115)ニョロメちゃん 豪誕!

 8月初旬の夕食後、小春と玲人は小春の自室で夏休みの課題を進めていた。


 忙しい夏休みになりそうな予感より、2人は早い目に課題を仕上げる事に決めたのだ。


 もっとも小春は黙々と静かに課題を仕上げる玲人の涼やかな姿に、意識を取られ玲人をチラチラ眺めてしまい課題の進捗状況は芳しくなかったが……


 「それじゃ、小春。俺はアパートに戻る」

 「う、うん。玲人君、また、ああ明日」


 玄関でそう言いあって玲人はアパートに戻っていった。その手には小春があげた一つ目ちゃんが握られていた。護衛の為、小春の意識とリンクする心算だった。



 玲人が去った後に戻った自室のシンとした静かさに、小春は落ち着かず何となくベットに寝ころんだ。


 “心地良いがもどかしい”と、小春は玲人との今の関係を自分なりにそう、認識していた。何だろうか……自然に顔が綻んでしまう、そんな自分の心の状態にむず痒い様な気持ちを抱いていた。


 そんな自分の気持ちを落ち着かす為に、玲人の前では見せない様にしている胸のガーネットのネックレスを取り出し、そっと握り締める。


 ネックレスを玲人に貰った時に店員さんが教えてくれたガーネットの石言葉から繋がる“一途な愛を貫くことで固く結ばれる”という魔法の言葉を小春は今も強く信じている。


 ガーネットと亡き父にそんな祈りを捧げながら、小春は手元に有った携帯端末を見遣ると、メール受信を端末のLEDが知らしていた。



 小春が携帯端末を確認すると、2人の友達からメールが届いていた。


 一人は晴菜だった。


 晴菜のメールの内容は地元で行われるお祭りへの誘いだった。メンバーはいつもの晴菜とカナメのコンビと小春と玲人の4人で集まろう、という内容だった。小春は喜んで、参加する旨の長文メールを晴菜に送信し、玲人にも一応確認を取った。当然玲人は“小春が行くなら必ず行く”というメール返信があり、思わず顔が綻んでしまう。



 少し悶えながら、落ち着いた所で、もう一人の友人のメールを確認する。


 その友人は山中メイという、小春の小学生からの親友だ。父がテロで亡くなった後に引っ越した当初、私立上賀茂学園に通う前の小学校からの付き合いだった。


 以前通っていた小学校の友人は沢山いて、小春はメール等や偶に遊びにったりして交流を続けていた。しかし互いの時間の関係か、徐々にそうした付き合いは少なくなってきた。


 しかしメイと小春は、趣味(アニメやゲーム等)が同じという事や、性格的にも互いに気が合い小春が転校した後も、常にメイとは気心の知れた親友としての付き合いが続いていた。

 

 メイのメールは最近の自分の近況と、メイが今ハマっている漫画について書かれていた。小春はメイに、自分の近況とメイの紹介された漫画に関して共感出来る所を伝えた。そして近い内に遊ぼうと誘いの言葉を打って、メイにメールを返信した。


 小春は、メイに玲人の事は言えずにいた。メイには玲人と出会った最初から気になる男の子が居る、とだけ伝えて相談していた。しかし、“先日婚約しました”とは口が裂けても言えず、ある程度落ち着いた頃に玲人の事だけを報告しようと考えていた。

 


 友人達のメールを見て落ち着いた小春は最近取り組んでいる“ある作業”に取り掛かった……それは“目”の機能向上だった。

 7月末に安中達が石川家に来て、小春が技官として取敢えず自衛軍の参加を母恵理子に認めて貰ってから、小春は時間を見つけては“目”の機能向上に取り組んでいた。



 小春は目を瞑り、両の手の平をお椀の様に水を掬う様な姿勢で精神を集中した。 今、小春の心の中では“ある形状”が明確にイメージされ、其れが現実化される様に意志顕現力を行使していたのだ。


 やがて、小春の両の手の平の中に眩い光が集まりだし、ある形を成していく。暫くすると光は収まり“それ”は物質化した。


 

 「出来た!」


 小春は机の上の“それ”を見ながら喜びの声を上げた。


 “其れ”は言うなれば一つ目の人魂の様な姿をしており10cm位の大きさだった。人魂の細長い体にはひげ状の触手の様な手が付いている。


 誕生したニョロニョロ動く其れは、目の部分はリアルな目そのままだが、人魂とヒゲ触手は半透明で本当に人魂の様な質感だった。


 小春は生み出した新たな“目”に早速命名した。


 「君は! 今日から“ニョロメちゃん”よ!」

 

 工夫も何も無い、残念な小春のネーミングセンスだったが、小春の心の中では歓声と拍手が聞こえた。同時に溜息も聞こえてきた。



 称賛してくれたのは仁那で溜息をついたのは早苗だ。二人は常に小春の中に“住んでいて”最近から何か有れば小春に躊躇せず突込み等々のアクションを噛ましてくる。



 そして二人は遠慮なく、小春に意見を言ってきた。


 “小春! 可愛いよ、その子!”


