13章 彼氏の職場へ
126)準備
夏祭りから暫く立った真夏の昼時、仁那は小春に体を借りて、食い入るようにテレビを見ていた。
仁那の横には小春の妹の陽菜が苦笑しながら付き合っている。仁那が見ているのは最近超お気に入りの“唸れ豪拳! 豪三郎覇王伝説!”というアニメだ。
主人公の豪三郎が最凶拳法家の兄に都から追い出された所で老師に拾われて弟子入りして、やがて極めた豪拳で、兄が差し向ける刺客を薙ぎ倒し都を取り戻す、という物語だった。
大昔のカンフー映画に良く有る様なシチェーションだったが仁那は此れにすっかりハマり、最近では豪三郎や敵キャラの口調で話すのが彼女のマイブームだった。ちなみに玲人もリビングに居るが仁那押しのアニメには全く興味が無い様だ。
テレビに食付いている仁那の横には、高さ30cm程のアンドロイドがテーブルの上に立っている。女性型に似せられた造形で、弘樹がニョロメちゃん憑依実験用に用意してくれたものだ。
この時代のアンドロイドは精巧な作りをしており、人間の動きを再現する事が出来た。小型のアンドロイドの額部分にはニョロメちゃんが憑依済みである。
その為、仁那がテレビの豪三郎の動きを真似て、仁那が技を繰り出すと……
「必殺! 破岩豪拳!!」
主人公の豪三郎が右正拳突きで岩を割るシーンを見て、仁那も豪三郎と同じ掛け声を出して右正拳突きを出す。実に見事な突きだった。
“ピッ!”
すると小型のアンドロイドも作動音を出しながら全く同じ動きをする。非常に滑らかでまるで生き物の様だ。
次にテレビの中の豪三郎が技名を叫びながら中段回し蹴りを決める。
「食らえ! 裂断旋風脚!!」
仁那も同じ様に叫びながら中段回し蹴りを真似た。非常に綺麗な型だ。
“ピピッ!”
アンドロイドも仁那と寸分違わぬ動きを繰り出した。アニメも放映が終わり、仁那が余韻に浸っていると陽菜がおやつのプリンを配りながら注意する。
「ダメですよ、仁那ちゃん。部屋で暴れたら」
「……暴れてなど、おらぬ……ただ、目の前の枝を払ったに過ぎぬわ、フハハ……」
陽菜の小言に仁那はアニメの豪三郎の宿敵、長兄豪一郎の真似をして答える。仁那の中では結構お気に入りだった。
「馬鹿な事言ってると、おやつのプリンあげませんよ」
「…………ぐぬぬ、何と卑劣な……我は、脅しに乗らぬ! 玲人! 貴様の、プリンを我に、我に寄越せぇ!」
そう言って仁那は玲人からプリンをカツアゲした。陽菜は仕方がないので仁那の分のプリンを玲人に廻そうとしたが、玲人は笑顔で断り、結局余ったプリンは陽菜と仁那で仲良く食べた。その席で玲人が仁那に明日の予定に関して準備が出来ているか聞いてみた。
「所で、仁那。明日は駐屯基地に行く日だが、準備出来ているのか?」
「……我を舐めるな……こうしてアニメで修行しておるわ……明日は、覚悟するがいい……弟よ、姉との差を見せつけ……アイタッ」
玲人は仁那の豪一郎モノマネが少しウザくなったのでデコピンで黙らした。デコピンを喰らった仁那は涙目でうずくまっている。
「……くっ不覚……今日の所は勝ちを譲ろう……生意気な弟め、明日はお前をこの姉が泣かして……アイタッ」
二回目のデコピンを喰らった仁那は半泣きの状態で陽菜にお休みを言って小春に替わった。
「もう、また急に替わって……あれ? 何か……おでこが痛い。玲人君何か知ってる?」
「い、いや。仁那が暴れてぶつけたんじゃないか?」
「そうなの? まぁいいか……」
「……ふぅ、何とか誤魔化せたな……? どうした? 陽菜」
おでこを摩って不思議そうな顔をする小春から顔を背けて呟く玲人だったが、横から陽菜にジト目で見られている事に気付いた。
「……デコピンの事は今度一緒に買い物に付き合ってくれたら黙っててあげます」
「……承知した」
