123)円卓の議(お館様)

 ウォルスの問いにルクートと呼ばれた赤毛の男は静かに口を開く。


 「……ああ、都市部の復旧は終了し防衛体制も整った。武装は不完全だが……取敢えず守護兵だけは大量生産させている。また転移機能も復旧はまだだ。その辺りはラシュヒとシャラスが自分の部下達と一緒に、今もやってるトコだ。アガルティアの機能完全復活にはまだ、だいぶ掛かるな。俺もコレが終わったら奴らと合流する」


 赤毛の男、ルクートはウォルスに対し、そう言って連絡を終えた。度々話題に上がるアガルティアとは、彼らが故郷とするアーガルムの国の様だ。


 「……報告は聞いてはいたが、此れだけ掛かるとは……忙しい所すまん、ルクート。次にリジェ、マールドム達の動きはどうか?」



 「あいよー、こっちはマジつまんねーよ。ウォルス……お前、恨むぜ! マールドムのカス共は弱い癖にセコイし、やる事汚ねぇし、ムカつくし……いいトコねェじゃん!」


 「オイ、リジェ。そんな事は誰も聞いていない。状況を言え、状況を」


 リジェの愚痴に対し、ガリアが突っ込む。


 「アタシの状況を説明してんだよ! ……ちっ まぁいいや。えーと、アレだ……こっちの狙い通り、アイツ等は“雛”だけ狙ってる。そろそろ何かすんじゃねーか? それと……奴らが、邪魔なアタシとドルジを殺そうと狙ってんだ」


 「はぁ? 何だソレ? アッハハハハ!! 傑作だな! オイ!?」


 リジェのどうにも面白く無さそうな呟きに赤毛のルクートはバカバカしくて大笑いした。アーガルムの12騎士長であるリジェとドルジをマールドム達が真面目に殺す算段をしているのが笑える様だ。他の騎士達も皆、失笑している。


 「散々、笑いやがって! だから嫌なんだよ! あの現場は! オイ、ルクート! お前アタシと替われよ!」


 「いやー笑ったわ……何だかんだで、楽しそうな“職場”だな! でも、リジェ。お前は俺の代わりは出来ないぞ。俺の今の役目はアガルティアの復旧だ。俺は繊細な意志顕現力の発現を得意としているが……対してお前は、ぶった切るのとぶっ刺す専門だろう?」


 リジェのぼやきにルクートは冷静に返答した。ルクートの見事な回答がよほど的を得ていた様で他の騎士達も頷いて納得している。


 リジェの相棒のドルジですら……



 「ぐぬぬ……何も言い返せねぇ……」


 「ははは、リジェ、そう言わず耐えてくれ。其処の現場も大切だ、“あの御方”にとってはね。

 我らの為に戦い続け、壮絶な最後を経て転生し“雛”となった“あの御方”の、力と記憶を呼び戻すには“リハビリ”が必要だ。さっきまでの説明の通り、民と国家の再興に我等は動けない。

“あの御方”の最後の下知により我らはマセス様の守護とアガルティアの民と国家の再興が最優先事項だ。我等、“あの御方”に仕える騎士としては完全に順序が逆だが、厳命されている以上断腸の思いで応えるしかない。忠順の意志を忘れない騎士である君なら、其処の現場の重要性が分る筈だ」


 「……ちっ 相変わらず、靑くせー説明だな、ウォルス! んなモン分ってるわ!! “彼”の為なら、汚ねェマールドムであろうが一緒に踊ってやらぁ!」

 「……うむ! 任せておけ、ウォルス」


 リジェはウォルスの説得で漸く納得し、今まで一言も発しなかったドルジも感じ入る所が有ったのか力強い返事を返す。



 「……済まない、二人とも。面倒だが耐えてくれ……次にガリア……肝心の“器”と、“雛”の現状を教えてくれないか」

 「ああ、ウォルス、今見せよう」


 そう言ってガリアは目を瞑り右手を差し出した。すると、円卓の真ん中に球体が現れその球体に玲人と小春の映像が映った。最近の映像ばかりで、ついさっきの夏祭りの映像も有る。ガリアが見た二人の姿が記憶から映像記録として投影されている様だ。


 「……お館様……」


 映像を熱心に見ていたウォルスが玲人を見て懐かしむ様に呟いた。どうやら、玲人の中に居る“彼”は彼らの主で有った様だ。12騎士長の中で忠義心が特に高いウォルスは記憶と力を全て忘れてしまった“雛”である玲人であっても主君である事は全く変わらない様だ。

