12章 アーガルムの騎士

121)アジト

 そんな事を考えながら適当に絡まれた少年の相手をカナメがしていると玲人が声を掛けてきた。


 「カナメ、お前も怪我が無いか? あの男に殴り掛けられそうになっていたが……」

 「大丈夫だよ、カドちゃん。所であの人達どうする?」


 玲人に心配され問われたカナメは、自身の状況を誤魔化す為、3人組の事について話を振った。



 「……そうだな、其処に被害者が居る以上警察に報告する必要が有るだろう。仕方ないな、俺が安中さんに電話をして……」

 「その必要は有りません」


 玲人がカナメに話していると、神社の林の奥から一組の男女が現れた。黒スーツ姿で、男の方は夜なのに顔にサングラスをしている。


 その二人を見た玲人は……


 「なるほど、小春の護衛か……」

 「その通りです、大御門准尉。我々は24時間体制で石川技官とそのご家族の護衛を務めいています」


 突然現れた男女に、晴菜が驚いて玲人に質問する。


 「大御門君、この人達一体誰?」


 問われた玲人は、晴菜とカナメには自分達の事情を伝える訳にいかず、どう伝えようか思案していると……


 「カドちゃん、この人達、カドちゃん所の叔父さんの知り合いとか?」


 またしても、カナメのフォローが入り、玲人は其れに便乗した。


 「ああ、そんな所だ、カナメ。此処は貴方達にお任せして良いですか?」

 「ええ、我々は状況を逐一確認していました。石川技官の護衛は人員を割きますので、この場はお任せ下さい。関係部署に関しては我々から連絡し彼らの処遇も対応させて頂きます」

 「有難う御座います。さぁ、皆、行こう」


 玲人は事後処理を小春の護衛達に任して、神社奥から、皆を連れて立ち去った。



 其処からは、玲人と小春、晴菜とカナメの4人で改めて屋台を廻り、最後に河川敷で行われる花火大会を4人で見た。花火大会は小規模ではあるが、見応えがあり夏祭りを締め括るには十分だった。


 玲人と小春は、自分達が見ている途中で、玲人は修一と替わり、小春は早苗と仁那にそれぞれ替わった。修一と早苗は肩を寄せ合いながら打ちあがる花火を感慨深げに見ていた。


 そんな二人の様子を見た、晴菜は負けてられないと内心、静かな闘志を燃やしていた。早苗の後替わった仁那は、大興奮でまるで小さな子供(実際そうだが)の様にはしゃいで楽しんでいた。


 最後に玲人と小春に戻り、ラストのナイアガラと大玉で夜空を美しく照らし、小春は幻想的で美しい花火と心を奪われると共に、花火を見つめる玲人の横顔にも魅せられていた。



 やがて花火大会は終了し小春達4人は帰路についた。カナメと晴菜は小春達と帰る方向が違う為、小春と玲人は沢山のお土産を抱えながら二人で持ち合って帰って行った。


 残されたカナメと晴菜は連れ添って歩いている。晴菜はまだ、カナメの手を握っている。二人の間に言葉は無かったが晴菜は鼻歌を歌いながら上機嫌だ。対してカナメは自身の迂闊な行動を猛省していた。



 (……まさか、小春ちゃんの護衛に気付かずに棍を顕現させるとは……何やってるんだろうか、僕は……でも、あの時……どうしても見過ごす訳にはいかなかった。

 あー! 何でこの子は弱いくせに突っ込んで行くかな!? マールドムのくせに……本当にアイツみたいだ……アイツもあの時、殺されそうな僕を庇って……自ら……)


 カナメは考え出すと気分の落ち込みが抑えられなくなった。今日の晴菜の態度が、言動が、どうしようもなくあの時の光景を思い出させるのだ……

 カナメは晴菜に気付かれない様に、そっと横を向いて夜空を見上げた。溢れる涙を見せない為だ。

 ……しかし、晴菜はそんなカナメの様子を寂しげに見つめた。



 カナメは女の子である晴菜を自宅傍まで送って行った。神社奥であんな事件に巻き込まれたばかりだ。流石に一人で帰らせる訳にいかないとカナメは考えたのだ。


 「其れじゃ、晴菜ちゃん。僕は帰るよ」

 「……うん、カナメ。送ってくれてアリガト」

 「じゃあね! また遊ぼう」


 そう言って手を振って帰路につくカナメの何かに耐えている背中を見て、晴菜は堪らず声を掛ける。


 「カナメ!」


 突然呼ばれたカナメは、少し意外そうな顔をして晴菜の方を振り返って見る。


 「……どうしたの、晴菜ちゃん?」

 「や、約束! 忘れんな! あたしの……」

 「……? 約束って?」

 「あたしの、晩ごはん! 食べるっていう約束……忘れないで!」

 「……うん! 是非、今度ご馳走になるよ」


 其れだけ答えてカナメは晴菜の家から去っていった。



 カナメは夜道を一人歩きながら、晴菜の言葉を受けて考えていた。


 (……晩ごはんで喜ぶ訳無いじゃん。犬じゃ無いんだし……あーメンドクサイな……でも、行かないと晴菜ちゃんも悲しむだろうし、行かないと拙いか……多分アレは僕を気遣ってんだろうけど……凹む原因は晴菜ちゃんとアイツが被るなんて言えないしな……)



