59)過去編-5(弘樹と薫子)

 子供達が自衛軍の駐屯地に運ばれて半日が過ぎたのち、安中拓馬少尉に二人の男女がこの駐屯地に連れられてきた。


 「全く……どうしてこんな事に……」


 男の方は気の弱そうなひょろっとした優男風で、青い顔でおろおろしていた。大御門家の三男、大御門弘樹だ。


 「信じられない……私達のお屋敷が、あんな風になるなんて……」


 目を赤くしながら、口を手で押さえ弘樹の後ろをついていく少女が大御門本家長女の大御門薫子だった。薫子は一目で利発さが分かるロングヘアーの美人だった。


 「お二人とも足元、お気を付けて下さい」


 安中が不安そうな二人を先導する。


 大御門家で大爆発が確認されてから安中は、大御門家の関係者を探したが殆どの者達が爆発に巻き込まれ死亡していた。


 漸く無事を確認したのが実験に参加していなかった弘樹と薫子であった。安中は二人を拘束し、事故から約20時間後に此処に連れてきたのだ。


 大御門家の三男の弘樹は生来、気が弱く真面目な男だ。成長してから外部から聞こえてくる大御門家の“闇”にうんざりし関わりたくないとずっと考えていた。


 大御門家に生まれてきた事、自体が弘樹にとっては負担だった。


 年の離れた兄、健吾と雅彦は二人して大御門家の権力を欲し、何を犠牲にしても父の剛三に遜(へりくだ)って従っていた。


 剛三の身勝手で離縁された母が病で亡くなっても兄達は何の感傷も持たなかった。弘樹はそんな兄達に全く共感できず、剛三の指示には心底嫌々ながら従っている状態だった。弘樹は大学を卒業したら、恋人の真紀と一緒に大御門家を出奔したいと考えていた。


 無論そんな勝手が許される訳もなく、悶々とした日々を送っていた。

 

 一方の薫子は大御門本家の唯一の娘として剛三から大事にされたが、幼いころ自分達の母が離縁された時から剛三への気持ちが変わってきた。


 離縁の理由というのも剛三の傲慢な振る舞いや女癖の悪さからの一方的な離縁であった。 やがて離縁された母が病気で亡くなった事が薫子にとって決定的になった。


 実の母が亡くなったというのに剛三や健吾と雅彦は侮蔑の感情以外は見せなかった。弘樹だけは別で深い悲しみと悔しさを滲ませていたが。


 薫子にとっても弘樹同様、大御門家は心の拠り所ではなかった。その為、敢えて全寮制の女子学校に通っていた。


 二人は大御門家と極力関わりないように、日々を送っていた。眼前の状況から逃げていたのであった。


 そんな時に、聞かされた今回の事件。弘樹と薫子は今回の実験への参加を父の剛三に命じられていたが、その実験がまともではない事を感じていた為、二人は参加しなかった。


 お蔭で二人は無事だった訳だが、TVニュースで今回の惨事を知った。全くの寝耳に水の状態で、正常な判断が付かない状態で安中に此処に連れてこられた。


 二人が連れて来られたのは駐屯地の地下壕にある一室だった。道中語った安中によると過去の大戦時に建築された物で、駐屯地は旧軍隊の軍事基地跡に設営されたらしい。やがて案内された一室で新見大佐が二人を出迎えた。


