78)覚醒

 小春の一言に重い空気が3人の間を支配した。



 「「「…………」」」



 その沈黙を破ったのは早苗だ。


 「何それ……そんなの私達に何とか出来るレベルじゃ無い。ソレこそ政府とか国連の仕事だわ……それに私達は“アーガルム”て、存在なんでしょ。そして“アーガルム”なのは修君と玲君も同じ筈。だったら私達、そんな事に関わる義理も義務も無いわ」


 早苗の至極常識的な意見に仁那が真っ向から反対した。


 「お母さん! さっきと言ってること違うよ!」

 「それは違うわよー、仁那ちゃん。私はさっき“私の家族を守るついでに出来る程度”って言ったの。全世界なんてついでじゃ出来ないわ」


 「でもお母さん、薫子や弘樹叔父さんの家族はマールドムって事なんでしょう?」

 「薫子姉様に、弘樹兄様? ……ククク、私達家族を見殺しにした連中なんて知った事ではないわ……大御門の奴らの様に無様に潰れてしまえばいい……フフフ」

 「ダメよ! お母さん! また、悪い人の顔になっているわ」


 暗い瞳をして不気味に笑う早苗を仁那は体を揺さぶって諌める。そんな様子を苦笑し眺めていた小春は二人が落ち着くのを待って、静かに語った。



 「……ダメですよ、早苗さん。大事な事を忘れています……玲人君の事です」


 小春の指摘に、早苗は虚を突かれた顔をしてハァ、と盛大に溜息をついてぼやいた。


 「……そうだった……玲君はともかく……“玲君組”には修君が居たんだった。あのお人好しが、こんな事態をほっとく訳無いわ」


 「そうです……それにわたしも、陽菜やお母さんやお婆ちゃん、晴菜ちゃんや東条君達、そして薫子さんや弘樹さん達が危険な目に遭っているのに知らない振りなんて出来ません……」


 そう言って小春は、真っ直ぐ早苗の目を見つめた。


 「……小春ちゃんが動けば、当然玲君も私達を守る為、矢面に立つか……“私達組”に修君以上のお人好しが居るとは……まぁそうじゃないと、仁那ちゃんの為に命掛けてこんな所、来ないわね……」


 「そうよ、お母さん。小春だからこそ、私達は一緒になった。もう小春の気持ちは私達の気持ちでしょ。何よりお母さん、私も薫子や弘樹叔父さん達を放って置く事は出来ないわ」


 そう言って仁那も早苗を真っ直ぐ見つめる。


 「はぁぁ……あの女、消える前に“エニ、貴方だからこそ”なーんて言ってけど、ほんと最高の人選ね……やるしかないか……“玲君組”をほっとけないしね……」

 「お母さん、偉いわ!」

 「はいはい、アリガトねー」


 仁那に満面の笑顔で褒められた早苗は投げやり気味に答える。



 「ところで、小春ちゃん。人類に危機が迫ってるとして如何するつもり? 政府に働きかける為、選挙活動でもするつもりかしら」


 早苗は半ばヤケクソになって小春に絡んでくる。小春は苦笑しながら答えた。


 「早苗さん、そんなに嫌がらないで。わたし達が出来る事なんて限られていると思います。マセス様は最後にこう言われました。“力なんて何も必要ない。ただ信じ、愛して”と。これならわたし達に出来そうです」


 「でも、それは玲君達に全てを押し付けるって事にならない?」


 早苗は小春に率直に自分の意見をぶつける。対して、小春は首を振り静かに答えた。



 「そんな心算は無いわ。今まで玲人君はずっと一人で戦って来た。そしてわたしは、その姿を見送るだけだったけど……これからそんな心算はない」



 小春はそう言い切って瞳を閉じ、ショッピングモールでの出来事を思い返していた。



 あの時、玲人は小春の頭を撫で安心させて一人、皆を守る為立ち上がり戦いに向かった。


 (もうあんな事、一人でさせない……)



