77)エニとマセス

 小春は泣きながら只々悲しそうな顔をして“彼女”に寄り添って呼び掛けていた。


 すると白銀色の甲冑の“彼女”はうっすらと目を開き、その美しい金色の瞳に涙を浮かべて小春に囁いた。



 “ああ、小春は……貴方だったのね……エニ……ずっと私を探してくれて……待たせて御免なさい……ああ……天よ……この出会いに……この奇跡に……感謝します……”


 エニと呼ばれた小春は上ずった声で“彼女”に聞き返した。


 「貴方はわたしの事知ってるの!? エニってわたしの事!? 貴方は誰なの!?」


 “彼女”は実体化出来てないその腕を伸ばし、指で小春の髪を掬う仕草を繰り返しながら美しく何処までも優しい声で小春に伝えた。


 “……エニ……私は貴方になり、貴方は私になる……だから、私の名は必要ないわ”


 「そんな! やっと会えたのに! うう、ぐすっ……うぅ!……消え、ないで……」



 “彼女”は指で小春の髪を掬う仕草を続けながら、小春に語りかけた。



 “……私の多くは“あの人”を……助ける為に与えてしまった……その為に……早苗を助ける前から……この次元に留まる事は既に……困難だったわ……だから……今の世の私である仁那は……不確かな存在に、してしまったの……それを……エニ、貴方が救ってくれた……”


 「でも! 貴方が消えそうだよ!!」


 “違う、そうじゃない……私と……仁那と早苗は……同一の存在なの……だから、もう大丈夫よ……

 どうか、私をエニ……貴方の中で休ませて……貴方と私達はもう、一つの存在……私は貴方になり、貴方は私になる……だから……私の……私達の力は……貴方の力……私達の全ては……貴方の全て……”



 そう言った白銀色の甲冑の“彼女”は金色の光に包まれ出した。その光はエニと呼ばれた小春の体を包みだした。



 “ああ……この時代には……“あの人”や“あの子達”、そして皆も……ちゃんと居るのね……本当に良かった……だけど、このままでは……エニ……貴方なら、いいえ貴方だからこそ……この戦いを止める事が出来るの……その事を……忘れないで……そして、エニ……どうか……“あの人”の事を、お願い……”



 そう言った“彼女”は己の全てを光の粒子に姿を変え、小春を包んだ。



 「待って! 消えないで!!」



 “……私は消えない……私達は同一の存在、元より永遠の存在として……悠久の旅を、長い輪廻の旅を……生きる事となる……一人の“アーガルム”として……

 早苗……仁那……そして……エニ、いえ……今の世では、小春ね……貴方達3人を巻き込んでしまって……御免なさい……

 でも……このままでは“マールドム”の世は……大変な事に……だけど……何も……変わらない……貴方達……いえ、私達は互いの……大切な者をただ……信じ、深く……愛すればいい……それが……それこそが……この戦いに……勝利を……力なんて何も……必要ない……ただ、大切に……信じ、愛して……”



 最後にそう言った“彼女”は小春の中に全て光の粒子となり、小春の中に一体化した。



 「うぅ! うぐ……あぁ!! マ、マセス様!!……」



 静かになった部屋の小春は嗚咽しながら呟く。小春は“彼女”と融合した事でその名前だけを思い出した。


 そんな小春に仁那は共に涙を流しながら優しく寄り添い背中を撫で続けていた。早苗も小春の手を握り慰めるのであった。



 「……なんか思いっ切り、メンドクサイ事に巻き込まれた感じがするんですけど? ……なに? 戦い? 大変な事に?……ひっさしぶりに目が覚めたと思ったら、いきなりまさかの丸投げだなんて……あの女……」


 早苗はそう言って“彼女”つまりマセスに思いっきり文句を言っている。しかしその両目から涙が溢れ流れている……


 「……お母さん」


 仁那は早苗に抱き締めて慰める。早苗はそんな仁那の頭を撫でながら言った。


 「……まぁ、私の家族を守るついでに出来る程度は手を貸してやってもいいけど……」

 「早苗さん、有難う。“彼女”いえマセス様に代ってお礼を言います」


 「やめてよ、小春ちゃん。もう私達は一人の存在なんでしょう? “彼女”も含めてね。でも、小春ちゃんが“彼女”と知り合いだったとはね。何かある、とは思ってたけど」


 「いえ、わたしも今は何も思い出せないんです。ただ……過去のわたしは、エニ……として生きたわたしは、マセス様ととても深く強い繋がりがあったんだと思います……だから、マセス様の魂と融合した仁那に、強く惹かれる様な感じがしたんだと思う」


 「そういえば、私も小春と会う度とても懐かしい気がする時有ったけど……私の中のマセスって人がそう感じたんだわ」

 「きっとそうね仁那……やっとわたし達は、出会う事が出来た……」

 「うん……小春、私は心から嬉しいわ」


 そう言って小春と仁那は手を取り合い喜び合った。

 

 「……そう言えば、あの人が言ってた“永遠の存在として”って……あれってどういう意味なんだろう? お母さん、分る?」


 「多分あれは、魂とか霊とか言われる話の事でしょう? 私も詳しく知らないけど、魂だけは人間の体が死んじゃっても、消えずに死後も存在し続けるって事だったと思うの。

 大御門のゲス達が、何か調べてたみたいだけど私は全く興味なくてね。正直信じてなかったけど、実際自分が体験すると認めるしか無いわ……」


 「そうか、よく分からないけど私達、ずっと一緒って事ね! 凄く嬉しいわ」


 上機嫌な仁那に早苗は微笑しながら、仁那の頭を撫でる。仁那は続けて早苗に質問する。


 「もう一つ教えてお母さん、あの人良く分らない事言ってたわ。“アーガルム”とか“マールドム”とか、アレって何の事?」


 「あの“彼女”は眠ってばかりで余り話す機会は無くてね……それについては私も何も知らないわ。

 それにしても……“一人のアーガルム”とか“マールドムの世は”とか中二っぽい事、言ってたわね……」


 早苗は首を傾げ考えている。そこに小晴が呟く。


 「……多分ですけど“アーガルム” “マールドム”は犬と猫の様な生き物の種類の意味だと思います」


 小春の呟きに早苗はハッと思い出して返答する。


 「そうか、だから“一人のアーガルム”なのか……それなら“アーガルム”は人間って事かしら?」

 「じゃあ、お母さん“マールドム”は?」


 早苗と仁那は質問し合う。小春はその様子を見ながら静かに答えを言う。エニとしての記憶を思い出してるかの様だった。


 「いいえ、違うわ仁那。“アーガルム”は私達。“マールドム”は今の時代に生きる人達だと思う……」


 「ちょっと待って、小春ちゃん。”彼女”は“マールドムの世は大変な事に”とか言ってたわよね? それってこの国の人達が大変な事になるって事?」


 「早苗さん、この国じゃない。全世界の人達だって事だとマセス様は言いたかったんだと思う……」



 そう小さく呟いて小春は俯いた……


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