44)カラオケ

 そんな事を自嘲気味に考えていると、横から強い視線を感じる。そちらを振り向くと見ていたのは小春だった。


 「……どうした小春?」 

 「れれ玲人君……あのカカカカ……」

 「カカカカ?」

 「カッカラオケ行きましょう!」


 小春は晴菜のやる気と周囲の状況をぶち壊す発言を言って、玲人の手を強く握って立ち上った。晴菜が突然の小春の行動に戸惑い、思わず尋ねる。


 「カラオケ? 小春、アンタ一体どうしたのよいきなり……」

 「晴菜ちゃん!」

 「は、はい! 何? こ小春……」

 「わたしは今、猛烈にカラオケに行きたい気分です! ゴメンだけどカラオケに行こう!」


 「えええ? アタシは全然構わないけど、カナメや大御門君の意見も聞かないと……」

 「僕は構わないよ? カドちゃんどう?」

 「よく分からんが俺も付き合うぞ」


 こうして小春の暴走で無理やりカラオケに行く事になったのであった。


 カラオケに向かう途中で小春は小声で晴菜に謝った。

 「本当に、御免なさい……晴菜ちゃん……」

 「全然いいよ! どうせ小春の事だから、大御門君絡みなんでしょう?」

 「うん……何か、玲人君見てられなくて。分るんだ、皆に合わして無理してるの」

 「そうかー 小春良く見てるね、大御門君の事。本当に好きなんだ」


 「い、いや、べべべ別にそんな事は……」

 「もういいよ! 今更、誤魔化したって丸分りだから。いいなー、カナメもそれ位アタシの事考えてくれたらな……」

 「大丈夫じゃないかな東条君、よく気が付くし、晴菜ちゃんに優しいし」

 「そうなんだけど、アイツの場合単に友達としてしかアタシの事見てないと、思う……アイツが、本当に大事なのは大御門君だけで、アタシはその友人の一人ってだけだよ」


 そう言って晴菜は一瞬落ち込んだ様子を見せたが、すぐに平静を装って笑って言った。


 「だけど、大丈夫! そんな事位、アタシ初めから分ってるから!」

 「……わたしも同じ。玲人君って本心はお姉さんの仁那しか見てないから一緒だよ……」

 「そっか。二人で頑張ろう! ……ところで小春、カラオケって言ったけどアンタ歌えんの」


 「アニソンだけ……しかも上手くない」

 「よくそんなんで大御門君誘ったわね。まさか本人の目の前でアニソンメドレーする気?」

 「どどどうしよう……晴菜ちゃん……」

 「ああこれ、確か“恋する乙女は猛獣”って状態だね」

 「……絶対意味違うと思うよ、晴菜ちゃん」

 

 カラオケでは、意外に晴菜が一番上手で最新の流行曲も良く知っていた。カナメも親代わりの祖父母が歌好きという事でよく行っているらしく古い歌が多かったが中々上手だった。


 それに対し、自分から来たいと言った小春は散々だった。聞く曲のジャンルは多かったが歌うとなったら別で、一応歌えるのは一番大好きなアニソンだった。


 同性の晴菜にはアニソンを歌う事は別に恥ずかしくは無かったが、男子に対しては隠れオタクである事を内緒にしたかった。好意を持っている玲人には特に。


 しかも自分が好きなアニソンはどちらかと言えばクール系でなく明らかにお子様やコアな魔法少女モノやアイドル少女モノだった。


 自分から“行く”と言いだした以上、歌わない訳にいかない、という事で頑張ってアニソンを精一杯歌ってみたが、自分でも笑いそうになる位音程が外れていた。


 歌い終わった後、晴菜やカナメは生暖かい同情の瞳を向けてくれたが、意外にも玲人はキラキラした目で絶賛してくれた。多分オリジナルを知らないからだろうが、小春としては取敢えず安堵できた。


 対して玲人が歌ったのは小春の予想通り、例の詩吟だった。良くこんなコアなのカラオケ店が取り扱ってるな、と小春を始め他の3人も感心した。


 しかも玲人の詩吟は堂々としていて、伴奏の尺八の音程に良く合っていた。小春達は詩吟自体を初めて聞いたが玲人の詩吟は普通に上手だと思った。


 小春は詩吟を吟じている玲人が本当に楽しそうに見えた。小春は玲人のボーリングや空手の様子を見て、“全力を出したいのに出せない苦しさ”の様な複雑な感情を玲人が抱えている様に思えた。


 しかし“歌なら誰にも遠慮する事無い筈”と小春は考えて玲人をカラオケに無理に連れて来たのだった。


 (玲人君……何か伸び伸びしている……本当に良かった)


 そんな風にホッとしていると、詩吟を吟じ終えた玲人と目が合った。すると玲人は何を思ったのか、小春の頭を撫で出した。


 「れれ玲人君……その、恥ずかしい……」


 いきなりの玲人の行動に顔を真っ赤にしながら俯き、されるがままの小春に玲人は話しかけた。


 「小春には気を使わせた様だ。礼を言う」


 カラオケルームの端っこで行われている甘ったるい状況にイラっとした晴菜がやや不機嫌そうに玲人に苦言を言う。


 「あのーお二人さん? そういうの二人っきりの時にやって頂くと嬉しいんですが?」

 「別に気にする事は無い。姉が俺を気遣ってくれた時は同じ事をする」

 「……あーそうですか……」

 「さすがカドちゃん! 恐るべき行動力!」


 晴菜は呆れて脱力し、カナメは何時も通り手放しで絶賛する。小春はそんな二人を見ながら苦笑した。


 そして小春は、撫でられた事が自分だけでない事にほんの少しだけ寂しく感じたが、それ以上にとても嬉しく感じていたのだった。


 「それじゃー此処でいったん解散ね! 超楽しかったわ! また学校で会いましょう」

 「僕と晴菜ちゃんは二人で映画に行くよ。カドちゃん、石川さん。また学校でね」


 そう言って晴菜とカナメは去って行った。


 「……それで小春は買い物に付き合って欲しいって事だったな」

 「うん! ママの……いや、お母さんの誕生日プレゼントを買おうと思っているんだけど……いいかな?」

 「ああ、何処にでも付き合おう」



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