 「はじめまして、新見です。今回の件は残念でした。早速ですがお二人に来て頂いたのは今回の事件で亡くなられた方の身元確認と、今後についてご相談させて頂くためです」


 そう言って新見は二人を別室に案内する。


 その部屋にはベッドが三つありシーツに全身を覆われた人らしきものが各々横たわっていた。新見はそのうちのシーツを捲(めく)って見せた。


 ……それは変わり果てた剛三だった。


 「お父様!」

 「父さん……」


 下半身が酷い状態という事でシーツは一部だけ捲られ、顔のみを見せられた。剛三の目は大きく見開き、口から舌が伸びきって激しい出血の跡も見られた。


 凄まじい苦悶の表情で絶命している剛三を見て弘樹と薫子が悲壮な声を上げた。父親の事はいい思い出がない二人だが、あまりに酷い状態に思わず叫んだ。


 立ちつくし言葉を失った弘樹と横目に、新見は感情を込めずに尋ねた。


 「あなた方のお父上、大御門剛三氏で間違いないようですね。それでは次にこちらの方々の遺体を確認頂きたいのですが?」


 そういって新見は残った二つのベッドのシーツを捲(まく)った。


 そこには剛三とは対象的に安らかな顔で眠るように事切れている早苗と修一の姿があった。但し二人の胸には大量の出血の跡が見られた。


 「……早苗と修一君だと思います」


 薫子が涙を流し力なく呟いた。


 「お二人にとってどういったご関係ですか?」

 「早苗は、僕と薫子の妹に当たる子です。腹違いの妹の為、薫子とはあまり年が離れていませんが……その横にいるのは遠縁の親戚にあたる八角修一君だと思います」


 新見の問いかけに対し、弘樹が答えた。


 「……亡くなったお二人は剛三氏とは異なり鋭利な刃物による刺殺が死因です」


 ここで安中が意味ありげに語った。それを聞いて弘樹と薫子は思わず息を飲んだ。


 「……そのご様子では、大御門剛三氏が、亡くなったお二人に何をしたかご存知のようですね? ぜひお聞かせ頂けますか?」


 今度は安中が弘樹と薫子の様子を見て強い口調で尋ねた。


 「……詳しい事は分かりません。ここにいる兄の弘樹と私は大御門のこういった面が嫌いで逃げ出した口ですので」

 「薫子!」


 弘樹が制止する前に薫子が口を開いた。


 「……弘樹兄様、私達がお父様、いえ大御門から逃げたせいで早苗と修一君がこんな目に! いいえ早苗と修一君だけじゃない! 大御門家はずっと、ずっと昔からこんな事を!!」


 薫子は頭を抱え泣きながら叫んだ。


 「……薫子、お前……」


 弘樹は驚いた。普段の薫子は、どんな時でも沈着冷静な少女だったが、今の薫子は我慢の限界なのか激情を隠そうともしなかった。


 「大御門をもう止めるべきです、弘樹兄様。私達は知る事が出来た筈です。早苗と修一君がどんな扱いを受けたのかを。新見さん、私が知っている大御門の事をすべて話します」


 そうして薫子は自分が知っている限りの大御門家の所業を新見と安中に伝えた。


 その様子をみて弘樹は薫子と修一、そして早苗の4人で遊んだ昔のことを今頃思い返し、ほとんど接しようとしなかった早苗の事を考えていた……

 

 弘樹と薫子は生前の早苗と修一とは最近はほとんど接点がなかった。腹違いの妹とはいえ早苗は小さい頃に八角家に預けられたのち大御門本家に来る事は許されていなかったからだ。


 修一自身も大御門家にとって大した影響力のない分家の出であり、大御門本家に呼ばれることは無かったが、早苗がまだ小さい頃に大御門家に居た時期にたまたま来ていた修一と弘樹と薫子と、そして早苗の4人で楽しく無邪気に遊んだ事があった。


 この頃が、今思い返せば4人にとって一番楽しい時であった。


 父や兄達大御門の全てから逃げたいと思い、色んな事に目を瞑ってきたが、その中に早苗と修一も含まれていた。


 特に早苗は弘樹にとって実の妹であったのに母親が違うというだけで疎まれている事を知っていたが、父や兄達が怖くて見て見ぬ振りであった。


 周りの者達もそうであった。早苗は薫子とはよく似た顔だちだった。それにも拘わらず薫子は優遇され、早苗は冷遇された。早苗より一つ年上の薫子も幼かった為、どうする事も出来なかった。


 ……違ったのは修一だけだった。居場所のなかった薫子を修一は守り支えた。


 ……本来それは兄である自分の仕事ではなかったのか。弘樹は漸く理解した。全く遅すぎたが、弘樹の置かれた環境では仕方なかった事だったのかも知れない。


 弘樹にとって目を逸らし続けた父や兄達、大御門家の闇により、何の落ち度もない早苗と修一が犠牲になった事が、もはや我慢できなかった。


 「……僕もこの家の事を知っている限り話します。そして出来る限りの協力をします。今更……何が出来るか分かりませんが」


 弘樹は漸く決意し、口を開いた。その姿を見た薫子は気弱だった兄の変化に驚きつつも微笑をもって頷き返すのであった。





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