52)約束

 小春が抱いていたのは何とも言えない感情だった。小春は玲人の警察署での豹変ぶりからマルフタというのが仁那を示す名と直感してたが、玲人本人から事実を確認すると小春は落ち込まざるを得なかった。


 玲人は姉の仁那の事を一番に考えている、その事を小春は分っていたつもりだった。


 しかし今日の玲人の態度は小春が初めて見た姿だった。仁那が危険に晒されると玲人は何でもするだろう、と思わざるを得なかった。


 其れこそ、人殺しでも何でも。


 ……実際今日の取調室の出来事は小春が止めなかったら黒田は死んでいたかも知れない。 そう思うと一瞬、背筋が寒くなった。


  何故其処まで、という思いと玲人の心の中に自分はどれだけの居場所が有るのだろうかと怖くなった。

  だから、小春はここで大きな賭けに出た。自分の決断の後押しの為だ。 

 

 「……ねぇ、玲人君。もしね、もしわたしが仁那の事、助ける事が出来たら喜んでくれる?」

 「何を言ってる? 君は薫子さんの様な医者じゃ無いだろう。気持ちが嬉しいが……」

 「だから、もしもの話だよ? わたしが仁那を助けたら、その、玲人君はわたしの事、仁那の様に……戦ったり……大事に思ってくれる?」


 玲人は小春の質問の意図がよく分からなかったが、小春の言われる通り少し考えてみた。


 ……そしてその答えは簡単だった。


 「そうだな、小春が仁那を助けてくれたなら、俺は君の為に生きると約束しよう」


 

 その返答を聞いた小春は今日にでも、薫子に会いに行こうと決めたのだった。



 

 家に帰った小春は、家に誰も居ない事を少し安堵した。この小春のあやふやな気持ちは家族の暖かさに触れるとぶれてしまうと思ったからだ。 自分が薫子とやろうとしている事は、きっと家族は反対する。


 友人の晴菜もだ。


 ……仁那の事を第一に考える玲人はどうだろうか……怖くて考えるの止めた。


 だからと言って、相談する事も、止める事も小春は考えていなかった。



 (後は自分の勇気だけだ)



 小春はそう言い聞かせ電話を取った。


 “仁那を助けるのは自分しかいない、玲人も仁那が救われる事を本当は心から望んでいる“


 そう分っていても、恐怖は消えない。だから気持ちは落ち着かなかったが、今日の玲人の言葉で最大の勇気を貰った。


 私服に着替えていた小春は玲人から貰ったガーネットのネックレスを握りしめ、ガーネットの石言葉を信じながら、薫子にコールするのだった。

 

 薫子はワンコールで出て、今から迎えに行くとの事だった……まるで待っていたかの様だ、と小春は電話口で苦笑した。


 薫子は小春を車で迎えに来て、そのままタテアナ基地に連れて来た。


 小春の母に薫子は連絡をして、今日の警察署の事情聴取について説明し、その所為で小春がカウンセリングを必要としている、と説明した。


 小春が薫子に会いに来たのは警察署での出来事がきっかけだったから薫子の説明は半分事実だった。


 しかし、説明を受けた母の恵理子は激怒し大野署長に状況説明して貰う、と息巻いたとの事だった。薫子の話を聞きながら、小春は心の中で母に深く謝ったのであった。


 “良かったら夕食でもどうかしら”

 と薫子から誘いを受けて、小春は遠慮なく頂く事にした。


 仁那の治療や玲人の事情について薫子に聞きたかったからだ。小春は玲人が仁那に対し何故、あんなにも強い想いを持っているのか薫子に聞きたかった。


 玲人自身に聞いてもきっといつもの様に、本当の事は言わないと分っていたからだ。

 

 小春と薫子は夕飯を囲みながら、小春は今日の警察署の出来事について改めて薫子に説明する。薫子が出してくれた夕食はシーフードマリネとパスタだった。


 マリネはエビがとても美味しくお店で出しても遜色がないレベルだった。食事を続けながら、小春は薫子に気になっていた事の一つを質問する。


 「玲人君は軍で働いているみたいですが、本当に危険は無いんですか」

 「……軍の秘匿事項があるから詳しくは教えてはくれないけど、玲君が関わったテロ組織殲滅作戦は、100%に近い成功率らしいわ」

 「よく、意味が、分りません……」


 「そうよね、そんな数字言われたってね。私もよく分からないのだけど、軍の任務って色んな事が有るらしいわ。

 敵の数や武器がどうなっているか分らない中で天候や昼夜の違い、場所が建物の中だったり広い場所だったり選択出来ない事や、こちら側の問題も色々ある。予想より兵隊さんの数が足りなかったり装備が不十分だったり、とかね。

 戦闘でお互いが死んだり負傷したりする事も当然あるわ。そんな中で成功率の予測すらも難しいでしょうね。

 そんな中で玲君は、単独で100%近い成功率を出してきた、しかも6歳の頃から。

  ……それってどういう事か分かる?」


 「……いえ」

 「玲君はね、全然本気出してないって事よ。意味を間違えないでね。彼は何時だって、何事も真摯に取り組むわ。私が言っているのは玲君の力はこんなものじゃないって事よ。だから玲君にとって軍のお仕事は危険は少ないと思うわ」


 「……」

 「例えば分り易く言えば、そうねテニスの試合でラケットを握ったことも無い6歳児とプロのテニスプレーヤーが試合をすれば、何度プレーをしたとしても6歳児が1ポイントを取る事すら難しいでしょう。結果は何度やってもプロ選手が圧勝でしょうね」


 薫子の話を聞いて、小春はこの前のボーリングでの出来事を思い出した。


 (そう言えば玲人君、ボーリング物凄く上手だったけど、何ていうかつまらなさそうに見えたな。それに学校の空手の試合もそうだった……どこか手を抜いてる様な……)


 思い返す小春を余所に薫子は話を続ける。


 「……それと同じ事が玲君の任務で起こっている。圧倒的な実力差が有るからこそ、どんな状況の任務でも高い成功率を達成できると思うの。実際に玲君が任務に参加する前、ここの自衛軍の作戦成功率は散々な結果で民間人も含め多数の犠牲者を出してたらしいわ」


 「……だからと言って玲人君がそんな事やるのはおかしい、と思います……」


 「全くあなたの言う通りで、私も何度も言ったわ。この辺りの軍で一番偉い人はとってもいい人でね。その人も子供である玲君が戦う事は反対してくれてるんだけど、玲君自体が自衛軍として戦う、って決めてるから私も兄の弘樹も何も言えなくなってね。 

 酷い時なんか、ここから逃げ出して軍の基地に飛び出しちゃって、直接その偉い人に直談判に行ったのよ。それで兄も何も言わなくなったの。今でもその気持ちは揺るがなくてね。

 男の子だから大切な人の為に戦うのは仕方ない事かも、って兄も言い出して今の状態なのよ」

 「……そう、ですか……」


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