75)“彼女”と“彼”

 小春は早苗に言われた“彼女”がとても気になって聞き返した。


 「……奥の“彼女”?」

 「ええ、そう。仁那ちゃんの心の中には私ともう一人“住んでいるの”。その“彼女”の力で私と仁那ちゃんは14年前助けられたみたいなのね」

 「……どういう事ですか?」


 「さぁ? 私も14年前、あの猛毒外道父に修君と一緒に殺されて、お腹に居た玲君と仁那ちゃんも皆同じ様に天に召される筈だったのよ。

 ……でもそうならず、気が付いたら私は仁那ちゃんの心の中に住んでいたの。この部屋の奥に居る“彼女”と一緒にね。その時“彼女”に聞いたんだけど、私と仁那ちゃんを守る為、力を使って互いの魂を融合させたって言ってたわ」


 「力を使った? “彼女”って誰ですか?もしかして神様とか……」


 「ちょっと違うかな。 もの凄い力を持つ“何か”だとは思うけど……でも“彼女”は最初から凄く弱ってたのに私と仁那ちゃんを助ける為、無理をして更に限界が近づいたみたいなの……奥に居る“彼女”はその為にずっと眠る事になっちゃたのよ……」


 「早苗さん、もしかして仁那の体が良くないのは……」


 「そうよ、小春ちゃん。私と仁那ちゃんも“彼女”の一部? それとも私と“彼女”が仁那ちゃんの一部なのかな? よく分からないけど私達は一心同体の存在で、力の源である“彼女”が消えそうだから繋がっている私と仁那ちゃんも同じ様に消えそうになってたんだけど……」


 此処までの話でずっと黙って話を聞いていた仁那がやっと分った、とばかり胸を張って自信満々に言った。


 「分ったわ! 其処に小春が助けてくれたから、私もお母さんも、その“彼女”って人も皆消えずに済んだのね!」

 「そうよ! 大正解! 流石私の仁那ちゃんね! 賢い君にはもう一つハナマルを上げます」


 そう言って早苗は仁那の右頬に自分の血でハナマルを書いた。


 その様子を見た小春は、もう一度仁那を引き寄せ早苗に注文した。


 「……早苗さん、その血……何とかならないですか? わたし……正直怖くて堪りません」

 「……何とでもなるわ」

 「……じゃあ初めからちゃんとして下さい!」


 「くくくっ流石、玲君のお嫁さん候補だけあるわね……最初が肝心だから一発かましとこうって、思ってたんだけど……言うじゃない……」

 「……あの? 早苗さん?」

 「分ったわよ、うるさいお嫁さんね」


 そう言って早苗は自身の姿を変化させた。一瞬白い光に包まれた早苗は以前写真で見た姿の制服姿になった。流石に血は付いていない。部屋の外観は一切変更が無かった。



 「……早苗さん……どうして最初白襦袢で血だらけの姿で現れたんですか?」


 小春は少しイラっとしながら遠慮なく疑問をぶつけた。


 「其れはね、玲君の“母親”として嫁候補の貴方の度肝を抜いて、本気泣きさせてやろうって考え……」


  “バン”


 「アイタッ」 


 仁那がどこから出したのかハリセンで早苗の腰を叩いた。


 「お母さん? 小春に意地悪したら、私怒るよ?」


 「仁那ちゃん……流石ね、この心の世界では望んだものが実体化する。それを瞬時に理解してハリセンとは……天才過ぎるわ……でもハリセンで殴る前にそのセリフ言ってくれると私、嬉しかったんだけど……」



 小春は、仁那と早苗のやり取りを見ていて何だか楽しくて、そして嬉しくて泣き笑いしてしまった。


 「アハハ、ハハ……良かった、良かったね仁那……ほんとに……ぐすっ」


 小春の泣き笑いを見た早苗は急に真面目な顔をして、そっと小春を抱き締めて囁いた。


 「ゴメンね、小春ちゃん。脅かしちゃって……本当の事言うと私と修君、つまり玲君と仁那ちゃんのお父さんはこの部屋で殺された。だから、さっきの姿は死んだ直前の私……私にとっては絶対忘れる事が出来ない瞬間だったから、そのイメージが具現化しやすいの。ビックリしたよね」


 「……そう、だったんですか……その、此処で何が……」


 「いいわ、真実を伝える。余り気持ちのいい話じゃ無いけど我慢してね。実の父だった大御門剛三って言う腐れ外道は私と修君、そしてお腹の子を生贄に使おうとしてあの祭壇で私達を殺したの。その時、私達を助けようとしてあの石の玉から“彼女”達が来てくれたんだと思う」


 早苗は後ろを振り返って、部屋の中心に置いてある階段状の台座に置かれている真っ二つに砕けた真っ黒い直径1m程度の石の玉にを指さした。


 小春は早苗が凄く気になる事を言ったのですかさず質問した。


 「……早苗さん……“彼女”達って?」


 「多分だけど……あの石には“彼女”だけでなく“他の誰か”も入ってたと思う。ゲス野郎の剛三は“何か”が入っていた事だけは知ってみたいで……起こそうとして色々やってダメだったから、私達家族を生贄にしようとしたの。

 そして……修君と妊娠していた私を其処の祭壇で殺したの……短刀で突き刺してね。最初に修君が殺されて、その怒りと憎しみで狂ってしまった私は、中々死ななくてね……何度も何度も何度も突き刺されたわ……ククク……最高に笑える最後でしょう?」


 「……そ、そんな……酷過ぎる……」


 小春は早苗の話す衝撃の事実に手で口を当てて涙を浮かべて悲しんでる。その様子を見た早苗は、もう一度小春をそっと抱き締めて囁いた。


 「有難う、小春ちゃん。貴方は優しいのね……貴方の様な子と死ぬ前に出会えたら良かったのにな……でも、私達家族の前にそんな人達は誰も居なかったわ。誰もね、うふふ……助けてくれなかった……“彼女”達以外はね」


 

 小春はある不安がどんどん大きくなり、続けて質問しようと思ったが、仁那がその事を早苗に聞いてくれた。


 「……お母さん、もしかして玲人にも誰か住んでるの?」

 「そうよ、仁那ちゃん。玲君も貴方と同じよ。もっとも玲君の中に“住んでいる”のは“彼”って事だと思うけど」


 今度は小春が早苗に質問した。


 「……どうして、そう思うんですか?」


 「殺される直前、私は妊娠4か月目だったの。病院で調べて貰った時、お腹の子は双子じゃ無かったわ。

 まぁ一卵性双生児の場合ある程度大きくならないと分らないらしいけど、一卵性双生児は見た目も性別も一緒になるらしいの」


 「……で、でも玲人君と仁那は顔も性別も、全然違います……」


 「そう、だからきっとあの石に居た“彼”と“彼女”がお腹の子を玲君と仁那ちゃんに分けて誕生させたんだと思うの……私と修君の魂を使ってね。

 多分……石に居た“彼”は修君と一緒になって玲君として生まれ、仁那ちゃんは“彼女”が私と一緒になって生まれた。

 ……普通妊娠4か月の赤ちゃんは余りに小さすぎて生きられない。そして生まれる筈がない双子が生れる事も有りえない。

 理屈は分らないけど石に居た“彼女”達が特別な力で奇跡以上の出来事を起こしたんだと思う」


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