79)旅立ち

 早苗と仁那は興奮した面持ちで語り合う。


「そうと決まれば、此処を出ましょう。何が出来るか分らないけど、私達がする事は何も変わらないわ」

「小春! 早く行こう。玲人とお父さんに早く会いたいわ」


 小春の言葉を受け、真に自分達がやる事が分った早苗と仁那はこの、心の世界から出たがった。小春は早苗と仁那の手を取り静かに二人に言った。


 「早苗さん、仁那。わたしは貴方達と一緒に為れて良かった。いいえ、貴方達だから出来た事だわ。

   早苗さん、貴方はマセス様が選んだ人。

   仁那は今の世のマセス様。

   そして過去にエニだったわたし。

 わたし達は出会うべくして出会った。偶然なんかじゃない。いいえ、長い時を生きるわたし達にとって偶然に見える出来事全ては、きっと必然なのだから。

 全ては今に至る為……もう怖い事なんか何もない。3人で手を取って一緒に行きましょう……」



 小春らしくない事をスラスラ言った小春に仁那と早苗が眉を潜めて小晴から少し離れ、コソコソ言い合う。


 「……お母さん、なんか小春おかしいよ」

 「ほっときなさい。多分、鎧と金色の目の所為で中二病を発病したんだわ……可哀そうに……もう手遅れかも……」


 「中二病!? 何それ、病気なの? 小春治らないの?」

 「残念ながら……一度発症すると一生治らないかも……こういう時は生暖かい目で見て、そっとしときましょう」

 「そんな……小春……」


 コソコソ言い合う早苗と仁那を小春はジト目で見つめる。そしてため息をついて手を前に出して手の平に光を集め、その光で二人を包んだ。


 すると、早苗と仁那も小春と同じ、美しい紋様が描かれたマントと白銀色の甲冑を纏っていた。


 そして仁那の瞳は以前のまま金色だったが、早苗の瞳は皆と同じく金色に輝いていた。早苗と仁那は自身の変化に驚きを隠せない。そんな様子に悪戯っぽい瞳を向けて小春が呟いた。


 「二人もわたしと同じ格好になりたかった様子ですからお揃いにして挙げました。これで3人仲良く中二病ですね?」

 

 しかし小春の思惑とは別に早苗と仁那は大いに喜んでいる。


 「見て! お母さん! 小春と同じ格好いい鎧だわ! 強そう……」

 「鎧か……この格好で夜に迫ったら……修君喜んでくれるかな? でも脱ぐのめんどくさそう……」

 「お母さん? 迫る、ってどういう事?」

 「いい質問よ、仁那ちゃん……それは愛し合う男女の神聖な……」

 「ち、ちょっと! さ、早苗さん何を言い出しているんですか!?」


 「あら? 興味あるかな? なんなら、私の過去記憶を此処で投影して皆に見て貰おうかしら? 玲君と仁那ちゃんを授かるまでの神聖な愛の軌跡を……」

 「わー! わー! 本当に、やややめて下さい! 仁那も興味持っちゃダメー!!」


 アーガルムとして絶大な意志力を示せる様になった小春だったが、お子様な精神は何も変わっておらず、早苗の思わぬ攻撃の前に鎧を纏った小春は一瞬で撃沈した。

 小春は顔を真っ赤にして蹲っている。その様子を憐れみの目を向けた早苗はフン、と鼻を鳴らして追い打ちを掛ける。


 「ちょろ過ぎるわ。お子様の小春ちゃんはコスプレ鎧を着て金色カラコン付けた程度では、経験者の私の前には無力ね……こんな状態では玲君のお嫁には百万年早いです」


 「ううう……酷いです……早苗さん」

 「ねーねーお母さん? 経験って何の事?」

 「いい質問よ、仁那ちゃん……それは大人の女しか知り得ない神秘の……」

 「もー!! いい加減にしてー!!」


 「コレだから経験のないお子様は……ゴメンゴメン、小春ちゃん分ったから手から変な光出して怒らないで……お尻だったら蛍みたいで笑えたのにね……イタッ 冗談だから小突かないで小春ちゃん」

 「お母さん! 小春をいじめちゃダメよ!」


 散々早苗に弄られた小春は、鎧姿のまま真っ赤な顔をして疲れ切っている。せっかくいい事言って締めようとした小春は、早苗に弄られた挙句、幼くなり無邪気になった仁那に翻弄され、せっかく芽生えた威厳は地の底に落ちた。


 「一体何してるの、小春ちゃん。早く行くわよ?」

 「小春、大丈夫? 顔赤いよー?」

 「いいい一体……だ、誰の所為ですかー!」


 小春は涙目でプルプルしながら、早苗に文句を言っている。


 「良かった……いつもの小春に戻ったわ。小春はこうじゃないと安心しない……」

 「漸く、小春ちゃんの中二病が治った様ね。これからも変な事を言い出す中二病が発病した時は、大人の知識で私が治療して上げましょう」

 「良かったわね、小春?」

 「……何も良くないわー!!」


 散々騒いだ三人だったが、


 “いい加減にして小春ちゃん、真面目にしないとダメでしょう?”