 その気持ちは玲人に対し絶大な忠誠心で仕えるカナメにも負けない自信がウォルスにはあった。


 ウォルス達がガリアの記憶映像を見ていると、そのカナメから発言が有った。



 「……皆に見て欲しい記憶が有る。“彼”と同化している“混ざりモノ”についてだ」

 

 カナメはそう言って、ウォルス達に、今日の神社奥で修一と早苗が不良達を蹴散らす記憶映像を見せた。


 「皆に見せた理由、分ってくれた?」


 「ああ、“雛”である“彼”よりマールドムの混ざりモノの方が上手く意志顕現力を使えているな……“器”の方も同じ傾向か……」


 いち早くカナメが言いたい事が分ったルクートがすぐに答えを言った。


 「コレ、危険じゃないの? マールドムの魂の方が“彼”の魂を侵食して全く違う人格になるんじゃない?」


 心配性なアルマが記憶映像を見て呟く。其処に透明な少女アリエッタが意見を言った。


 「大丈夫です、アルマ卿。その心配は杞憂です。過去事例で今回の様に傷ついたアーガルムがマールドムや他のアーガルムの魂を取り込む事は有りました。

 その場合必ず、密度の濃い魂つまり強い方に吸収される事になります。今回の場合、アーガルムの“あの御方”が圧倒的に密度が濃く、マールドムの少年の魂が密度の弱い方に該当しますので、“あの御方”の魂が侵食される事は有り得ません。

 また、薄い方の魂は消滅される訳では無く意識や記憶を濃い方に移す事になります。つまり、この映像の“あの御方”に宿る意識は、既にマールドムでは無くアーガルムです。

 その為、元マールドムの彼が意志顕現力を自在に発現出来るのです。マールドムの少年が、“雛”の少年より意志顕現力を上手く使えるのは、素質と“あの御方”との親和性でしょう」


 アリエッタはその様にアルマに説明した。アルマは納得した様だが別な質問を行った。

 

 「有難う、安心したわ、アリエッタ。所で“雛”の少年は今後どうなるの?」


 「お答えします、アルマ卿。“あの御方”の転生体である“雛”の少年は“リハビリ”の結果により時間は左右されますが、やがて少年の自我を保ったまま、“あの御方”の力と記憶を取り戻すでしょう。

 尚、取り込まれたマールドムの意識は、長く転生を繰り返す内に“あの御方”の魂と完全に同化し“あの御方”でありながら、新しい知識と特性を備えた魂に進化するでしょう」


 「分ったわ、“雛”の少年は消えてしまう事は無いのね。有難うアリエッタ」



 今まで黙ってアリエッタとアルマのやり取りを聞いていたルクートが問い掛ける。


 「アリエッタ、今度は俺から質問だ。本来、密度の濃いマセス様の転生体の方にエニの意識は移る筈だが、マールドムのエニの魂が支配的になっているのは不思議だ。

 用意させたマールドムがエニの転生体だったと知った時は大いに驚かれたが、エニは元々マールドムの戦災孤児で、それをマセス様が拾われ自分の娘として育てた。

 しかし魂の強度としては圧倒的にマセス様の転生体の方が強かった筈だ。結果的にはエニもマセス様の転生体も安定し大成功だった訳だが、我々の当初の予想と外れた理由が分らない。気分を害したら済まない……」


 ルクートは気になった事を遠慮なくアリエッタに尋ねる。ルクートがアリエッタに謝ったのはかつてエニとアリエッタは種族は違えど親友だったからだ。


 「はい、ルクート卿。私もエニとマセス様の状況をラシュヒ卿と共に注意深く調査させて頂きました。結果、判明した事はエニとマセス様の場合はマセス様のご自身の意志力でエニと同化する事を望まれた様です。

 元より、マセス様の魂はあの最後の戦いにて激しく魂を損傷したにも関わらず、“あの御方”を救う為に自らの魂の大半を“あの御方”に捧げられました。

 残ったマセス様の魂は極めて不安定で、いつ霧散しても不思議では有りませんでした。

 “あの御方”の最後の下知によりマセス様の守護を命じられていた我々は、覚醒後に適切なマールドムの魂を同化の材料に“選んだ”訳ですが、我々の謀などあっさり超越し、全く予想外な事に選んだ器は、エニの転生体でした……此れこそ天の導きによるものとしか思えません……」


 此処でアリエッタは感極まった様で、涙を流し目を瞑り黙ってしまった。

 


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