96)小春の願い

 早苗から体を替わって貰った小春は今の自分の現状(自身の体に3人の魂が同居)に落ち着かない様で溜息を付きながら出て来た。


 「ふぅ……こんばんは、弘樹さん。先日は夕食ご馳走様でした」

 「……あぁ、今度は石川さんか? 同じ人間の体なのに、流石に大きな違いを感じるよ」


 弘樹が、目の前で起こる小春の変化に目を白黒させる。そんな弘樹を横目に薫子が小春に問い掛ける。


 「体の調子はどう? 小春ちゃん。いつもと違う様な事はあるかしら?」


 「いえ、薫子先生。体の調子はとても良いです。問題は仁那も早苗さんも元気過ぎて大暴れする事です……所で、わたしが早苗さんと替わって貰ったのはこれからの事を相談したかった為なんです」

 


 そう言って小春は自分達の考えを玲人達に話し出す。小春達の考えとしては、極めて簡単だった。



 一つ目は出来るだけ玲人の傍に居たい事と、二つ目は玲人を守る為に自衛軍に参加したい事、此れだけだった。尚、マールドムの危機については、安中が言う様に現状傾向が確認されていない事より、自衛軍に参加する事で、何らかの兆候が掴めるだろうと小春達は考えた。


 玲人達3人としては、一つ目については何の問題も無い事だったが、二つ目の自衛軍の参加は正直受け入れがたい所ではあったが、今日の早苗や小春の覚悟を見た後では、反対は出来なかった。


 その為、大御門家としては小春達の意志を尊重する様、如何するかを検討する事となった。弘樹は小春に方向性を伝える。



 「石川さん、僕も君の事を小春君と呼んでいいかな。もう君は、いや君達は僕達大御門家にとって本当の意味で家族となった。今更、縁遠くなる事など絶対に有りえないから。

 そして君達の考えは良く分かった。ただ玲人を守る為に自衛軍への参加は僕は、止めて欲しいと思うが君達の意志は固いだろう。それに僕達大御門家は君達に生涯尽くす事を、先程早苗に誓ったばかりだ。

 だから、僕達としては君達の意志に答える為、最大限努力する事を誓うよ」


 「はい、有難う御座います弘樹さん」



 「具体的には、小春君の一つ目の願いだが此れは以前から決めていた……玲人を小春君、君の正式な婚約者にする。玲人、其れで構わないな?」


 「ああ、俺の生涯は小春達と共にある。だから婚姻関係になる事は必然だ」



 「…………!!」


 

 小春は何げ無く、話す弘樹と玲人の重大発表に思考が停止して絶句した。



 (え? こ、婚約って結婚する事? わたしと、その玲人君が? そ、そうなるの?)



 「小春君も其れで良いだろうか? すぐにでも君のお母さんにもご連絡させて頂く。大御門家としては、一刻も早く結婚を勧めたい所だが……小春君は如何か?」


 「……!! けけけ結婚……はひ……そそそ其れでお願い……ぜぜ是非……はひ」



 小春は唐突に言われた重大発表に自身の心の整理が全く追い付かなかった。勿論、嫌な訳は無く玲人達と生涯共に過ごす事は小春達全員が、強く望む所だったが“婚約・結婚”というキーワードにより、心のキャパシティは許容オーバーし、小春は挙動不審に陥った。その様子を見た薫子が静かに弘樹に言う。


 「弘樹兄様、余り小春ちゃんを混乱させては困ります。婚約は決定だとしても、せめて退院して落ち着いてから話しましょう」


 「む、そうか。小春君、済まなかった。まぁ、婚約自体は本人達の強い希望事項でもあり、決定だな。この件は後日、君のお母さんに伝えさせて貰うよ。もう一つ決定事項として……小春君が住んでいる自宅の両隣りを買い取る事になった」



 「……え?」



 小春は弘樹の言う意味が全く分からず、固まった。弘樹は何でもない風で続けて話す。

 

 「いや、小春君。君の護衛の問題とかあるし、薫子も定期的に君を検診したいとの事でね。其れならば、と思って。軽い気持ちで君の自宅の両隣りの家主に、傘下の不動産企業に急ぎ当たらせたんだ。

 元々、あの辺りはうちの系列の不動産企業が面倒見ていてね、幸い営業担当が家主と懇意にしていて気軽に交渉出来た様だ。

 まずはあの地域の標準中古住宅売却金額の5倍で交渉させたら、是非にと逆に迫られてしまった様でね。買い取る予定の両隣りの物件の内、片方は君の護衛の為玲人が住んで、もう一軒は薫子が住む事になるよ。

 いやー、いい買い物になりそうだ!」



 「…………え?」



 小春は弘樹の話が、衝撃が大きすぎて再度固まった。


 (わたしの家のお隣に、玲人君と薫子先生が、住む? って事!?)


 小春は弘樹が何を言っているか、最初理解出来なかった。しかし冷静になってくると、とんでもない事を弘樹は口走っている。

 

 「あ、あの、何処までが、その本当の話ですか?」


 小春は信じられないという思いで弘樹に質問すると、弘樹は飄々と答える。


 「ああ、大丈夫だよ、小春君。全て本当の話だ。君と玲人の婚約も、玲人や薫子が君の自宅傍に住む事も。残る問題は、小春君達の二つ目の要望だが自衛軍については、此れから彼らと調整するから、もう少し待って欲しい。

 勿論、此方の要望を最大限通して見せる。僕としては君達の安全を最優先する方向で押して行く心算だ。それと、自衛軍の他の連中も君の護衛とか色々有ると思うんで、君の自宅裏の物件も交渉中だ。

 今の所、其処の家主さんも非常に好反応と聞いている。取敢えず、そんな感じで進めさせてるけど其れで良いかな?」



 「……ハッハハイ、ソ、ソレデイイト、オオオ、オモイマスデス、ハイ……」



 弘樹の暴走とも先走りとも言える矢継ぎ早い行動力に対し、小春は思考の整理が付かず片言で返答した。

 


 ともかく、自分達の要望は概ね希望通りになると考えた小春は、早苗とシェハウスで整理する為、仁那と替わった。

 最も小春としては、予想外の展開に自分自身も全く付いて行けずパンク状態で、頭から煙が出そうだった為、焦げてしまいそうな頭を落ち着かせる必要があった事が大きかった。



 小春と替わった仁那は再度、玲人をコンビニに連れ回し、夜食のおやつを大量に購入したが、薫子に取り上げられた。その事でジト目で薫子を睨み不満を言っていた仁那は、やがて疲れたのだろう、そのまま静かに眠ってしまった。



 安らかに眠る仁那の頭(もっとも小春の体だが)優しく撫でていた玲人だが、自分も個室内の簡易ベットで眠りについた。



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