 と無責任な事を張本人の早苗が言いだし、小春を更に疲れさせた。


 しかし結果的にそれで3人は漸く落ち着きを取り戻し、真面目に心の世界から出立する事になった。


 「ふふふ、外の世界は本当に楽しみね。私は仁那ちゃんの中で見てるだけだったから」

 「……ゴメンね、お母さん。私は動けなかったから、余計に退屈だったでしょう?」


 「いいえ。それは違うわ、仁那ちゃん。殺された私は本当なら、仁那ちゃんと玲人の傍に居る事すら出来なかったと思うの。でも……“彼女”いえマセスね、マセスのお蔭で仁那ちゃんの中で二人の成長を見る事が出来たわ。

 だけど、仁那ちゃんや玲君が大変な思いをしてる時に見ている事しか出来なかったのは本当に悲しかった……仁那ちゃん、本当にゴメンね。仁那ちゃんを助ける事は、小春ちゃんや薫子姉様がする事じゃ無く母親の私がする事だったのに。

 ……本当に御免なさい。ダメな母親で」


 そう言って俯いて静かに涙を流す。仁那はそんな早苗に抱き着き言った。


 「それは違うよ、お母さん。お母さんが私の中に居てくれたから、私は頑張れたと思う。私の中が空っぽだったら、絶対耐えれなかった。だから……本当に有難う」


 仁那と早苗は抱き合いながら静かに泣いている。小春も二人の様子を見て涙が止まらなかった。そんな小春に気付いた早苗と仁那は小春の手を取り傍に引き寄せる。

 

 「そんな所で何、他人事みたいに眺めてるの? 小春ちゃん。さっきも言ったけど一番感謝しているのは、何と言っても小春ちゃんなの。小春ちゃんが全てを、私達家族を、そして“彼女”を救ってくれたのよ」

 「そうだよ! 小春が全てを変えてくれたの! そして、そんな小春だからこそ私は、私達は全てを貴方に委ねれるわ」

 「早苗さん、仁那……」


 3人は輪になりながら手を取り合っている。旅立つ時が来た様だ。


 「あぁ、修君に早く会いたいわ。玲君にもね……此処まで長かったから……」

 「お母さん……」

 「早苗さん……」


 手を取り合いながら、早苗は自分の思いを呟き、仁那と小春はそんな早苗を慰める。


 「小春ちゃん、わたし達一緒になると、どんな風になるの? 何か分る?」

 「はい、早苗さん……多分ですけど、わたし達はわたしの、石川小春の体を共有して使う事になります」


 小春は自分と深く繋がったマセスの力と知識を、極めて断片的であるがまるで思い出すかのようにその恩恵を使う事が出来た為、マセスの知識からその様に予想した。


 「そう……分ったわ、小春ちゃん。それでお願いが有るのだけど聞いてくれる?」

 「はい、早苗さん。何でしょうか?」

 「目覚めた時、私に小春ちゃんの体を最初に貸して欲しいの……私、14年振りだから……」


 「ええ、勿論いいですよ」

 「じゃあ、小春! お母さんの次は私に小晴の体を貸して! 私も動けなかったから歩いたり走ったりしてみたいの!」


 「はいはい、分ったよ仁那。早苗さんの次は仁那が自由にしていいわ。それに早苗さんも仁那も、もう“わたし自身”なんだから自分達の意志でわたしの体を自由に動かせる筈よ」

 「へー!! 凄いね! ねぇお母さん!?」

 「……それはとても楽しみね……ククク」


 小春は後に、早苗と仁那に自分の体を自由に貸せる事実について、教えた事を大いに後悔する事になる……


 「小春ー、3人一緒に此処から出るにはどうするの? 最初の部屋まで戻るの?」 

 「いいえ仁那。その方法を貴方は良く知ってる筈。ただ強く外の世界の事を願うだけでいいよ」

 「そうか、いつも同じなんだね」


 「だったら小春ちゃん、此処を出る時お互いの気持ちが一緒になった、小春ちゃんのあのセリフを一緒に唱えながら行きましょう」

 「セリフって何の事、お母さん?」

 「アレよ、仁那ちゃん。小春ちゃんが初めて鎧コスプレと金色カラコンデビューした時に吐いた中二臭くて痺れるセリフよ」


 「分ったよ、お母さん! “玲人達を信じて愛します”って小春が言ってた事ね」

 「ええ、そうよ! 小春ちゃんが“玲君達を信じて愛します”って言った奴よ、この小春ちゃんが。いやーアレは痺れたわー」

 「……ヤメテ……もう、晒さないで……」


 最後の最後で早苗に少なくない精神的ダメージを食らった小春だった。


 しかし、何だかんだ言ってた早苗も、小春の“中二発病セリフ”が、結構気に入ってるみたいでこの言葉を唱えてこの心の世界を出る事になった。


 改めて3人は手を取り輪になって目を瞑っている。3人とも同じ鎧姿のままだった。

 

 「小春ちゃん、唱えて。二人で合わせるから」

 「はい早苗さん、わたし達は大切な者をただ信じ愛する!」

 「「私達は大切な者をただ信じ愛する!」」

 「その為に戦う! 守る為に!」

 「「その為に戦う! 守る為に!」」

  

 3人の心が一つになり、最後に小晴が皆に扶翼の能力を使う。強力な意志力向上の為だ。3人は共通して愛する“彼の人”の事を胸に想い描いて強く、早く会いたいと願う。



 ――そうして3人は光に包まれ、その場所から消え去ったのだった。


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