117)夏祭り
小春は、玲人と浴衣に着替えて歩いて市内外れの大きな神社に向かっていた。
今日は先日、晴菜が連絡してきた夏祭りの日だ。今日の夏祭りは五穀豊穣を祈願して行われ、何百年の古い歴史がある祭りだ。大きな神社の境内には多くの屋台が立ち並ぶ地元では結構有名な祭りだった。
表参道の入り口に晴菜とカナメが待って居た。晴菜は玲人を見るなり、申し訳なさそうに俯いて話し掛ける。
「大御門君……聞いたよ……お姉さん、その亡くなったって……大変だったね……」
玲人は仁那が死亡したと周囲に公表させた為、晴菜の所にもその様に伝わっていた。
実際は仁那は小春の心の中でピンピンしており、この瞬間にも脳内で屋台を見て大興奮していた。しかしそんな事は絶対言えない小春と玲人は晴菜に申し訳ないと思いながら、“設定話”を進めざるを得なかった。
「……松江さん、お気遣い有難う……姉の仁那も俺達の近くで(小春の中で)見てくれている(屋台を)だろう……」
嘘が付けない玲人は事実だけを申し訳なさそうに下を見つめて呟いた。下を見て話したのは顔を見られれば嘘とバレると思った玲人なりの演技だったが、晴菜にしては、グッと来た様で涙を堪えている。
そんな晴菜の優しさに小春は申し訳なさと感謝から思わず涙し、余計に晴菜の涙を誘うのであった。
全ての事情を、裏から把握しているカナメ(=アーガルムの12騎士長の一人ロティ)は小春達の現状を知っているので、適当に助け船を出す。
「大変だったね……カドちゃん。きっとお姉さんも横で(小春ちゃんの中で)一緒に居ると思う……だから、いつも悲しがってばかりじゃダメだよ。傍に居るお姉ちゃんの為にも今日は皆で楽しもう!」
カナメの言葉に助けられた小春と玲人はカナメに同調する。
「あぁ、カナメ済まない」
「東条君、有難う……きっと仁那も喜んでいると(屋台に)思う……」
そんな3人の様子を見た晴菜が、涙目のまま皆に慌てて声を掛ける。
「さ、さぁ、屋台回ろう!」
そうして4人は神社の境内に向かった。
屋台を前にして小春の中の小さな猛獣である仁那はもはや我慢が出来なかった。
“ねぇ! 小春! あのフワフワした白いの何!? 食べれるの!? そして赤くて丸くて棒に刺さったの何!? アレも食べれるの!?
あの泳いでる赤と黒の生き物何! なんでみんな穴の開いたスコップで掬ってるの!? 小春! 早く! 替わって! 替わって! 替わって! 替わってー!!!“
小春は自分の脳内に響く絶叫に帰りたくなっていた。ちなみにもう一人の巨大な猛獣である早苗はというと、
“小春ちゃん、仁那ちゃんの後に私も替わってくれる? その時、修君を呼んで欲しいんだけど……“
全く小春のフォローをする気が無かった。
仕方ないので横の玲人に相談する。
「玲人君、仁那が替わって、ってうるさいんだけど拙いかな?……」
そう言ってチラリと晴菜達を見る。小春の中に早苗や仁那が居る事は安中から内緒にする様に言われていた。
「そうだな……仁那や母さん達に替わってあげて欲しい気持ちだが……」
小春と玲人のやり取りを見ていたカナメが此処でも助け舟を出す。
「ねぇ、晴菜ちゃん、僕達アッチの方見てみない? カドちゃん達も二人の方が良いのかなって思って……石川さん、違ったかな?」
「!! そそそそんな事は無い事も……」
「済まないな、カナメそうしてくれると、助かる」
小春はカナメのからかいに動揺し狼狽えていたが玲人はカナメの助け舟にあっさり便乗する。
玲人は気付いて無いが、カナメは幼少の頃から玲人を支える為に常にフォローを入れ続けて来たのだ。もっとも面白がって悪ふざけする時も相当有ったが……
「し、仕方ないわねー じゃあ、カナメ付き合ってあげるわ!」
そう言って真っ赤な顔で嬉しそうな態度で晴菜はカナメを連れて別な屋台を見に行った。カナメと晴菜が離れた事を確認した小春は脳内の仁那に話し掛ける。
(今なら仁那、替わってもいいよ。良いけど大暴れしないでね)
“うん!! 有難う!! 小春!”
