94)今後の事

 散々、大暴れした早苗は納得したのか笑顔を玲人に向けて話す。


 「それじゃ、玲君、またね。薫子姉様、後は宜しく……」



 そう語った、早苗は目を瞑って仁那と入れ替わったのだった。



 「梨沙さん! 怪我は無い!?」


 早苗から入れ替わった仁那は、先程の早苗とは全く違った態度で目に涙を浮かべ梨沙の前に跪いて心配している。


 梨沙はそんな、仁那の態度に苦笑しながら頭を撫でて優しく語った。


 「ああ、大丈夫だよ、仁那ちゃん」

 「ゴメンね、お母さん、私達家族以外にはすぐ怒るから……あれ? その足……やっぱり梨沙さん怪我してる」

 「大した事無いさ、唯の擦り傷よ」

 「ううん、今、治すよ」



 そう言って仁那は左手を差し出して、梨沙の方に向けた。左手の平が白く光り、向けられた梨沙の方に光が流れ出す。


 梨沙の全身に光の粒子に覆われ、次いで暖かい熱が包んだ。やがて光と熱は消え去り、残された余韻の後、梨沙が自分の体を確認すると、早苗に転がされた際に出来た膝や肘の擦り傷や打撲の痛みが無くなっていた。


 「……何だコレ……き、傷が、無くなっている……こんな事が、起きるなんて……」


 梨沙は自身の変化に驚きを隠せない。坂井の周りに居た安中達も同様だった。仁那が使った能力は対象の再生能力を仁那の能力を付加して極大に増加する“甦活”という能力だ。“甦活”は自身にも他者にも適用出来るアーガルムの基本的な能力の一つだ。


 小春や玲人の様なアーガルムは、マールドムである人間なら致命傷に至る傷でも、簡単に再生が可能だ。其れだけで無く寿命も人のとは違い長命で、尚且つ強い生命力と高い基本能力を有していた。


 それはアーガルムの意志顕現力に寄るものだった。人間は意志を用いて強く想い描いた事が現象化するには多大な時間と労力が必要だが、アーガルムは違い、息をするより簡単に自らの意志を実体化する事が出来た。


 ……その力は唯の人間からすれば魔法か奇跡に等しかった。アーガルムは外見上、人間と全く差は無いが、強大な意志顕現力で脆弱な人間とは、隔した次元の存在だった。

 

 仁那の能力に驚いた梨沙が横に居た安中に尋ねる。


 「なぁ、拓馬。仁那ちゃんの、この力……自衛軍はどう考えると思う?」


 「ああ、正直、何としても欲する能力だ。今、梨沙にしてくれた治療能力だけじゃない。さっき早苗さんが見せた、自衛軍隊員だけを無力した能力……それと、玲人同様の念動力……どれも垂涎してやまない能力だろう。

 これらの能力で自衛軍を支援すれば、作戦の達成率だけで無く、自軍の被害を大幅に抑える事が出来るだろう」


 「……そうだよな……だけど、拓馬……それは……」


 「ああ、分ってる、全ては石川君達の意志と大御門家の意見を最優先しよう。私の方からも、この経緯も含めて奥田中将閣下に説明し、皆さんの意見が最優先される様進言する心算だ。

 そして、仮に皆さんの意見と、我々の方向性が合致して石川君達が自衛軍に協力して貰うにしても、以前の様な技官として非戦闘要員か、垣内隊員の様に予備隊員として後方部隊に配属される様にする。勿論、大御門准尉と同じ、特殊技能分隊でな……それでいいか大御門准尉?」


 安中の小春に対する配慮に玲人は大いに感謝して礼を言った。


 「過分な配慮有難う御座います。安中大佐殿。此れなら、大御門家としても……そして母の早苗も納得するかと思います。

 ……それと、母の早苗の過度な行動で坂井少尉と安中大佐にご迷惑を掛けた事を息子としてお詫び致します。申し訳ありません」


 そう言って深々と頭を下げる玲人だった。その玲人の様子を見た仁那も慌てて、梨沙と安中に対して“御免なさい!”と言って玲人同様に仁那も頭を下げる。


 そんな二人の様子を見て、坂井と安中は顔を見合わせて、声を上げて笑いあった。玲人が余りに生真面目に謝り、それに追従する仁那の様子が可笑しかったからだ。一頻り笑った後、坂井が二人に声を掛ける。


