118)カナメの葛藤

 ひとしきり屋台を全力で楽しんだ仁那は、やがて疲れたのか無言になり、約束通り、母の早苗に小晴の体を譲った。其れに合わして玲人も修一に体を変わった。



 生前の早苗と修一の関係は密やかな恋だった為、こうして夏祭りに二人で出掛ける事は難しかった。早苗は政略結婚の道具として将来が定められていた為、姉弟とはいえ、義理の弟である修一と二人きりで居る所を大御門家の関係者に見られる訳にいかなかったのだ。


 しかし、今の二人は肉体は失ったものの、こうして二人で並んで歩いても誰かに咎められる事も無く、逢瀬を楽しむ事が出来る。



 その事が早苗と修一は本当に幸せだった。



 そんな理由の為か、早苗は珍しく本能に任せて暴走する事も無く、玲人が持っていた荷物を早苗も分け合って持ち、そして修一の手を繋いで屋台を回っていた。



 一方、小春達の為に別行動したカナメと晴菜も屋台を一巡して、見覚えのある二人組の背中を見つけた。


 ……早苗と修一だ。


 晴菜は、小春達の姿を見てすぐ声を掛けようとしたが、二人の様子を見て掛けそびれた。何故なら、早苗と修一(晴菜から見れば小春と玲人)は手を繋ぎ、二人で微笑み合いどう見ても恋人同士にしか見えない姿だった。


 「…………」


 晴菜はそんな二人の様子を見て、何だろうか自分が悔しく惨めに思えた。晴菜がカナメに好意を持ってから短くは無い時間が過ぎた。


 しかし、晴菜とカナメの関係は名前こそ呼び合う様になったが其れだけだった。


 其れに対して、小春はどうか? 小春は引っ込み思案で大人しい彼女は、玲人の事を純真に思い健気に尽くした結果、二人の関係は急速に接近している。目の前の様に……


 もっとも目の前の二人は体は小春と玲人だったが意識は早苗と修一であったが。



 晴菜は此処で一大決心をした。自分がカナメの事を想うなら行動が必要だと。そして自分の中でカナメの事をどう思っているか再度整理した。


 (……やっぱり、あたしはカナメの事は……好きだ……この気持ちは理屈じゃないよ……だったら小春の様に頑張らないと! 待ってるだけじゃダメだ!!)

 


 晴菜はそう決意して、カナメの手を取った。目の前の早苗と修一の様に手を繋ぐ為だ。そして晴菜は真っ赤な顔をして呟いた。


 「……こ、こんなに人がお、多かったら……その、アンタが、迷子になりそう……だから、あたしが手を……握って……」


 最後の方は、もう声になってなっていなかった。対してカナメは凄く嬉しそうな顔をして晴菜に答える。


 「……有難う晴菜ちゃん。僕、小さくてはぐれそうだから助かるよ!」

 「う、うん! しょうがないわねー 全くアンタもあたしが居ないとダメなんだから……」


 そう言って晴菜は嬉しくて仕方ないといった様子でカナメの手をしっかり握った。その笑顔の瞳にはうっすら涙が滲んでいた……



 晴菜の本当に嬉しそうな態度を真横で笑顔で見ながら東条カナメは全く違う事を考えていた。


 (……全く面倒な茶番だ……何故、敵であるマールドムの少女と仲良くしなくちゃならないんだ……此れもカドちゃんが“雛”から覚醒するまでの辛抱……あー何でそんな嬉しそうなんだよ! 本当にやりにくいな!)



 晴菜はそんなカナメの気持ちを知らずに、しっかり手を繋いで色んな屋台に連れ回している。カナメとしては“彼”である玲人を支える為、自身もマールドムの赤子に転生して玲人が幼少の頃から導き支えてきた。


 その為、玲人の人間関係は概ね把握し、その関係性を保つ為、“適当に”友人を作り玲人の状況を調整していた。


 晴菜もその中の一人であった。元は、マセスの最適な“器”として小春をマールドム側に選ばせる為に晴菜の気持ちを利用した。


 晴菜が自分をどう思ってるなんか、別に“心通”を使うまでも無く分り切っていた。だからその気持ちを利用し、上手く小春と玲人を近づけたのだった。晴菜との関係などその程度だった。小春が“器”として成功した今、晴菜との関係を切っても全然問題無い筈だった。


 寧ろ、そうすべきなのに……カナメの心は迷ってしまっていた。


 晴菜は本当に楽しそうだ。カナメの中ではマールドムは敵として認識していた。しかし目の前の晴菜はそんなカナメの心を知ってか知らずか、無遠慮に行動して来る。


 「カナメ、アンタそんな屋台で買いだめしてどうすんのよ?」

 「……これは“家族”へのお土産だよ」

 「アンタ所ってお祖父ちゃんとお婆ちゃんだけじゃ無かったっけ?」

 「もちろんそうだけど、親戚みたいな人達が居るんだ。その人達にあげようと思って」

 「ふーん……ねぇカナメ、そのお父さん、お母さん居なくて寂しいとか思う?」

 「いいや、お祖父ちゃん達が居るし、親戚みたいな人達もいるし」

 「あの、その……もし、良かっただけど、あたし晩ご飯作ってあげるよ!」

 「……うん、有難う。是非お願いするよ」

 「……! うん! 任しておいて!」


 (……別に寂しくないし、だから何でそんな嬉しそうにする! そんな顔されたら断れないだろ!)



 カナメは無遠慮な晴菜の態度に内心文句を言っていたが……目の前に居る晴菜はかつて自分を慕ってくれたアーガルムの少女を思い起こす。



 (……しかし、こういう遠慮ない所、本当に、良く似ている……アイツに……)



 カナメにはかつて妹が居た。彼女は明るく活動的で……そう、目の前の松江晴菜にそっくりな性格をしていた。その妹と目の前の晴菜は種族すら違い、容姿も似ても似つかない……


 しかし何故か二人を重ねてしまい、カナメは晴菜に対し無情には接する事が出来なくなってしまっていた。



 しかし……



 (あの時も、こうして手を繋いでいた……こんな平和な日常が何時までも続くと信じていたんだ……其れを!! こいつ等マールドムが!!)


 カナメはかつて経験した最悪な過去を思い出し、一瞬激高し、力を僅かに発動してしまった。結果――


 “ゴゴゴン!!”


 カナメを中心に大地が揺れ、小さな地震が生じてしまった。揺れは一瞬だった為、大きく無く屋台の倒壊や怪我人などは生じなかった。


 「キャッ」


 そんな小さな悲鳴を上げてよろめいた晴菜はカナメに縋り付く。その様子を見たカナメはハッと我を取り戻し晴菜に声を掛ける。


 「だ、大丈夫、晴菜ちゃん!?」

 「うん……ちょっとビックリしただけ。でも変な地震ね? 一瞬だけ揺れるなんて」

 「そうだね、おかしい事もあるなー でも誰も怪我していないみたいで良かったよ!」


 カナメは周囲の様子に対し、どうにも心配そうな“振り”をする。カナメの本心としてはこの街ごと吹き飛ばしてやりたい気持ちだった。事実その程度カナメには簡単だったが、全ては玲人の為、我慢していたのだった。



 (晴菜ちゃんなら、アイツの魂と融合させれるかも……いや……そうして生まれた存在は最早アイツじゃない……アイツの自我は完全に消えてしまったのだから……こいつ等マールドムの所為で!)


 カナメは表面では笑顔を作っていたが、内心はマールドム(人類)に対する怒りと憎しみを強く抱いていた。カナメ(=ロティ)がマールドムにそう思うのは理由があった……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る