 そう考えながらカナメは細い十字路を右に曲り細い裏道に入った。照明も無い為真っ暗だ。カナメは裏道を暫く歩いて周囲に誰も居ない事を確認し、一瞬体を発行させ転移して消え去った。



 カナメが転移した先は、古い洋風のアパートだった。カナメは転移した所をマールドムに見られ無い様にアパートの裏庭に転移した。


 このアパートは大御門総合病院最寄駅近くにあり、古めかしい円筒形の作りだった。住人が居るのかどうかは分りにくいが、玄関の古い電球は点いている。


 この古臭い洋風アパートこそ、アーガルム12騎士長の内、最初に目覚めた“始まりの6人”の潜伏アジトだった。

 カナメは周囲に誰も居ない事を確認してから古アパートの玄関前に移動した。

 


 木製の塗装の禿げたドアのドアノブをカナメが握った瞬間、ドアに紋様の様な光が数本走った。


 “カシリ”


 そんな音と共にドアの内部で施錠が外れた。カナメは静かにドアを開ける。



 「ロティ卿、ようこそお越し下さいました」


 そんな声が目の前からして、カナメが前を見ると、長く伸ばしたブロンドヘアーの白い肌の彫が深く美しい少女が立っていた。その目は黄金色だ。彼女はその容姿でありながら何故か割烹着を着ている。


 「あぁ、ただいま、シャリア。今日は君が当番かい?」


 「はい、ロティ卿。昨日まではアホのリントでしたが、彼が作る夕食は塩辛くていけません。ですので今日から暫くはこのシャリアが皆様方のお食事を担当させて頂きます」



 そう言ったシャリアと呼ばれた美しい少女は恭しく頭を下げる。其処へ大きな音が聞こえた。


 “ドドドド!”


 そんな階段の降りる大きな音と共に現れたのは淡い銀色の髪を持つ長身の、これまた美しい少年だった。その少年も黄金色の瞳を持ち甘く優しい顔を持ち、素晴らしく美形だ。そしてシャリアと同様に割烹着を着ていた。年の頃はカナメより幾つか年上に見える。


 見た目は美しい少年だったが……大慌てで階段を下りてきて、カナメの前に居たシャリアを思いっ切り横に押しのけてカナメの前面に立ち、感極まった様子で捲し立てる。

 

 「ロティ様! あぁ漸くお会い出来ました! このリント、恐悦至極に存じます! ロティ様にはこの“アジト”にもっと寄って頂きたいと、このリント、切に願うばかりです!」


 カナメに会えたのが嬉しくて堪らないのか一方的に騒ぎ立てる実に暑苦しい少年だった。


 「……やぁ、リント。暫くぶりだね?」

 「はいぃ! このリント! ロティ様にお会い出来る事を一日千秋の想いで此処でお待ちして居りました!! さぁさぁ!! むさ苦しい所では有りますが奥にてお寛ぎ下さい!」


 リントはカナメの恭しく手を取り、奥へと案内するが……


 「……オイ、貴様……どう言う心算だ?このアホウが……」


 低い声と共に、壁に押しのけられていたシャリアが静かにリントに問い掛ける。


 「おや? どうされたのかシャリア殿、そんな隅っこで? ガリア卿の近衛従騎士である貴殿であってもロティ様への礼を欠いてはなりませんよ?」

 「貴様が! 私を押し退けたんだろうが! 相変わらずのアホだな! 貴様がアホなのは結構だが周りに迷惑掛けるな! 良くそんなアホでロティ卿の近衛従騎士なんか務めさせてくれるな!? 私が上長なら、一日で見習い騎士まで降格だわ! ロティ卿に感謝しろ!」


 散々文句を言うシャリアに対し、何故か目をキラキラしてリントは喜びを湛えて言い返す。


 「流石はシャリア殿! ロティ様の寛大さが分るとは! そうです、ロティ様は矛しか取り得のない、この僕を近衛まで引き上げて頂きました! 更にロティ様は歴代の12騎士長の中で最も若く騎士長に就かれたお方! 強く、優しく、其れでいて公明正大の卓越した御方です! ましてやこの僕を救って頂いた時も邪悪なマールドム共の軍勢に囲まれながら孤軍奮闘で戦われた! いと高き……」


 「リント……上がりたいけど、いい?」

 「はいぃ! さぁさ! 奥にズズぃと!」


 リントと呼ばれた残念な美少年はカナメの手を引っ張り奥のリビングへ連れて行く。


 その様子をシャリアは“アホウめ……”と嘆きながら一緒について行った。


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