107)山猫と策略
「お、お止め下さい!! 此処は抑えて下さい!! 同志新見! 彼らを刺激してはイケない!!」
李は慌てて立ち上ってドルジと女を制する。
ドルジは元々やる気が無い様で、また手品の様に一瞬で斧を消し去り、明後日の方を向いて立っている。違ったのは女の方だ。持っていた黒曜石状の十字剣を李の頬に当てドスを効かせる。
「……おい、李よ……アタイらは別にどーでもいいんだぜ? でもお前がこいつ等に頼むって言ったよな? だが……何だ? こいつ等の舐めた態度は? ……あぁ?」
そう言って女は李の頬に刃を突き付け、血を流させている。其れも結構深く。
「ど、同志山猫、きょ、共闘はスポンサーからの意向だった筈、こ、此処は抑えて」
「…………」
山猫、と呼ばれた女は無言で刃を収め、ドルジと同じく次の瞬間には刃を消し去った。そして、ドルジと連れ立って真国同盟の拠点を出て行こうとした。其れを慌てて李が声を大きくして止めようとする。
「同志山猫! 同志大熊! ど、どちらに行かれるのです!?」
李に大声で呼ばれた仮称山猫は、フンと鼻を鳴らして答えた。
「其処のキツネ野郎の顔に思いっ切り書いてあんぜ? “余所者は出しゃばんな、宝は渡さねぇ”てな。アタイらとしてはこいつ等と別に組みたいとも思ってねェし、こいつ等が自分らでやりてぇってんなら、そっちはそっちで好きにやればいいんじゃねぇか?
ただ、宝は俺らのモンだ。李が言った通りお前らにはアタイらに莫大な借りがある。でもアタイらにはお前らに貸しはねェ……
この意味、勘違いすんなよ? もしこの借りを無下にするならアタイがお前らを切り刻んでやるぜ……」
そう言って、山猫と言われた女は出て行こうとして、ピタリと止まって一言だけ言った。
「そうそう、李、大事な事言うの忘れてたぜ。お前らが言ってた、マルヒト、マルフタだがな。昨日……マルフタの方が死んだぜ?」
「な、なん……?」
「……その情報は確かですか? 何処からの情報筋ですか?」
突然の山猫からの新情報に李は驚いて言葉を失ったが、新見はいち早く反応した。山猫は心底下らなそうに息を吐いて、新見の方を見て一言侮蔑しながら言った。
「この国の諜報部からの情報だ。現地でもそんな動き、見してるぜ? どうするよ、キツネ野郎?」
山猫に煽られた新見はすかさず答えた。
「我々としてもマルフタの寿命が近づいていた事の情報は得ていました。ですがまだ、マルヒトが居る。マルヒトの力でも概ねの事は成せると考えていますが?」
ニコニコと“やる事は変わらない”と言った様子の新見を見て、山猫は情報を更に与えて煽った。
「……良い事教えてやらぁ。アタイらスポンサー筋の確かな情報だがな、マルフタが死んで、その力はマルヒトが全部受け継いだらしいぜ? 良かったなキツネ野郎……宝は“むき出し”だ……」
山猫の言った“むき出し”とは玲人は、仁那の様にタテアナ基地に籠っていない事を示していた。その話を聞いた新見は心より嬉しそうに笑顔で山猫に返答した。
「素晴らしい情報を有難うございます! 山猫さん。貴方達スポンサー様の期待に添える様、邁進させて頂きます!」
口ではそう言っているが、その瞳の色は、明確に嘲りと拒絶の色を示していた。
その様子に気付いた山猫は、
「……貸しの件、忘れんじゃねーぞ」
と、呟いて李に大熊と呼ばれたドルジは連れ立って真国同盟の拠点から出て行った。
残された李とふうぅ、と長い溜息を付き、新見の方に顔を向けて苦言を言う。
「……困りますな!! 同志新見! 彼女らは気難しいと言うのに……」
文句を言われた新見はどこ吹く風と言った様子で李に笑顔で答える。
「ですが、李先生。勝手に激高されて出て行かれたのはあの方達の方で、我々には非は有りませんよ? 所で、あの方達は何者ですか? 只者では無い様ですが?」
「……同志新見は、態度で彼らを煽り過ぎなのだ。彼らはスポンサーからの派遣だが、恐らく元は腕利きの傭兵か何かだろう。名前は、適当に付けられた偽名だ。二人ともとてつもなく腕が立ち、歯止めが効かん連中だ。
本国でも同志山猫の容姿に惹かれた不埒者共が、愚かな振る舞いをして、結果……同志山猫に何人も粛清されている……彼女は美しいが敵と見做した者には一切容赦しない。同志新見も気を付けたまえ」
そう言って李は山猫に傷付けられた頬の傷を護衛に手当させている。
「……ご忠告、有難う御座います。李先生。所で、統一人民師団としては、さっきの山猫殿の情報を受けてどうされる心算です? また、得られた“宝”はスポンサー殿にあっさりお渡しするだけですか?」
「……何が言いたいのかな? 新見同志?」
新見はにこやかに李に話し掛けているが、言葉の端々に、嘲りを含ませる。流石に言われた李も不満顔を浮かべて返答する。
「いや、李先生もご存じの通り、この廃棄都市は危険がいっぱいだ。毎日、何処かで人が死んでいる……私としては山猫殿達が、強いとはいえ、お二人だけでこの廃棄都市を出歩くのは危険だ、と思われまして……」
新見はさも、心配そうに嘘くさく大袈裟に語る。李は新見の真意が分ってニヤリと口元に嫌らしい笑みを浮かべる。
「……成程、同志山猫達に“事故”が起こった場合、“宝”は我々の手に……という事を言いたいのかな? そんな事をしてもスポンサー殿は次を派遣して来るだけだろう?」
「李先生はお忘れですか? マルヒト達の力を? 彼らの力が有れば、派遣の傭兵等何人来ても問題は何も無いでしょう?
山猫殿達のあの膂力……巧妙に偽装されている様ですが、私の右手と同じでサイボーグ化された物でしょう。対個人では確かに大きな戦力でしょうが、マルヒト達の低威力核兵器に匹敵する戦力の前では、何の意味も無いでしょう。
李先生……“宝”さえ手に入れれば、全ての駒はひっくり返るのですよ」
そう言って新見は笑顔で李を煽った。その言葉を受けた李は……
「確かに……“宝”さえ手に入れてしまえばどうとでも為るか……良いでしょう、同志新見、そのおとぎ話……何処か落ち着ける所でお聞かせ願えますかな?」
李は満面の笑顔で答え、新見の絵空事に強い興味を持った。
「ええ! 李先生! 西の“生きている”都市で美味い肴と酒を味わいながら、続きを聞いて頂けますか!」
新見はそう言って李の背中を押しながら、廃墟になっていない西側の大都市に向かった。
新見と李はその都市の繁華街にある高級クラブのVIP室を借り切って、今後の展望を描く心算だった。
……山猫達を亡き者にして、玲人という“宝”を自分達が独占する為に。
もっとも、真国同盟の新見と統一人民師団の李は、どちらも“宝”を渡す心算は無かった。新見も李もそんな本音は億尾にも出さないが、両者とも、利用するだけ利用して最後は相手を潰す気だった。
しかし、愚かな事に新見も李も気付きもしなかった。両者の策略が“ある存在”に筒抜けだった事に……そして、最も根本的な過ちが、山猫と大熊と偽名で呼ばれた二人組の恐るべき本質を見誤った事だ。
今より真国同盟と統一人民師団の終焉が始まったのだ――
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