仁那から小春に替わった事で、アニメの鑑賞に付き合わされていた陽菜は玲人との買い物の約束を取り次ぎ満足しながら自室へ戻った。小春と玲人は明日の件についてリビングで話し合っていた。
「……明日の準備? 特には考えて無かったけど、アンちゃんを使う為にニョロメちゃんの練習なら、この“ゴマメちゃん”で欠かさずしているよ? 弘樹さんから、アンちゃん3体何とか間に合ったって連絡あったし、上手く使えないと怒られちゃうからね」
玲人は、仁那と替わった小春に改めて明日の件について聞いてみた。小晴達は明日、小春達の能力確認の意味と特殊技能分隊との連携を確認する為に駐屯基地に呼ばれていたのだった。
ちなみに“ゴマメちゃん”とは小さい子を意味する言葉でこの小さなアンドロイドを指していた。
「そうか、準備が出来ている様なら問題ないな。明日、俺は先に駐屯基地に行く必要があるから、小春達は坂井少尉の迎えの車で基地に来てくれ。其れと明日の検証には薫子さんも立ち会うらしい」
「へーそうなんだ。一緒に行けるのかな」
「ああ、薫子さんは小春と一緒に坂井少尉の車に便乗すると言っていた」
「そうか、それは良かった! それでも……うー、なんか緊張するな……軍の人達に怒られたりしないかな……」
「そんな事は絶対無いぞ。もしそんな事態に為ったら俺が間に入り、小春に嫌な思いはさせない」
「……うん! あ、ありがと……」
小春の不安から来る呟きに対し、すかさず玲人が安心させようとする行動が小春にとっては刺激が強すぎて顔を真っ赤にして俯きながら呟くのがやっとだった。もっとも玲人はいつもの通り、何も考えていないから出来る事だったが。
此処で玲人が懸念している事を小春に相談した。
「ところで小春、明日の事だが……小春の能力を確認する為、模擬戦をする事は知ってるだろう?」
「……うん、わたし達は坂井さん達と一緒に、何か箱みたいな車乗って玲人君達と試合するって言ってた……」
「そうだ、模擬戦自体は何の問題は無い。小春は後方の作戦指揮車に乗って支援するだけだから……その、問題はその前に君は奥田中将閣下と面談する事になってるが……」
「もしかして……そっそそ、その人、スッゴク怖いとか!?」
玲人は小春が身を乗り出して、身構えながら聞いてくる小春が可笑しくて笑いながら返した。
「ハハハ、違うよ、小春。奥田中将閣下は俺や仁那、そして君の様な子供に対してとっても良くしてくれるいい人だ。俺も会った事は無いが俺達と同じ位の孫娘が居るらしく、其れも有って俺や仁那が小さい時から色々面倒見て貰ってる。仁那も大好きな人だ。その人は全く問題ない、問題が有るのは……俺の母さんだ……」
「…………あー……」
小春は玲人が何を懸念していたのか良く分った。そしてその危険度も。
早苗が初めて覚醒した、あのタテアナ基地での出来事だけでも思い出すのも恐ろしい事を早苗は仕出かした。
薫子を殺害しそうになり、タテアナ基地に居た自衛軍30名程を一瞬で這いつくばらした。坂井を転がせて怯えさせ、そして安中を殺そうと迫った。本気かどうかは別にして、本当に恐ろしい事を仕出かしている。
……しかも、小春の体である事を知りながら全裸で玲人に抱き着き、ディープキスを何度も――
小春はそれらの黒歴史(小春が仕出かした訳では無い)を思い出し……
「グワー!! なんっなの! わたしの中に居るこの! 超危険猛獣はー!!」
「……大変申し訳なく思う。深く陳謝するしかない……大御門家として……何と言ってお詫びをすればいいか……息子として……」
玲人が突然、機械の様に小春に侘びて来たので小春は現実を取り戻した。
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