 「いいや、色々考えると、君達のお母さんが怒るのは最もだ。君達のお母さんは自分の為には怒っていない。最初は小春ちゃんの為に怒って、その後は傷付けられた自分の家族の為に怒った。

 君達のお母さんは小春ちゃんの考えを尊重する為、アタシに敢えて勝負を持ち掛けたと思うんだ。アタシはコテンパンにされて、ちょっと……いや、相当怖かったが……

 君達のお母さんは、いや早苗さんは大切な者の為に戦う覚悟が有る凄い人だと思う。だから、君達も早苗さんを責めるんじゃ無く誇りに思いな」


 梨沙は仁那(体は小春だが)と玲人の肩を叩いてそう言った。その様子を見ていた薫子が安中と梨沙に向かって今後の対応について意見を言う。


 「……色々有り過ぎて混乱してるけど、先ずは此れからの事を考える必要があると思います。今日の所は、小春ちゃん……今は仁那ちゃんだったわね、仁那ちゃんは私達が連れ帰り、今日の所は大御門総合病院で入院し、明日から検査を受けて貰います。

 そして小春ちゃんの親御さんに今後の説明や現状について説明する必要が有るけど、どう説明するかは……難しい所ね……主犯の私が言うのも、盗人猛猛しいって話だけど……」


 薫子はそう言って難しい顔をして頭を抱える。薫子自身も、後の事は考えず仁那を救う事のみに全力を注いだ訳だが、まさか死んだ筈の早苗が仁那の中に居て、小春の体の中に3人も同居する事など想像も付かなかった。


 その内の一人、早苗は完全にコントロール不能だ。

 


 そんな薫子の苦悩を見た安中が強く忠告する。


 「薫子主任、全てをそのまま伝えるのは混乱を招く。我々としても先程の石川君の話は公言を差し控えて頂きたい。ましてや人類の危機など……事実かどうかは別にして、公言すれば尾鰭が付き、どんな影響が出るか分らない。

 石川君の能力の件もある。我々としても石川君達の護衛は今日からでも行う予定だが、能力の事が周囲に漏洩しては、テロ組織の格別の餌になるだろう。そしてその被害は、石川家だけに留まらない。

 薫子主任、敢えて言わせて貰うが……この件に限っては、事実を全て伝える事は止めて頂きたい」


 安中の忠告を受け、薫子はその美しい顔にハッキリと不満の表情を浮かべながら、苦言を述べる。


 「……軍の方は何時まで経っても、自分達本意ですね」

 「国民の安全の為と言って頂きたい」

 「私にはそう言えば何をしても良いと聞こえます。妹の早苗の前で、もう一度同じ事が言えますか?」


 言い合う、薫子と安中だったが薫子に早苗の事を持ち出されると、流石に安中も戸惑いが見えた。


 「……何と言われても仕方ない。我々自衛軍としてもこの件は、検討出来ていない事案でもある。とにかくこの件について事実公表は控えて頂きたい」


 安中と薫子の言い合いを見ていた梨沙は仲裁に入ろうと思ったが、火に油を注ぎそうだったので我慢していた。横に居る仁那はオロオロしている。仁那の困り顔を見た、玲人が割って入った。


 「薫子さん、此処で言い合うのは小晴達にとって負担でしかない。そして……大佐殿に上申致します。大佐殿の言われている事も良く分かりますが、我々大御門家としては石川家に対して誠意を示す必要が有ります。

 この件は現当主の叔父弘樹に相談し、その上で方向性を大佐殿にご連絡させて頂きますが、其れで宜しいですか? この場は先ずは石川小春さんの健康状況を確認するが先決と思われます」


 玲人の言葉を受けて安中と薫子は頭が冷えた様だ。


 「……分った、大御門准尉。其れで良い」

 「御免ね、玲君。私が悪かったわ……安中さん、この件は兄にも相談して決めたいと思います。結果は兄の方から安中さんに連絡させますが……安中さんの忠告についても出来るだけ……沿う様に言い伝えます……」


 安中と薫子はバツが悪そうに各々が玲人に答えた。


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