗の方を振り返るとコタツでおかしな雰囲気になっている猛獣(早苗)と羊(修一)の姿が居た。そして小春の背後では、玲人と仁那が激しく争いを続けている。



 “ブツン!”



 小春は頭の中で堪忍袋の緒が切れる音を確かに聞いた……


 「…………」


 小春は無言で白く光った右手を差し出し、先日河川敷でみた大玉花火を2つ呼び出し、姑(早苗)と小姑(仁那)の方に其々投げ込んでやった。


 “ドッパアアアァン!!”


 そんな大玉花火の炸裂音共に、シェアハウス内に花火の大輪が咲いた……

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