 手放しで仁那は称賛し、


 “小春ちゃん、名前も残念だけど、形に工夫が無いわ。ホラ、其処まで来たらもう少し有るでしょう……頭だけ大きくして体無くしてひも状にしたら……ホラホラ、元気な男の子から出る……”


 と、早苗は何か訳の分らない注文を付けてくる。いつも通り早苗のたわ言はスルーし、仁那の健全な意見だけ有り難く受け取った。



 スルーされた早苗は全く意に反さず小春に頭の中で質問してきた。



 “ねぇ、小春ちゃん。この“エロメちゃん”だけど、フワフワ浮くだけなの?” 


 (何言ってるんですか、早苗さん。この子の名前は“ニョロメちゃん”です!)


 “どっちでも良いわよ、其れでどうなの?”


 (どっちでも良くないです! 間違ってもわたしの体、使ってる時変な名前叫ばないで下さいよ!……ふぅ、この“ニョロメちゃん”には素晴らしい技が有るんです。今、見せますね?)


 小春はフワフワ浮いている“ニョロメちゃん”に意識で有る指示を送った。

 ニョロメちゃんはピクリと反応し小春の部屋の隅に置いてある、ブサ猫の大きなぬいぐるみにスーッと潜り込んだ。額にニョロメちゃんの目の部分が現れている。


 

 ……すると



 ブサ猫のぬいぐるみは突然、立ち上がって踊りだした! しかも呪われそうな変な踊りだ。頭を不気味に震わせている。


 ブサ猫の変な踊りを見た脳内の二人は其々違う反応を見せている。


 “小春! 凄い、凄いよ! 何コレー!”

 “小春ちゃん……貴方……何なの、この踊り……壊滅的なリズム感ね”


 仁那はぬいぐるみが躍り出した事に称賛してくれたが、早苗は猫の踊りに突込みを入れた。


 (早苗さん、仁那を見習ってぬいぐるみが躍り出した事を褒めて下さいよ! このニョロメちゃんは対象に取りついてわたしが操作する事が出来るんです!)


 “おおー!”

 “面白い考え方ね……でも直接、意志力で動かした方が楽じゃないの?”


 小春の脳内解説に素直な仁那は称賛の声を上げ、早苗は冷静な質問を投げてくる。其れに対し、小春は自身有り気に、早苗に返答した。


 (フフフ……甘い、甘いですね! 早苗さん! それは白アンコの様に甘いですよ!)


 “何なの、その意味不明な例えは……で、どう違うって言うの?“


 (それではニョロメちゃんの憑依を解きますので、一度早苗さんが思う通りに意志力でブサ猫を動かして下さい)


 “そんなの造作も無いわ”


 小春に言われた早苗は、小春と体を入れ替わり能力を発動してブサ猫を動かして軽やかにヒップホップダンスのステップを決めた。


 (どう? 小春ちゃん?)


 “流石です、早苗さん。次にニョロメちゃんを使って同じ事させて下さい”


 早苗に替わりシェアハウスで待機している小春は頭の中から早苗にお願いした。


 (いいわよー 行きなさい、エロメちゃん)


 “……早苗さん、変な名前叫ばないでって今さっき言ったばかりですけど?”


 (細かいわね……ホラホラ、ブサ猫に憑りつけせたわよ?)


 早苗が操作したニョロメちゃんは先程と同じ様にブサ猫に憑りついた。


 “早苗さん、ニョロメちゃんに意志力送ってさっきのダンスのイメージを送って下さい”


 (分ったわ……エロメちゃん、私のイメージを受け取りなさい)


 早苗がブサ猫に憑りついたニョロメちゃんに先ほど躍らせたヒップホップダンスのステップのイメージを送った。

 


 ……その結果……



 ブサ猫は先程、早苗が操作させた時より更に軽やかに複雑なステップを決める。それもまるで生きて居る様にだ。其れに早苗が意志力を送っていないのに勝手に踊っている。


 その姿にイメージを送った早苗自身も驚いたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る