51)古傷と責務

 恰幅のいい初老の男は此処の警察署長らしく大野と言った。大野署長は事情説明を何故か玲人に求めた。


 「……そちらの黒田さんに此処に連れて来られ意味のない罵声を浴びせられた上に、叔父の弘樹を中傷されました。しまいには黒田さんとそちらの中崎さんが喧嘩を始める始末で……このやり取りは右上の監視カメラで録画されていると思いますので後でご確認下さい」


 「……有難うございました。大御門准尉。今回の事は何卒、平にご容赦を……黒田、わしはお前に言ったよな! この件は被疑者の背後関係のみ洗えと、それ以外は自衛軍の所轄だから絶対手を出すなと! そもそも警察力ではテロ組織の制圧は出来ない。それはお前自身も分ってるだろう! お前は一体どう言い開きするつもりだ! 中崎! お前もこいつの横に居て何をやっとるんだ!」


 「「…………」」


 大野署長は横に居る安中の手前の為か、玲人や小春の前で黒田と中崎を叱責する。その様子を見た安中が大野署長に静かに話す。


 「大野署長、今回は特別に大目に見ましょう。先ほども申し上げた通り、この大御門特技准尉に関する事は特別防衛秘匿事項に当たります。専門家である貴方達が知らない訳は無いと思いますが違反した場合、刑事事件として扱われ10年以上の懲役刑になります。大野署長、警官が罪を犯すなんて間抜けな事を部下にさせないで下さい。一応この件は事情が事情ですので奥田中将閣下に報告はさせて頂きます」


「この度はうちの部下がとんでもない不始末を……二度とこんな真似はさせませんので、何卒ご容赦の程お願い致します……安中大佐殿。ほら! 貴様らも頭を下げんか!!」

 「……スイマセン」

 「どうも! 申し訳ありませんでした!」


 大野署長から言われて無理やり頭を下げる黒田と、真摯に謝る中崎。ただ黒田は下を向きながら


 “安中? 確かアイツが……”


 とブツブツ呟いている。

 

 安中は階級が大佐であり警察署長である大野より階級上、上の立場だった為安中の言葉に大野署長は大いに焦った様だった。玲人はその様子を見て、大野署長の小物ぶりが部下の黒田の暴走の一因だろうと考えた。それに黒田が玲人に拘る理由も何となく予想が付いた為、玲人の怒りも収まった。


 “この男は多分、同じ男を追っているだろう”


 と気付いた為だった。


 「大野署長、自分達は帰って宜しいですか」

 「ええ! 大変に失礼しました、御嬢さんも怖い思いをさせ申し訳有りませんでした! 道中お気を付けてお帰り下さい!」


 気持ちが悪い位、大野署長は媚びて来る。玲人は苦笑しながら立ち上がり、小春と共に安中に連れられ取調べ室を出ようとした。大野署長の横に突っ立っている黒田とすれ違う際、玲人は黒田に語りかけた。


 「……そう言えば黒田さん、自分は聞いた事があります。新見元大佐が医療刑務所から刑務所に護送中に脱走した際、殺された護送刑事の中で一人だけ生き残った刑事が……確か貴方と同じ苗字でしたね」

 「……だったら何だ!!」

 「黒田、お前まだそんな態度を!」


 過去の古い傷口を抉られた黒田は激高した。黒田の態度に大野署長が慌てて制止する。


 「はっきり申し上げます、黒田さん。新見の影を追うのは止めて下さい……貴方では荷が重い」

 「な、何だと貴様!!」

 「やめんか黒田!」

 「黒田さん、テロリスト制圧は我々自衛軍の役目です。貴方は警察官として庶民を守るべきだ。それに……新見を止めるのは俺の責務ですので……それでは失礼します」

 

 警察署の前に黒塗りの大型の車が一台停車している。以前、小春の前で玲人が乗せられていたあの車だった。車の前に黒服でサングラス姿の大柄な男が立っており、安中と玲人達を出迎えた。


 「玲人、迎えに来るのが遅くなり悪かったな。君達が黒田警部補に連れられてこの警察署に移送される所をこの支援部隊が確認し、私の方に連絡を寄越したが、場所が離れていてな」


 「いえ、安中大佐殿。お迎え頂き有難うございました」

 「石川君も巻き込んでしまって申し訳ない。心からお詫びする」


 そう言って安中は小春に侘びる。


 「い、いえ、以前も病院に運んで頂いたりして、その、有難うございます」

 「ところで安中大佐、先日のモール襲撃事件の画像や情報が拡散している状況が見受けられます。情報工作はどうなっていますか?」


 「ショッピングモールという場所が情報工作を困難にしている様だ。出来るだけ速やかに事態の収拾を図る様、情報部の連中に指示を出すよ」

 「はい、有難うございます」


 玲人がふと、小春の表情を伺うと、何やら気落ちしている様で元気がない。


 「小春? どうした?」

 「……ななんでも無いよ……」


 そう言って返答する小春はやはり、元気が無い様に見えた。


 玲人と小春は、初めに黒田達に会った場所辺りで降ろして貰った。直接小春の家に、この黒塗りの大型車で送るのは目立つので拙いという安中の判断だった。


 小春と玲人は車を降りた後、無言で帰り道を歩く。小春の元気がない理由は警察署での出来事だろうと玲人は思い、近くの公園に小晴を誘った。


 「小春、今日は怖い想いをさせて悪かった」

 「ううん、違うよ……それより玲人君、一つだけ教えて? ……あの黒田って人が言ってた“マルフタ”って仁那の事?」


 「……ああ、そうだ。ただ……これ以上の事は話すことは出来ない。分ってくれ」

 「うん……分った……」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る