56)過去編-2(大御門の者達)

 早苗の妊娠が明るみになり、当主の剛三は激怒した。元々、早苗は政略結婚の道具と考えていた存在で、大御門家が有利な立場になるように利用する気だった。それを傷物にされた上に子を孕むなどありえない大損害だった。


 剛三は怒り狂い八角家の現当主だった修一の祖父や主だった一族を裏から“処分”した。そして修一と早苗は本家で幽閉された……


 幽閉は二人の処分方法が決まるまでの猶予期間でしかなかった。

 

 そんな中、剛三は漆黒の石に二人を生贄として捧げる事を思いついた。すでに処分していた八角家の人間はその血や臓器を贄として有効利用していたが、効果は何もなかった。


 (ならば生きた贄として使用してはどうか?早苗の胎児も生贄として使おう。修一も同じだ。親子そろって生贄に使うのは面白いかもな。そんな程度しか使えん連中だが何もないよりマジだろう)

 

 剛三は自分の娘とこれから生まれてくるだろう孫に対し道具以下の考えしか持っていなかった。ちなみに生まれ来るはずの子は剛三にとっては初孫に当たる筈だった。


 彼もその先代達も家族を含むすべての事柄は大御門家の為だけにある道具にすぎなかった。そう教え込まれてきた事による必然の結果だった。


 彼も先代達の狂気に十分に毒されていた。

 

 かくして早苗と修一は生贄とされるべく、大御門本家の広大な地下実験場に連れてこられた。


 2082年4月21日の夜の事だ。地下実験場は地下2階まであり、石の玉は最下層中央の部屋に設置されていた。早苗と修一は地下実験場に連れてこられるまで別々に幽閉されていた。


 早苗は母子共に贄される段取りだった為、暴行などの拷問は受けなかったが修一は違った。激しい拷問により歩くものやっとの状態だった。

 

 ここにきて二人はようやく再開できた。二人は互いを見つけると駆け寄りどちらからともなく、そっと抱き合った。修一は早苗の無事を心から安堵したが、早苗は修一のあまりに酷い姿を見て一瞬言葉を失った。


 端正だった修一の顔は何度も殴られたせいで赤黒くはれ上がっていた。食事も与えられてないのだろう、体つきはずいぶん痩せていた。


 「修ちゃん、こんなの酷すぎる……」


 こぼれる涙にかまわず抱き寄せた背中をそっと撫で続けた。


 「大丈夫だよ、早苗姉さん」


 そんな状態にもかかわらず、修一は早苗に笑って見せた。

  

 二人が漸く振りの逢瀬は無情にもすぐに黒服の男達に引き離され、地下に向かうよう指示された。二人はそっと手を繋ぎながら地下へ促されて歩いていく。


 やがて地下実験場を上から見下ろせる通路にでた。二人は地下実験場の様子を上から眺めて思わず息を飲んだ。


 地下実験場は異様な状態だった。


 体育館くらいの広い部屋の真ん中に漆黒の石の球が設置されている。石は円形の階段状の台座の上に設置され、札が取り付けられた荒縄が石を囲っていた。


 石の前には大きな祭壇があり血糊のようなものがべったりと付いていた。四隅には面布をかけた祈祷師達が石に向かって座し一心不乱に祈祷している。


 そんな様相と全くそぐわないが、石の表面にはセンサーだろうか? 夥しい数のケーブルが取り付けられ、石のそばに所狭しと設置しているモニターには白衣を着た多くの研究者が集まっていた。


 早苗は石の前の祭壇を見て、恐怖に駆られ震えが止まらなくなった。自分はまだいい。お腹の中のこの子がどんな目に合うか……そう考えると怖くてたまらくなった。


 そんな様子を見た修一は、早苗の手を少しだけ強く握り、そして、


 「大丈夫だよ、早苗姉さん。早苗姉さんとお腹の赤ちゃんは僕が絶対守るから」


 修一は笑ってそう言い切った。無論何の根拠もなく絶望的な状況は1ミリも変わらない それでも、それでも早苗はその言葉で震えが止まった。


 修一の言葉は単なる周りからすれば気休めにしか聞こえないだろう。しかし修一は本気だった。本気で自分にできた“家族”を守りたいと強く思っていた。


 そんな修一の覚悟もむなしく、二人は地下実験場の最後のガラス扉の前まで来てしまった。

 

 (この扉を開ければただで済まない)


 一瞬、修一は不安に駆られた。思わず隣の早苗を見ると、早苗も小さく震えていた。修一は首を振り、自分の不安を打ち消した。


 「早苗姉さん、大丈夫だよ。大丈夫」


 修一は早苗に小さく囁いた。



 「汚らしい売女と、分家の恩知らずが面をみせたか!」


 そう大きな声を出して二人を罵声したのは剛三の長男の健吾だった。


 「兄さん、そんな猿に話しかけたって無駄だよ。」


 そういって相槌を打ったのは次男の雅彦だった。


 「猿か。確かにそうだな。後先考えず、盛るだけのな」


 罵った健吾に早苗は目を逸らして俯いた。健吾と雅彦の二人は顔を合わせると何かと早苗につらく当たってきた為、早苗は二人が嫌いだった。


 いや、健吾と雅彦だけでなく大御門本家の人間達は妾の子である早苗とってひどく冷たく嫌な存在だった。


 健吾の態度に酷く緊張している早苗をみた修一は、早苗の手をそっと握り返し、健吾の前に立った。


 「健吾さん、少し話をさせてください」


 その姿に健吾は激高し、いきなり修一を殴り倒した。


 「分家の! 猿が! 俺に喋りかけるな!」


 そういって健吾は修一を殴り続ける。


 「修君! お願い! やめて! やめてください!」


 早苗は殴られ続ける修一に覆いかぶさり守ろうとした。健吾は早苗のその姿をみて、更に怒り狂い早苗を蹴飛ばそうとしたとき……


 「やめろ。大事な検体だ」


 背後に立っていた剛三が健吾を制した。


 「下らん事をするな。検体が使い物にならなかったらどうする?」


 剛三は心底下らなそうに、蹲る二人を見やった。早苗は久方ぶりの父の言葉を受けて思わず叫んだ。


 「お父様!! 私はどうなってもいいわ! 修君と、お腹の赤ちゃんだけは助けて!!」


 「虫唾が走るわ。お前など元より娘など思ったことも無い。お前の価値はこの大御門家の発展の為、その体を役に立つ色ぼけた連中にくれてやる事のみだったのに、何の価値のない分家の小僧のガキなど孕みよって!!

 ……安心しろ。修一も、お前も、その腹のガキも全て大御門家の為に有効に使ってやる。目障りだ! 連れていけ!」


 早苗と修一は黒服の男達に無理に立たされ、引きずられる様に連れて行かれた。

 

 「ところで健吾、弘樹はどうした? 来るように指示したはずだが?」

 「父さん、あいつはどうもこの実験自体に反対なようです。適当な理由を付けて来ませんでした」


 弘樹は剛三の三男であるが、大御門家の中では珍しくまともな考えを持った人間だった。大御門家が裏でやっているこの事業自体が弘樹にとっては唾棄すべきことだった。


 「大御門家の発展の歴史を語る中で、この事業の意味が分からん様な奴はダメだな。弘樹に跡目はやれん。あいつの処分は後で考えるとして、健吾と雅彦、お前らのうちこの大御門家にとって有益な方を次期当主に指名する。せいぜい役に立って見せろ」


 「「はい 父さん」」


 ……3人は薄汚く笑いあった。だが、彼らは知らなかった。今日この日が彼らにとって災厄の日になる事を。


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