7章 過去編

55)過去編-1(事の始まり)

 3回目の大戦の最中……由緒ある旧家である大御門家の当主、大御門剛三は極秘裏にある実験を行っていた。


 元々、大御門家は祈祷を重んじる寺院であったが、過去の大戦である任務により勲功を上げたことにより還俗し華族となった。


 その任務は敵性対象者を祈祷により呪い殺すというものである。数多にあった軍事的実験の一つであった。実験を命じた軍当局もあまり本気ではなかったが、大御門家の者達はそうでなかった。祈祷により呪い殺すことは可能だと知っていたからだ。


 そして標的であった複数の敵性対象者は、事故死や病死といった不可解な死を遂げ、実験の有効性が確認された。その結果に驚いた軍当局は更なる実験の拡大の為と機密保持の為、大御門家を還俗させ取り込んだ。その後実験は呪殺実証試験と称され、規模が拡大された。


 実験の中心的役割を果たした大御門家は大きな影響力を持つようになり、後に地方財閥と呼ばれるようになった。


 結局、軍当局は敗戦により消滅したが、呪殺実証試験自体は狡猾に大御門の者達が密かに継続する事となり、最後まで実験の詳細は明るみになる事はなかった。


 大戦後の復興景気の中、大御門家も益々発展した。呪殺自体も一つの事業として確立させた。口が堅く法外な依頼料に対応できる顧客のみを選び、依頼された対象者を呪殺するのだ。


 無論、全てが成功するとは限らない。元々呪殺行為自体、確実性がある行為では無い為だ。クライアントからのクレームを回避するため、大御門家は呪殺が成功しなかった場合のアフターサービスを行っていた。


 ……それは暗殺だ。


 初めは“外注”でアフターサービスを行っていたが秘匿性と効率性より専門の部署が作られた。クレーム処理班として。


 しかしクレーム処理班が活動すること自体は呪殺の失敗に他ならない。大御門家は呪殺の成功率を高めるため、“新技術”の拡大を図ろうと情報の収集を行い同時に呪殺実証試験は規模を拡大した。


 国外の様々な呪殺法や、伝承を集めるようになり、より効果的な方法を模索するようになった。呪殺対象も単独から複数の人間への効果を求め、大御門家の中で呪殺実証試験は、もはや自らの伝統などかなぐり捨て、憑りつかれたように大きな力を求めるようになった。


 彼らはおおよそ、だれも見向きもしないゴシップ記事を真面目に解析し、少しでも可能性があるものは世界中から集め検証する。同時に呪殺事業とアフターサービスも続けていた。確実な成果が評判を呼びコストパフォーマンスに優れた裏の事業となっていた。大御門家はこうしたことを一世紀以上続けていた。



 そんな中、3度目の大戦が始まってしまった……



 大戦の最中、勢力は4つに分かれ争った。


 3回目の大戦は始まってしまえば単純だった。大量破壊兵器が先進国の主要都市をまず火の海にした。この国の首都も同様だった。


 数十万の人間が即死し、汚染物質の影響もあり首都機能がマヒしたことで排水システムが停止し、都市は大部分が水没した。大戦の開始と同時に各国の首都でも同じような状況になった。大量破壊兵器がもたらせた大量のばい煙が日光を遮り、この星全体の気温を降下させた。


 幸い、使われた大量破壊兵器は小型戦術核であった為この星全体が火の海にはならなかったが、それでも世界中の農作物に深刻なダメージが生じ、全世界的な食糧難となった。


 自国の飢えを回避するため、生き残った国々は争奪戦を始めた。この混乱した状況下では、安全保障条約など当てにならなくなり、この国にはかつての敗戦で自衛のための戦力しかなく迫りくる強力な戦力にはどう見ても分が悪く、この国はあっという間に窮地になった。


 大戦開始時に崩壊した首都機能はやむなくこの国の西側に移譲された。有り得ないほどの混乱の中、出来る事などほとんどなかった。


 暫定政府は烏合の衆だった野党がやむなく結束した連立政権だった為、何の調整力もなく混乱を助長していた。大御門剛三の親族が入党し、そして支援している野党が暫定政権入りした事により、剛三は暫定政権での影響力が大きくなった。


