74)仁那と早苗

 タテアナ基地の地下室で台座の上で、不思議な光を浴びて意識を失った小春だったが、誰かに呼び掛けられて目を覚ました。


 「小春、小春」

 「……うぅん」

 「小春ってば、起きて!」

 「……ちょっと待って、仁那……わたしとっても眠い……えっ仁那?」


 寝入っていた小春が仁那に呼び掛けられた事に驚いて目を覚ました。そこは真白い美しい部屋に居た。奥に大きな扉が見える。

 

 (あれ!? さっきまでわたしと仁那は地下に居た筈……ここは一体……そうだ! 仁那!)


 小春は慌てて仁那を探すと、其処には……真白いワンピースを着た6歳くらいの女の子が居た。美しい栗色のルーズウェーブの髪をして金色の瞳をした仁那瓜二つの顔をした少女だ。


 「……あなたは誰なの?」

 「もう! 私よ、仁那よ! 小春」

 「えぇ!? その姿……仁那なの?」


 仁那と名乗った目の前の少女は確かに仁那を幼くした感じの少女だった。しかもちゃんと健康な体がある。その姿を見た小春は……


 「仁那!! あぁ……ほんとに! 良かった! うぅ、ぐす、うぐぅ……」



 小春は小さな仁那を抱き締めて大泣きに泣いた。どれくらい泣いたか分らない程、泣き続けた。その間、小さな仁那は小春の頭を抱き締めてそして、頭を撫で続けた。



 ひとしきり泣いた小春は、漸く落ち着きを取り戻し、目の前の小さな仁那を見た。


 「仁那……体、ほんとに良かったね!」

 「うん……小春のお蔭だよ」

 「わたしは何もしてないよ。治療したのは薫子先生だし……ところで、仁那は元気になったの? 無理してない?」


 「うん! それは大丈夫! 意識が安定し自分自身が明確に表せる様になった。以前の様にあやふやじゃない」

 「あぁ良かったぁ……」


 取敢えず仁那は大丈夫そうだ、と認識した小春は周囲の状況がおかしい事に不安を感じ始めた。


 「……仁那……ここ、何処だと思う?」

 「多分……私と小春の心の世界だと思う」

 「え! わたし達はまだ、眠ったままって事かな?」

 「そうだと思う」

 「……そうなんだ……」


 そう言えば此処は確か、小春が初めて意識の世界に来た場所だと思いだした。最近、心の世界で仁那と会う時は、直接仁那が居る池の前で会える為、小春は最初どこか分らなかった。


 「ねぇ、小春。あの扉の向こう行ってみない? 誰かが向こうで待っている」

 「うん……分った。手を繋いで行こう」


 小春は、小さな仁那の手を握って部屋の奥にある扉に向かった。何だか、仁那は体と相応に意識も幼くなったように小春は思った。


 仁那の手は小さいが力強く温かい。仁那の横顔を見ると期待に満ち溢れた自信満々の表情をしている。


 今までの地下に居た仁那とはまるで違う。何て言うかエネルギーに満ちた姿だった。


 (もう、消えちゃうって事は無さそう。本当に良かった……アレ? ……そう言えば仁那が横に居て、わたしも一緒に居る。それ以外に一体誰がこの心の中に居るんだろう……?)


 

 二人で扉を開けるとその部屋は薄暗く広い地下室の様だった。確か一番初め、あの白い部屋から仁那に呼び掛けられて扉を開けた先には初夏の香りがする美しい緑の平原だった筈だが、全く様子が異なっていた。



 その部屋の真ん中に円形の台座があり割れた大きな石の玉が乗っている。その石は黒曜石の様に真っ黒で滑らかな光沢を放っていた。


 台座の前に祭壇があり、その祭壇に一人の女性が座っていた。小春はその女性を一目見た見た瞬間、悲鳴を上げて顔を背けた。何故ならその女性は真白い襦袢を着ているが、胸のあたりに大量の血痕が付いており、口からも血がべったり付いていた。


 余りの衝撃的な姿に小春は正視できないがもう一度その女性を恐れながら様子を見るとその顔は大人になった仁那其の物だった。年の頃は二十歳前であろうか、横に居る6歳の仁那が大人になれば丁度目の前の女性になるだろうと思われた。


 小春に手を握られている仁那は不思議そうな顔をしているが怖がっていない。好奇心いっぱいの顔をしてはいるが……


 血だらけの女性は普通なら絶対生きていない筈の状態である筈なのにその女性はじっと、小春と仁那を見つめて一言呟いた。


 「……悲鳴上げるなんて随分酷いじゃない、小春ちゃん?」

 「すすすすいません!! だ、だってこんなに血が…… あれ? どうして、わたしの名前を……知ってるんですか?」

 「知ってるわ、だってずっと仁那ちゃんの中から見てたからね。ふふふ……」


 「え……それってどういう、ことですか?」

 「分らない? それではヒントを上げるわ! 私の顔……誰かにそっくりじゃない?」


 全身血だらけの女性は、やけにテンション高くクイズ等出してくる。しかし小春としては“血だらけの状態で陽気に話しかけないで!”と心の中で叫んでいた。

 

 何となく真紀に似た感じの女性だが、何かこの人危ない……と小春は思っていた。


 正直引いている小春に反して幼くなった仁那は暫く出されたクイズに指を額に当てて考えていたが、答えが分かったみたいで大声を上げた。


 「あ! 分った!」


 声を上げた仁那は突然、目の前の血だらけ女性に抱き着いた。


 「分ったわ! あなたは私のお母さんよ!」

 「はい! 大正解! 流石私の仁那ちゃんよ! 賢い君にはハナマルを上げます」


 そう言って血まみれ女性は、仁那の左頬に自分の血でハナマルを書いている。怖すぎる状況に小春は思わず、慌てて仁那を引き寄せて安全を確保した。すると血まみれ女性はジト目で小春を見てくる。


 冷静になって考えてみると小春は目の前の血だらけの女性を見た事が有った。確か、薫子が見せてくれた玲人と仁那の母親で早苗と言われていた写真の女性だった。


 「……もしかして早苗さん、ですか?」

 「はい! 大正解! 流石は玲君のお嫁さん候補ね! 小春ちゃんは玲人君を狙う泥棒猫ですから、小春ちゃんの生血でハナマルを書いてあげます……ククク」


 そう言って血まみれ女性の早苗は首を不自然に傾けゆらりと立ち上がり不気味に笑う。美しい顔が余計に怖さを引き出している。小春は恐怖で泣きながら後ずさりする。


 「ダメよ、お母さん! 小春をいじめたら! お母さんでも怒るよ」


 そんな小春をかばう様に小さな仁那が早苗の前に立ち塞がった。そんな仁那の姿に早苗は可愛くて堪らないといった様子で仁那に抱き着いて頬ずりしながら言った。


 「あああー!! なッんて可愛いの! 私の仁那は! 大好きよ、愛してる!」

 「お母さん? 私の話聞いてる?」


 「もちろん聞いてるわよ? 小春ちゃんの事でしょう? 仁那ちゃんを助けてくれた命の恩人をいじめる訳無いじゃない! 

 小春ちゃんが仁那ちゃんを助けてくれたお蔭で、私も仁那ちゃんの心の奥から出て来れたのよ。二人が同化し魂が融合した事で、分解寸前だった仁那ちゃんの魂が安定した為だって奥の“彼女”が言ってたわ」


 血まみれ女性の早苗は、美しいその顔でそう言って微笑んだ。

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