小春は目を瞑って、頭の中で散々騒いだ仁那に替わった。
仁那は替わった瞬間、屋台を総なめしていった。定番のたこ焼き、焼きそばから始まりじゃがバターやアメリカンドックを食べ捲った。
小春の小さな体の一体何処に入るのかと心配する位だった。途中、心配になった玲人に制止された仁那だが、都合の悪い時は弟である玲人の言う事は基本聞かないので無駄であった。
ひとしきり焼き物などを周囲がドン引きする位食べ捲った仁那は、次に巨大なワタあめやリンゴ飴などのデザートに移り、こちらは“陽菜達の為に”とお持ち帰り用もしっかり確保しながら屋台を渡り歩いた。
玲人は荷物持ちと財布係であったが元気で凄く嬉しそうな仁那の姿をただ、微笑ましげに見ていたのだった。
クレープを片手に屋台を物色していた仁那だったが一軒の屋台の前でビタリと動きが止まった。暫く様子をジーと見ていたが突然玲人に大声を掛ける。
「ねぇ、玲人! アレがしたいよ!」
そう言って指を指して叫んだのは、屋台の射的だった。
玲人はふぅと溜息を付いて、屋台の店主に声を掛ける。 仁那は店主の厳ついオヤジから空気銃とコルク玉を貰った。
仁那は自分がする前に他の客の様子を観察し概ねのやり方を把握していた。景品を上手に倒す客と、そうでない客、その状況を一瞬の内に確認し自分の中で適正化を測っていた。
その為、どうすれば効率的に的を倒せるか既に掴んでいた。
店主から借り受けた空気鉄砲にレバーを引いた後に、コルク玉を詰めた。そうする事で空気圧をしっかり溜める事が出来る。
そして仁那が狙う恐竜卵チョコの箱に向け空気銃を向ける。仁那は箱の角に狙いを定めた。角を狙うのは理由が有った。
さっき仁那の前の客が射的の玉を箱の真ん中に命中させたが倒れなかった事を仁那は見ていた。箱の大きさに対しコルク玉の威力は小さすぎたのだ。そして別の客が別な的に偶々、角に当てて景品をゲットした状況を見ていた仁那は景品の真正面でなく上方の角を狙う事で回転力を利用して少ない力で箱を倒せる事を仁那は刹那の間に理解した。
仁那は脇をしっかりと締めて空気銃の柄の部分を頬にぴったりと密着させて狙いがブレ無い様に注意を払った。そして引き金を慎重にゆっくりと引いた。
“コン”
そんな乾いた音がして、コルク玉は景品の箱の角に狙い通り命中し、回転力が与えられた景品の恐竜卵チョコの箱はパタリと倒れた。
仁那はそれから目ぼしい景品をゲットし続けていたが、一際目を引く巨大なぬいぐるみに目を付けた。
店主の厳ついオヤジは腕組みしながら、仁那に“取れるモノなら取って見ろ”と挑戦的な視線を送ってくる。
オヤジが絶対的な自身を持っているのは理由が有った。この景品はコルク玉如きの威力では絶対倒れない仕様になっていた。
今まで仁那が取ってきた景品は原価割れしない単価の安い景品だった為、オヤジとしては仁那の奮闘も痛くも痒くも無かったが、この巨大ぬいぐるみだけは違った。だから絶対に倒れない仕様になっていた。
その為、仁那の腕前を持ってしてもビクともしなかった。角を狙おうが何をしようが全く無駄であった。
仁那は“むぅ”と唸って、オヤジにある提案を持ち掛ける。
「ねぇ、強そうなオジサン! 私がこのコルク玉を手で投げて倒す事が出来たら、あのぬいぐるみを貰ってもいい? もし倒せなかったら私が取った景品全部返すよ」
オヤジは仁那の提案を受けて、内心ほくそ喜んだ。空気銃で撃ってもぬいぐるみは倒れないのに、手で投げて倒れる筈もないと。
しかもダメな時は景品を全部返すという。店主のオヤジとしては美味しすぎる話だった。
「おう、いいぜ。お嬢ちゃん、アンタが手で玉、投げてアレ倒したら持って行って良いぜ」
「うん! 約束だよ! 所でコルク玉4ついっぺんに投げていい?」
「おうよ、4つだろうが好きなだけ投げな!」
店主としては手で投げた軽いコルク玉で、看板商品のぬいぐるみが倒れる訳が無いと確信していた為、軽い調子で答えた。対する仁那は“4つでいいよ!”と無邪気に言っている。
仁那は嬉しそうに右手の指の間にコルク玉を挟んでいる。
玲人は何となく仁那がやりそうな事を分っていたがどうせ止めても仁那は聞かないだろうと感じ、後で店主にフォローする心算だった……
「それじゃー、いくよー?」
仁那は明るい声でオヤジに声を掛けた。そして目を瞑り意識を高める。コルクを持った右手は左下に構えていた。
仁那は意識を高めていたが、カッと目を開き右手を振り上げた。
「シッ!!」
そんな掛け声と共に、放たれたコルクは恐るべき速さでぬいぐるみの両肩と左右の腰の部位に4点同時に命中した。
“ボス!!”
そんな音と共にぬいぐるみは4点同時に撃たれた衝撃でぬいぐるみを固定していた台座ごと後方に飛んで行き、屋台のテントに激突した。
「…………」
店主は無言になり、思いっ切り吹き飛んだぬいぐるみを見ると、仁那が放ったコルク玉がぬいぐるみの両肩と左右の腰に深く食い込んでいた。明らかに空気銃を凌駕する威力だった……
「……約束だ……持って行きやがれ……」
そんな悔しそうな呻き声と共に仁那の元に巨大ぬいぐるみが渡された。どう見ても高価そうで一日の売り上げに匹敵しそうだった。
「ヤッター!! 陽菜ちゃんにお土産できたー!!」
仁那は大喜びだった。玲人はそんな仁那を見ながら店主のオヤジにぬいぐるみ代を渡した。オヤジは当然反発したが、仁那の投擲技は明らかに人外の技で、反則したのと同じだった。
其れを言う訳にいかない為、玲人としては迷惑料と言って、オヤジに金を無理やり渡し、仁那を引張って屋台を後にした。
仁那はその後、金魚すくいや輪投げでその類まれな運動能力を発揮し、屋台の店主達を青ざめさせたのであった。そしてその日の内に屋台の店主ネットワークにて仁那(体は小春)はブラックリストに上げられたのであった……
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