 小春はそう強く思った時、エニとしての過去の思いが突然、過った。



 (そう、いつもわたしは見送るだけしか出来なかった。皆を守る為戦いに向かうマセス様と“あの人”を……あの御二人の後ろ姿を何度も何度も眺めるだけ……そして眠れぬ夜を繰り返し過ごす……

 あの時のマセス様は“あの人”に並び立ち自信に満ち溢れた御姿だった。そして“あの人”は……そんなマセス様を信頼され、そして深く愛しておられた、何時だって……

 わたしはいつも御二人を羨み、共に並び立ちたい、お役に立ちたいと……願い続けていた……


 そして“あの人”の事を想い、そして、それだけだった……


  ……わたしは“今回も”それでいいの? 

  ……何の為にわたしは生まれて来たの?

  ……わたしは一体何がしたかったの?

  ……マセス様と共に戦い“あの人”をお助けする為でしょう? 

  そして、今さっきマセス様はわたしに“あの人”を託された……


 ……わたしが“あの人”を守る様にと。だったら! “あの人”をいえ、玲人君を今度こそ!! 一人なんかにさせない!! その為に、あの時のマセス様みたいに……いえ、違う!! わたしが! わたしがマセスなのだから!!)



 急に黙って目を閉じて俯いた小春を見て、早苗は意地悪が過ぎたか、と反省し声を掛けようとした時、それは起こった。


 小春の体を金色の光の粒子が漂いながら包み、全身が激しく輝きだした。やがて光の奔流が止み其処には……



 美しい紋様が描かれたマントと白銀色の甲冑を纏った小春が居た。そしてゆっくりと見開いた瞳は美しい金色の瞳だった。



 「……小春ちゃん、貴方……」

 「小春……」


 小春の変化に驚いた早苗と仁那は言葉を失った。そんな二人を見た小春は微笑んで語る。



 「早苗さん……わたし達は玲人君達を信じて愛します。その為に戦う。そして矢面に立つのは玲人君じゃない。わたし達です……そのついでにマールドムの世を救います。政府とか国連なんか関係ないです」



 「「…………」」


 迷いなく言い切った小春に早苗と仁那はしばらく絶句していたが……


 「アハハハ!! 凄い! 凄いよ! ハハハ! 確かに、ハハッ“彼女”の人選は最高よ! 小春ちゃん……貴方だからこそって本当だわ! いいよ! 凄くいい! 私も小春ちゃんの案に全面的に大賛成よ!」


 早苗は大爆笑して、小春の手を握り抱き締めてそして小躍りした。随分ツボにハマった様だった。


 対して仁那は大爆笑している早苗と対照的に沈んだ様子を見せていたが、顔を上げて小春の目を見て語った。


 「……小春……私は動けない事を言い訳に玲人に嫌な事、押し付けてた。戦うのは怖かったし嫌だった……誰かを傷つける様な事はもう、したくない。でも……だからって玲人に、押し付けるのはもっと嫌だわ……」


 そう言って涙を流す仁那に、早苗は駆け寄って抱き留めた。そんな二人の様子を見て小春は微笑ながら仁那に話しかける。


 「仁那、勇気を出してくれて有難う……でも大丈夫よ。わたし達の戦いは誰かを殺し、傷付けるものではない。玲人君達を、他の誰かを守り、助ける為に戦うの。だから恐ろしい力も傷付ける為の武器も、必要ないわ」


 小春の言葉を真剣に聞き入ってた仁那は、目に輝きを取り戻し興奮した様子で小春に返した。


 「……“玲人達を、他の誰かを守り、助ける為に戦う“……小春、誰かを傷つける必要が無いなら、それなら確かに私も出来るわ!」


 「そうよ、仁那。“わたし達”なら何でも出来る。運命すら変えて見せるわ」



 そう言った小春の金色の瞳は美しく、力強かった。



 小春は全く気付いてはいなかったが小春自身が想い鼓舞する事で、小春は早苗と仁那に“力”を増強し支援する“扶翼”の能力を使っていた。



 それはマセスの意志力が成す能力の一つだった。それは洗脳とは全く異なる、個人の意志力や体力等、全体的な力量の劇的な向上を図る能力だった。



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