95)誓い

 こうして、仁那は大御門総合病院に一先ず入院する事になった。安中と梨沙は事後処理の為、駐屯基地に戻って行った。


 入院した仁那は時間も夜だった為、今日の所は検査等はされず、病院の個室でゆっくりして貰う事となった。


 仁那からすれば、生れて初めての入院生活という事でソワソワしていたが“今日の所は大人しくて”という薫子の意見に従い、我慢していた。


 人生初の食事となったおやつのゼリーには大いに、感動していたが……


 玲人は仁那の横にずっと居て、そんな仁那の様子を微笑ましく見ていた。仁那はその言動が以前より幼くなってしまったが、玲人からすれば消えて無くなりそうだった状況を思えば些細な事だった。


 最も、仁那自身の肉体は小春の体に一体化した為“消えて無くなって”いたが。


 叔父の弘樹は、薫子の連絡を受けて大慌てで病院に来た。次いで小春達の経緯を聞いて玲人同様に薫子に激怒したが、玲人に治められて何とか堪えた。


 弘樹は、仁那の件は薫子に任せ切りだった状況を玲人自身に指摘され、頭が冷えた。そして今後の事を如何するか、薫子と二人で病院の会議室で協議する事になった。


 その為玲人は仁那の護衛兼、世話係を任され、玲人は仁那に常に寄り添っている。


 玲人は仁那の希望で“おやつとかで出た、ぜりいと言うのを一杯食べたい! ”と言われ、病院内のコンビニまで仁那を連れて行った。仁那はコンビニ内のゼリーを爆買いして、次いで病院の談話室にて、大量のゼリーを味わっている所だった。



 其処に今後の協議を終えた、弘樹と薫子がやって来た。弘樹が小春の体に居る早苗に会いたいと言う。


 早苗の激情により殺され掛けた薫子は兄の決断に心配し切りだ。玲人も先程までの早苗の荒ぶる姿を見て、弘樹が心配になり声を掛ける。


 「弘樹叔父さん、母さんはまだ落ち着いていない。日を改めては如何か?」


 「有難う、玲人。しかし早苗の、お前の母さんの怒りは最もだ。それを僕が逃げる訳にいかない。僕としては何よりもう二度と謝罪出来ないと思っていたんだ。こんな機会を引き延ばす事は出来ないよ」


 そう言い切った弘樹の瞳には強い意志を感じられた。そんな弘樹に玲人は頷いて答える。


 「……分ったよ、弘樹叔父さん。何か有れば俺が母さんを止める。仁那、済まないが母さんに替わってくれ」

 

 4個目のゼリーを恐ろしい勢いで食べた仁那は5個目に移る前に薫子に取り上げられ、不満げな顔をしていたが、玲人の要望に不安を覚え弘樹に問い掛ける。


 「いいの? 弘樹叔父さん?……」

 「ああ、構わないよ。仁那」

 「一応、私も小春も弘樹叔父さんに何かしたら、すぐお母さん怒る様にするよ。それじゃ、今替わるね」



 そう言って仁那は目を瞑り、早苗に変わった。

 


 「……随分とお久し振りね、弘樹兄様」

 「ああ、ほ、本当に……早苗……なのか?」


 弘樹は両方の目から涙を流し、早苗の前に跪いた。


 「……い、今更、うぐ……許しを……乞うなど! うぅ……す、済まないぃ……」


 弘樹は早苗の前に土下座し、号泣しながら謝罪した。最後の方は言葉になっていなかった。弘樹の謝罪を早苗は見下す様に見つめていたが、ふと顔を上げ、弘樹の横に居た玲人を見つめる。玲人は早苗の視線に気が付いて小さく首を振った。その意味は……“手を出さ無いでくれ”と訴えていた。


 そんな玲人を見た早苗は苦笑しながら、そっと左手を玲人に差し出す。玲人は差し出されたその左手をそっと、自身の右手で包む。早苗は自嘲気味に笑って、弘樹に対して呟いた。

 

 「……もういいわ、弘樹兄様……」

 「し、しかし! 早苗!」

 「勘違いしないで。14年前の事、許した訳では無いわ。今更謝られたって目障りなだけよ」


 「……本当に、済まなかった……ゆ、許される訳等有る筈がない……早苗の気持ちは聞いてる……お前の、気が済むなら……僕を殺すなり何なりしてくれ……」


 そう言って再び頭を床に付けて深く謝罪する弘樹。その体は恐怖の為か震えている。


 その姿を見た、早苗は鼻で笑って蔑みの眼差しを送っていたが、もう一度横の玲人を見上げて口を開いた。


 「……全ては今更過ぎて空しいだけよ、弘樹兄様……何より、私の家族は小春ちゃんの犠牲のお蔭で皆助かったし、今此処で引き裂く事は許してあげる。それに弘樹兄様と薫子姉様は私の子供達の為、一応、頑張ったみたいだからね……まぁ、本当の所は自分の罪深さに対する自己満足でしょうけど」


 早苗にそう言い切られた弘樹はビクッと背中を振るわせ、背後に控える薫子は下を向いて俯く。その様子を見下しながら早苗は続ける。


 「だけど私は過去の事は許す事なんて出来ない。14年前に実の兄や姉に見捨てられて、家族を殺された事は絶対に。だから、貴方と薫子姉様はその事を胸に刻みながら、私の子供達と小春ちゃんに生涯尽くしながら生きなさい。

 ……その事を、今、此処で、誓いなさい!」



 早苗は、弘樹と薫子にゆっくりと強く、そう促す。その問いに二人は一瞬も迷わず答えた。



 「ああ、誓う! 僕は玲人と仁那、そして石川小春さんに生涯尽くす事を誓おう」

 「私も誓うわ! 早苗。私の生涯は彼らの為にある」


 そう言い切った、弘樹と薫子の目は真っ直ぐ早苗を見据え強い覚悟を感じさせた。早苗は二人を見ながら答えた。


 「いいわ。その誓いを弘樹兄様と薫子姉様は生涯忘れないで……もし破ったら、ククク……皆の前で生きたまま、ゆっくりと、引き裂いてやる……」


 早苗は小春の顔で可愛らしく薄く微笑みながらそう言った。しかしその目は本気だ。その美しく怪しく光る金色の瞳に圧倒され弘樹と薫子は固まってしまった。


 「「…………」」


 その様子を見た、玲人は早苗を制する。


 「母さん、もういいだろう?」

 「……ふふふ、玲君はパパに似て優しいのね? 分ったわ、今日の所はもう何も言いません。うん? ……替わって欲しいの? それじゃ……今、替わるね」


 「母さん、どうかしたか?」

 「……小春ちゃんが話したいそうよ。今替わるわ……玲君、また、後でね?」


 そう言いながら早苗は目を瞑り、小春に替わった。



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