 そして剛三は親族にこの窮地を引っ繰り返せる、と暫定政権に吹聴させた。


 剛三にはそんな事など出来る確証はなかったが、剛三にある妄執があった。必ず大御門家が解決できるという妄執だ。


 それはかつての大昔の大戦での成果と、その後一世紀以上にわたり集めた実績と知識から来るものだった。


 大昔の大戦での成果など、今の時代馬鹿にされるネタでしかなかった。ただの偶然だ、非科学的だ、と当然のように嘲笑された。


 しかし“裏の事業のお得意様”が代表を務める野党が暫定政権入りしていた事もあり、暫定政権は剛三の裏の事業に期待し、侵略者に対する呪殺実行を依頼した。


 概ね120年ぶりの国家からの直接依頼に剛三は歓喜した。


 “再び、この国に大御門家の力を何としても見せつける” 


 剛三は更なる狂気に溺れるのであった。



 大御門剛三はこの機に有るモノの入手を急がせた。有るモノとは……漆黒の石状の遺跡だ。



 それは最後の大戦が始まるずっと以前、とある大企業が大陸中東の砂漠地帯に石油プラントを建設するため基礎工事を行っていた際、杭打ちの為に堀作工事中に発見された。


 発見された物は直径1m位の石状の物体だった。よく磨かれたその表面は黒曜石のようだった。


 基礎工事を行った企業は、地元国の行政に報告したが発見されたのが石の玉だという事が分かった途端彼らは興味を失い、発掘した企業に処分を頼んだ。


 結局、その石の玉は企業が持ち帰り、地元の公立大学に寄贈した。調査の結果、石の玉は地球上によく見られる岩石の成分であったがその割に異常に重かった。


 内部に金属でも入っているのか、と各種検査が行われたが結局、密度の大きな岩石分であるという事が分かっただけだった。結局、祭事の為に用いられた自然石だろうという事で、この件はお蔵入りになったのだった。


 剛三はこの石の事を知っていた。そしてこの石がただの石でないと確信、いや妄執していた。剛三があらゆる地元伝承などで調べさせた限りでは、この石にはある伝承があった。その伝承とは、



 “何かが石に封じ込まれている”



 というものだった。地元の伝承など風化し漠然としていたが、石の存在自体が異常であり剛三は何かが隠されている予感がした。只者ではない何かが。


 そんなバカげた事を信じる方がどうかしている……まともな者なら誰でもそう思うだろう。しかし大御門剛三は、いや大御門家の歴代の当主達はまともではなかった。

 

 剛三は兼ねてからこの漆黒の石の玉を欲っしていたが、公立の機関にあるものまでは入手は困難であった。その為、この大戦は剛三にとってむしろ都合のいいものであった。


 “急がないと何もかも手遅れになる!”


 剛三は暫定政権に裏から吹聴を続け、事の真偽も確認もされないまま、ついに漆黒の石の玉は大御門家に届けられたのであった……


 石の玉がようやく剛三の手元に来たが、大御門家が知りうる様々な技術を施しても石は何の変化もなかった。


 祈祷や祝詞、電圧や圧力をかけたり放射線に晒したりした。人間の血や臓器をささげたり、高名な霊媒師を呼んだりもした。


 しかし石は何も反応せず何の力も失っていたかの様だった。本当にただの石なのでは? そんな空気の中、剛三だけはあきらめなかった。


 「早苗をつかえ」


 唐突に剛三はそう指示した。


 大御門早苗は剛三が妾に産ませた娘だった。妾の子ゆえ本家筋からは疎まれ、辛い境遇にあった。妾だった母は早苗が小さいときに、“不慮の事故”で突然死んだ。派手な人だったとは聞いているが早苗はほとんど母の記憶はなかった。


 母が死んだあと早苗は大御門家の分家である八角家に預けられた。そこで八角家の一人息子の修一と出会う。修一の父は早くに亡くなっており、残された母も大御門本家からの重圧に耐えきれず幼い修一を残して若い男と出て行ってしまった。その後“不慮の事故”で母は死んだと修一は聞かされた。


 その様な境遇で修一は祖父母に育てられたのであった。


 早苗と修一は義理の姉と弟という事で八角家にて一緒に暮らすようになったが、穏やかで落ち着いた性格の修一と元々不遇な生活を強いられ愛情に飢えていた早苗はすぐに仲良くなった。 


 互いに孤独だった二人は本当の姉と弟以上に親密になり、時を経て互いの思いは重なり二人はついに一線を越えてしまう。


 早苗18歳 修一15歳の時だった。そして早苗は修一の子を身ごもった。二人が出会って8年後の事だった。




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