105)タンポポと牡鹿

 弘樹は恵理子の様子を見て、これ以上の混乱を恵理子に与えたくなかったが、今後の為にどうしても恵理子に知って欲しい事があった。



 ……それは小春と玲人の能力の件だ。小春達が玲人の為に自衛軍に参加するには、恵理子の理解が必要だったからだ。弘樹は意を決して恵理子に語り掛ける。

 

 「驚く様な事ばかりでお疲れでしょうが、最後にどうしても話して置かねばならない事が有ります。それは小春君と玲人の特殊能力についてです。玲人は生まれた時から、不可思議な能力を有しています。そして其れは亡くなった仁那もです」


 「……え、不思議な能力? もう何が何だか……」


 恵理子は弘樹の話に正直疲れていた。自分の娘の“中”に他人が“住んでいる”という有りえない状況を見せられた後、弘樹の怒涛の提案を受け、最後に玲人と小春の婚約を勧められて恵理子の精神は既に許容範囲を超えていた。


 “これ以上何か有るの? まだ!?……”


 恵理子としてはそんな気持ちだったが、弘樹としては時間が空く程、状況が複雑になると考え、取敢えず恵理子に聞いて貰う心算だった。



 「玲人、お前の力を小春君のお母さんに見て貰ってくれ」

 「ああ、分かった。弘樹叔父さん」



 玲人はそう答えて、自身の目の前のコップを見た。コップの中には綺麗な水が入れてある。


 玲人はコップの水に意識を集中した。すると水は独りでに浮き上がり、透明な球状で留まっている。そして徐に横に居た小春の顔を見る。


 本当に何となくだ。


 そして小春をイメージして、浮かしている水の玉に意識を集中した。すると浮いている水は姿を変え、壱輪の花の姿を現した。その花はバラやヒマワリと言った目立つ種類の花では無く小さなタンポポの花だった。玲人は更に意識を集中させる。


 ……すると、ゆっくりだが水で出来たタンポポが、ピシピシと音を立て凍りだした。


 仁那が小春と同化してから、玲人の力は非常に強くなっていた。だから玲人は強く思い描いたものは現象化すると理解出来ていた。此れは玲人が水で出来た花に“冷やす”という意志を込め念じた結果だった。


 やがて完全に凍りつき透明な氷のタンポポの花となった其れを、自らの空いたコップに意志力で動かして差し入れた後、恵理子に一言述べた。


 「小春をイメージして作りました」


 「…………」



 言われた恵理子は密度が濃すぎる話ばかりの中での、玲人の目の前の行動だったので、どうリアクションしていいか分らない状況だった。


 (……この人達、一体何なの!? 行き成り、うちの家の両隣りを買い占める話しから、勝手に小春と玲人君を婚約させる話まで進めて……次は魔法まで見せられるなんて。しかも魔法でこんな洒落た真似されても、どうしろって言うのよ!

 昔から大御門本家はヤバいって有名だったけど、良くなったって聞いたから安心してたら、今は違う意味で危ないじゃない!! こんなお家には、うちの大事な小春はお嫁に行かせませ……)



 そんな風に考えながら横の小春を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。さっきの氷の花が原因だろう。恵理子はきっと小春が玲人の魔法を見て驚いているだろう、と思ったがそうでは無かった事に逆に驚いた。寧ろ、どう見ても嬉しそうだ。

 


 その様子に気付いてた薫子は、弘樹に代わり、今度は小春の話を恵理子に始めた。


 「見ての通り、玲君は生れつき不思議な力を持っています。そして其れは姉の仁那ちゃんも同じでした。その仁那ちゃんの不思議な力で小春ちゃんと一緒に為ってしまったと思いますが、仁那ちゃんと一緒に為った小春ちゃんも同じく不思議な力が使える様になってしまったんです……小春ちゃん、小春ちゃんのお母様にあなたの力、見せて貰えないかしら?」


 薫子の話を黙って聞いていた恵理子は、此処でまさか小春の話が出て来ると思わなかったので、大いに驚き思わず小春を見つめた。小春は先程の玲人の暴挙にまだ顔を赤くしながら、頷きそして静かに呟いた。

 

 「は、はい、薫子先生。分りました」


 そう言って、小春は会議室に置いてあるメモ用紙とペンを見つめた。


 そして右手を差し出し、手の平を白く光らせた。するとメモ用紙とペンは独りでに舞い上がり、玲人の前の机にメモ用紙が置かれ、そしてペンは置かれたメモ用紙に凄い速度で独りでに何かを書きだした。


 小春と同化する前の仁那の能力は、増幅能力“狂騰”や感知能力があっても、玲人が使う様な念動能力は使えなかった。しかし、小春と同化する事で、その能力は健全化しアーガルムが基本的に使える筈の能力は概ね使える様になった。


 逆に大規模破壊が起こせる“狂騰”は、まるで薄まるかの様にその力は非常に弱まってしまったのであった。


 やがて、小春の能力でペンは玲人の前に置かれたメモに何かを書き終えた。



 ……それは、佇む一匹の立派な角を生やした牡鹿の絵だった。小春がイメージしたモノがそのまま転写されるので、その絵は写真の様に現物と全く遜色なく美しい絵だった。


 「……花の、お返し、です……れ、玲人君を、イメージした絵です……」


 小春は顔を真っ赤にしながら俯いて呟く。対する玲人は、繊細に美しく描かれた牡鹿を大切そうにもって、小春に話す。


 「素晴らしい鹿の絵だ、小春。大切に部屋に飾らせて貰おう」


 そんな小春と玲人の様子を弘樹と薫子は微笑ましげに見ている。その様子を見た恵理子は何となく気が抜けてしまった。



 (……婚約、反対しようと思ったけど、皆のあの姿見たらね……何と言っても小春が一番嬉しそうって感じ……魔法とか、玲人君のお姉ちゃんの事とか色々、有るけど……小春の気持ちが一番大事だわ)


 そう思った恵理子は、小春の方を向き目を見て問い掛けた。



 「小春、大御門さんは小春の中に居る人達の事や、玲人君と小春の婚約について言われたけど、小春自身は嫌じゃないの? もし小春が少しでもイヤだって言うならママ、全力でお断りするわ」



 恵理子に問われた小春は一瞬、玲人を見てすぐに恵理子に向き直り、はっきりと答えた。



 「ママ、わたしの気持ちは最初から決まっている。わたしは仁那と早苗さんと、そして玲人君達と生涯一緒に生きて行きます。勝手に決めて御免なさい。だけど、此れだけはもう、決まった事なの」

 


 そう言い切った小春の目は、強い決意を示したためか黄金色に戻ってしまった。その黄金色の瞳と小春の強い決意を見た恵理子は溜息を付いて、弘樹達に向き直り語り掛けた。



 「大御門さん、薫子先生。正直信じられ無い様な話ばかりでしたが、この子がやりたいって言うなら、母親として応援したいと思います。ですので婚約の話は承りましたが、生活の支援とか、そう言うのは別に不要です。この子が望んで幸せになれば其れで良いですから」


 そう言った恵理子に、薫子がうっすら涙を浮かべ手を握って感謝の言葉を述べた。


 「小春ちゃんと玲君の婚約を認めてくれて有難うございます! 小春ちゃんの事は此処に居る弘樹と私と玲君でしっかり守って行きますのでご安心下さい!」


 「小春君の事は大御門家全体として生涯お守りいたします。また、先程言われておりました支援の件は大御門としての謝罪の気持ちですので是非に受け取って頂く必要が有ります。今後とも何卒宜しくお願いします」


 薫子の後に弘樹もお礼を述べ、小春に対する説明会は終わった。



小春の何らかの自衛軍参加の件は、改めて安中達が説明する事だと弘樹は考えており、その時は弘樹自身もその会合に参加し、小春達の立場が悪くならない様、調整する心算であった。


 ともかく、説明会が無事終了し小春の件について母の恵理子が理解をして貰った事は、弘樹達として安堵する状況だった。



 こうして、小春は正式に玲人と婚約する事になり、大御門家は石川家を支援すべく暴走気味に活動を始めた。


 そして小春自身も中に“住んでいる”仁那と早苗、そして婚約者たる玲人により振り回される事となり、穏やかで慌ただしい生活を暫くは送る事となるのであった。



 しかし、彼らの外側では暗躍する者達が居た……


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